劇団四季

2年半ほど前からおばあちゃんは下血を繰り返しその度に入退院を繰り返していた。
大腸の憩室から血が出ているが、具体的な原因は分からず、もうずっと付き合っていくしかないというものだった
直接死に関わるものではないけれど、入院してしばらく動かないでいると、元々悪いおばあちゃんの足はどんどん悪くなった
退院したてのおばあちゃんに会いにいくと
「あぁ、こんな足じゃもうどこにも行けない」
と嘆いていた。
そこで私は
「もし足の調子関係なく、どこでも行けるとしたらどこへ行きたい?」
と聞くと
うーんそうねぇ、とおばあちゃんは少し考えた後に
「もう一度、劇団四季を見に行きたいなぁ」
と言った
おばあちゃんはミュージカルが好きだ

そこで私は劇団四季を調べ、車椅子でも観覧が可能なことを確認した

いきなりチケットを渡すと重荷になるといけないのでその年の誕生日に劇団四季の3000円分のカードをプレゼントした
使用期限も2年ほどある。
「元気になったらチケット準備するね」
そして去年、だいぶ調子も良さそうなのでおばあちゃんの9月の誕生日プレゼントにチケットを渡せるように手配した。
観劇の日はなるべく温かい気候の時が良いと思い3月後半にし、父に車を出してもらいたいので父とも予定を合わせ、3月25日のチケットを取ることにした。

チケットセンターに気になる点をいくつか問い合わせると向こうからも質問をもらった。
車椅子のまま観覧するか、席まで車椅子で移動して観覧用の椅子で観るか。
これはおばあちゃんの意見を聞こうと思い、おばあちゃんの希望を聞いたところ、
「普通の席の方がゆっくり観れるわよね?」と言った。
席から席の移動も今のおばあちゃんからすると大変だろうが、おばあちゃんはやる気に満ちていた。そのおばあちゃんの気合がとても嬉しかった。
「分かった、じゃあ普通の席を取るね!」
そして3月25日のチケットを無事ゲット。

9月19日のおばあちゃんの誕生日に渡そうと思っていたが
なんと9月18日の夜遅くにおばあちゃんはまた下血をしてしまい入院した。
一緒に救急車に乗ったのだが救急車の中で24時を迎え、救急車の中でお誕生日おめでとうと言ったことをよく覚えている。
内心、次はいつ下血が来るのだろうと思っていた。来ないのが一番良いが、繰り返すことはお医者さんから言われていたので分かっていた。
今来たということは3月は大丈夫そうだな、と思った。
無事に退院し、また元の生活に戻った。

おばあちゃんにはチケットを取ったことを口で報告した。
おばあちゃんはとても喜んでおり、掛かりつけのお医者さんに行く時も、先生に、今度孫と劇団四季に行くんだという話をしていたらしい。これは母から聞いた。

年が明けて、2020年
おばあちゃんの誕生日会が流れてチケットを渡せなかったのでお正月に渡した
おばあちゃんちのカレンダーの3月25日のところに劇団四季と書いた。

父に車を出しもらい、車から劇場までは自分が車椅子を押すのでそれまでに練習しなくては。
演目はリトルマーメイドだから、ディズニーのアニメを予習がてら一緒に観といた方が良いかな?
当日は一緒に写真を撮ろう。
劇場が入ってるビルに美味しいチョコレート屋さんがあるから帰りに寄ってもいいな。
などと考えていた。
勝手だけど、これをやり遂げたらおばあちゃんが死んでも後悔は無いだろうと思っていた。
今まで大したことしてあげたことなかったから、何か記念になるビッグなことをしたかった。

2月、コロナが騒ぎ始められており少し心配
そして毎日電車通勤しているため
むやみにおばあちゃんに会うのも危険かと思い
なるべく会わないようにするようになる
おばあちゃんも、劇場に行くのを少し怖がっていると母から聞く
92歳なのでうつったら終わりと思った方が良いかもしれない
自分も命の危険を侵してまで連れて行きたくないので今回はやめようと決意する
おばあちゃん、覚悟を決めたみたいよと母から聞く
いやいや、またチケット取るから!て言っといて!
などとしているうちにおばあちゃんは骨折し
劇団四季は上演中止になった。
厳密に言えば中止と中止の間に一回ほんの少し再開していた時があって、3月25日は実は上演していた。
せっかくチケットを取ったのだから一人で行こうかとも考えたが、リスクを考えてやめておいた。
おばあちゃんも、コロナが無ければ骨折し行けなくなったことに自分を責めていただろうから、その点においてはこんな時で良かったかもしれないと思った。
おばあちゃんが退院したらまたチケットを取ろう。退院しても今までのようにはもう動けないよ、と周りは言っていた。私はおばあちゃんが再び自分で立ち上がることを諦めたくなかったし、例え無理でも最悪DVDを借りて一緒に観ようと思った。
本当は生の舞台を体感して欲しかったけど。

でも結局全部叶わなかった
私の最悪の事態は寝たきりになることで
死ぬことではなかった

おばあちゃんが亡くなった後に叔母から聞いたことだが
髪の毛がボサボサのまま劇場に行くとせっかく準備してくれたことちゃんに悪いわねぇ、と
2月終わりに美容室へ行ってくれていたらしい。
知らなかった。楽しみにしててくれてありがとう。
劇団四季のチケットは1枚は棺の中に入れた。
もう1枚は自分で持っておく。
5/4にした返金手続きも、キャンセルした。
これで確かに、3月25日のこの席はおばあちゃんと私のものだ。
また落ち着いたら、叔母に付き合ってもらって、おばあちゃんの写真を持って、劇団四季を観に行こうかなと思ってる。

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