第一回雨野川大賞は木船田ヒロマルさんの『さよならアメフラシ』に決定!

 令和2年10月31日から令和2年11月14日にかけて開催されました第一回雨野川小説大賞の結果報告になります。
 選考の結果、大賞・金賞・銀賞を各一本、二人の評議員の五億点賞が以下のように決定しました。

◆大賞 木船田ヒロマル『さよならアメフラシ』

雨野川大賞()

受賞者のコメント
「栄誉ある賞を頂きありがとうございます。この話は学部教授との雑談が元ネタで、「だから木船田君とは何度もこうして同じ話をしてる筈なんですよ」と言われた不思議体験をアレンジしたものです。その教授も既に鬼籍に入られてしまいましたが、こうしてお話として書くことでまた懐かしい先生に会えたような気持ちになりました。参加できて楽しかったです!」

 大賞を受賞した木船田ヒロマルさんには、ただき(@tadaki)さんによるファンアートが進呈されました。

◆金賞 2121 『霧雨に隠れない僕の』
受賞者のコメント
「アアアアガッショーンッッ(動揺しすぎてリモコンを落とした音)
この度は金賞を頂きありがとうございます。嬉しさより驚きの方が勝りまだリモコンを拾えていないのですが、じわじわひしひしと実感が押し寄せております。
こちらは霧雨に打たれた日に書いたものでした。髪も服も濡れてしまいちょっとヘコんでいたわけですが、今ならあれも悪くなかったなと思っちゃいますね。ちょろい。
評議員のみなさま、読んで下さったみなさま、本当にありがとうございました!」

◆銀賞 草食った 『ファフロッキーズ・モンキーズ』
受賞者のコメント
「このたびは銀賞をいただけてとても嬉しいです!
なにかの企画で賞をいただけるのは初めてです、ありがとうございます!お読みくださった皆様、星を投げてくださった皆様にも感謝申し上げます、本当にありがとうございました!」


◆五億点賞
謎の雨男五億点賞
該当なし
謎の有袋類五億点賞
Veilchen(悠井すみれ) 『ウンディーネのキス』

画像2


謎のょぅじょ五億点賞
七瀬モカ 『星に願いを。』

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 謎の有袋類五億点賞にはイラストが、謎のょぅじょ五億点賞には楽曲が贈られています。
 というわけで、第一回雨野川小説大賞を制圧したのは木船田ヒロマルさんの『さよならアメフラシ』でした。おめでとうございます。
 以下、闇の評議会三名による一言です。

◆終わってからの一言

謎の雨男
 皆さんお疲れ様です。色々と色々ありましたが何とか終わってよかったです。ほっとしてます。
 とても楽しかったです。きっとオール無しのカヌーか何かで激流を下るときはこんな気分なのでしょうね。限界まで詰め込まれた小説あり詩あり怪文書ありと毎日わくわくしながら読ませていただきました。またやりたいものです。
 ご参加いただきありがとうございました。

謎の有袋類
 受賞したみなさんおめでとうございます。そして参加者のみなさんお疲れ様でした。これからも気軽に創作をしていって欲しいなと思います。

謎のょぅじょ
 受賞した皆さん、おめでとうございます!
1000字という縛りと水というテーマで、様々な方向性の作品があって、とても興味深く読ませていただきました。
 大賞金賞銀賞それぞれ最後まで意見が割れたのですが、それはそれだけ沢山魅力的な作品が投稿されていたからだと思います!
 ご参加いただきありがとうございました!

それでは全講評に移っていきましょう。


◆全講評

1.ファフロッキーズ・モンキーズ/草食った
謎の雨男
 草食ったさん参加ありがとうございます。一番槍らしくスピード感満載の作品です。僕の思考がファフロッキーズしている間にファフロッキーズ・モンキーズを読み終わっていました。
 読後の感触がとても爽やかです。この後どうなるのか気になりますが、この作品は先の見えない終わり方だから完成しているのだな、と個人的に思います。1000字という制限の中で、結末を書かずに話を広げていく印象を持たせてきたなと感じたところがすごく好きでした。
 読後感の余韻まで素敵な良い作品です。僕の推しです。

謎の有袋類
 一番槍!おめでとうございます。
 タイトルにあるファフロッキーズの「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指す」にあるとおり、その場にあるはずのないものが水たまりを踏んだことが原因で堕ちていくお話……かな?
 なにかのMVっぽい感じの映像と、感情の乗った出だしが好きです。
 1000字という制限だと緩急が付け難いのかなーと思うのですが、どこかでパリッとパワーワードだとか、わかりやすいパワーのある出来事を入れてみるとふわっとした綺麗でドラマティックな物語の中にわかりやすいメリハリが付いて「ここを見れば良いのか」と読者の視点が定まりやすくなるかもしれません。
 現時点でもとてもかっこよくてきれいな作品なので、好みの問題も大きいとは思うのですが!講評っぽい感じで書くなら……と無理矢理捻り出したポイトなので、このままでもかなり質の高い掌編になっていると思います。
 いらつく上司、鬱屈とした感情、そして一緒に落ちていくものと自分の共通点を探す流れで終わってしまいそうなのですが、少年を見つけて話しかけることで爽やかな読後感になっているの部分がテクニカル!
 絵本とか水彩画の挿絵や、パリパリッとコントラストの効いた映像で見て見たい現代的なのにどこか幻想的な雰囲気のする作品でした。

謎のょうじょ
 企画が発表されてから1時間足らずで投稿されて、とてもびっくりしました。
 一番槍おめでとうございます!
 そして早いだけじゃなくて上手なのがまたすごいなと思います。
 1000字って短いので世界観の説明に終始してしまいがちだと思うんですが、「なぜかひたすら落ちる謎現象に遭う」という状況説明を最小限に、現象に対して主人公がどういう感想をもつかという描写に分量を割いているのがいいなと思います。そしてその描写にちゃんとフックがあって短い文章の中でも興味を失わずに読むことが出来ました。
 読んでいてクスリと笑える部分もありつつ、謎の現象を謎のまま終わらせるではなく解釈として提示することで納得感もありました。
 「世界のバグ」って言われてなんとなくでも理解させられるところや、タイトルのパンチの強さなど随所で草食ったさんの言語センスの良さを感じます。脱帽です。


2.アクアリウム夢幻/狐
謎の雨男
 狐さん参加ありがとうございます。お洒落な文体で描かれる作品を楽しく読ませていただきました。
 アクアリウムという一つの世界を観測する『僕』。物語はもっと大きな存在がこの世界を観察しているのではないか?なんて想像をしながら終わります。このお話を書いた狐さんはこのお話を『観測』しているわけですから、考えようによってはアクアリウムを観測する『僕』を観測する創造主、をさらに観測する作者…なんてメタな見方ができます。
 話が穏やかに進んでいくように感じましたが、この作品はそれでも一風変わった存在感を放っています。狐さんのお洒落な文体がこの存在感の肝なのかな、とも思いました。

謎の有袋類
 かなり幻想的な雰囲気のお話でした。
 アクアリウムに自分の住む町を再現している状態で、住んでいる人々の様子を空想しているのかな?とも思ったのですがジャンルが現代ファンタジーとのことなので、これは実際にアクアリウムに世界を閉じ込めて小さな人間たちを観察しているということなのかな?と何度か読み直してみました。
 抽象的な表現や比喩的な表現が多くて、ちょっと全ての要素は捉えきれませんでした。ごめんなさい。
 ふわっとした色彩の描き方や、どことなく退廃的で静かな様子が伝わってくる全体的な雰囲気がとても好きです。どちらかというと詩のような読み方をした方が適切なのかもしれないなと思いました。
 タイトルにある夢幻という文字の通り、夢か幻か区別が出来ないような不思議な世界の中のワンシーン。そんな美しい世界の様子を描写した素敵なお話でした。

謎のょうじょ
 どこか気だるげな倦怠感がありつつも、日が昇る直前の澄んだ雰囲気を感じる作品でした。
 最初は実際の街を水で満たして観察するSF的な世界観なのかなと思ったのですが、タイトルに夢幻とついていたり、主人公が干渉できないところを見るとホログラムのように実体のない幻想を見ているのかなと解釈しました。間違っていたらすみません。
 例えば水族館でガラスで隔たれた外側から魚や哺乳類を観察する時、その中の暮らしを想像したり、あるいはその中からこちらがどう見えているかを考えたりします。そしてそこに住む生き物に勝手に同情したり、逆に哀れまれているのではないかと疑ったりします。
 アクアリウムに限らず、外から世界を眺めることは普段は考えないことを考えさせられるような妙な気持ちにさせられます。この作品からもそれに似た、不思議な魅力を感じました。
 幻想的な比喩や、詩的な描写の言葉選びが好きだなあと思います。
 狐さんは最初に読んだ作品のためか荒々しい雰囲気のSFを描かれるイメージがあったのですが、このようにウィットな世界観も描けるのかと筆の広さを感じました。


3.雨水/辰井圭斗
謎の雨男
 辰井圭斗さん参加ありがとうございます。1000文字に詰め込まれた心揺れ動く恋愛小説は見事だと思いました。
 短い文章で、柳谷さんがどういった人物なのかがセリフの違いだけで分かるようにできています。会話を「」でくくるかくくらないか、地の文として書かれるか、それだけでどんな雰囲気で喋っているのかを想像させるのがとても上手だと思います。表現力の勝利ですね。
 この作品では水は雨として登場しています。テーマを設定した側としては、こういう舞台装置に徹した水が最後の一文でお洒落な言い回しに使われる部分にとてもグッときました。

謎の有袋類
 学校を出た後の訳ありな二人のお話です。
 学生なのか、先生なのかどちらを想定するのかによって結構読み口が変わる作品だなと思いました。
 登場人物がどういう立場なのかわからないのは狙ってのことだったらすごく申し訳ないのですが、個人的な好みで言うとどういう立場の人物なのか明かしてくれた方が読みやすいかもしれないなと思いました。
 たった1000字という中で、既に付き合って同棲をしているけれど、柳谷さんへ特別な感情を持っている「私」という複雑な心理を描いているのがすごいです。
 掌編では情報の圧縮が大切だと思っているのですが、行間やちょっとした描写で直接的な言葉を使わなくても「私」が柳谷さんを意識しているというのがわかるというのは真似をしたい技術だなと思いました。
 雨という舞台装置の使い方もとても上手で、一緒に傘を差して帰宅するという短いイベントの間で主人公の自分を大切にしない性格ということから「恋人の敦と付き合っていることも含まれているのだろうか?」と読者に思わせる導線が美しかったです。
 最後の「私も悪いが、あなたも悪い」が印象的で、大人の恋愛という感じの作品でした。

謎のょうじょ
 一読して「これが大人の恋愛か!!」とドキドキしました。
 交際相手をもつ主人公と落ち着いた大人な雰囲気がある柳谷さんとの帰り道の一幕です。(明言されてないのでおそらく)教師であるということも交際相手がいるということも忘れて、柳谷さんに夢中になる主人公の心情と行動の描写が胸に詰まるようです。「振り返るな」と念じるも叶わずに振り返ったことで思いが決壊してしまう部分が好きです。
 1000字なのでもちろん限られた一幕のみの描写ですが、ここに至るまでに重ねた思いや出来事を想像させられます。これから二人はどうなるのだろうとドキドキしてしまいます。
 ぎゅっと詰まった作品だと思いました。


4.色水/まる
謎の雨男
 まるさん参加ありがとうございます。500文字台の作品はとても珍しいので印象に残りました。
 失恋のような心の中を描く作品は描写に文字数を使いそうなので上手にまとめてあるなぁと感心しながら読ませていただきました。
 タイトルを見て色水が何かわからなくて、ニッキ水かなにかかな?と見当違いなことを想像していました。切ない思い出を忘れないように、飲めない色水として表現することはとても素敵で色鮮やかな作品だと思いました。

謎の有袋類
 どんぐり飴……なんだろう……?って調べたのですが、アレだ!と調べたらめちゃくちゃピンときました。
 関東の育ちなのでわからなかったのですが、関西では屋台の定番みたいな品なのですね(関西以外でも売っているのかもしれないですが)
 夏祭りを楽しむカップルが別れてしまい、彼の方が失恋のつらさや切なさを噛みしめるお話。
 水というテーマに「色水」を持ってきたのがすごく綺麗で着眼点がユニークだなと思いました。
 最初の甘々なやりとりから、急に別れを持ってくることでメリハリも効いている部分と、会話や買うものから二人が学生か、それに近い年齢のかなり若い人物であるということも伝わってきて、想像がしやすかったです。
 主人公が、元カノとの思い出を忘れたくない部分はわかったのですが「色水は飲めないから…。そうすれば忘れないで済むかな…」の部分がちょっとよくわかりませんでした。ごめんなさい。
 色水を飲めないから、代わりに空の色が映ったペットボトルの水を飲むという描写は印象的なセンテンスでめちゃくちゃ美しかったです。
 掴みのパンチと、最後のコンボフィニッシュは完璧な作品でした。どんどん作品を書いていけばそれだけ強くなれる作者さんだと思います。
 今後もたくさんキュンを生み出していって欲しいと思います。

謎のょうじょ
 「色水」というタイトルの後にサブタイトル「青い」が目に入って、なんとなくサブリミナル的に青春っぽい印象を受けて読み始めたのですが、途中で「あっ、えっ、隣にいない!?」と予想をいい意味で裏切られてハッとさせられました。
 誰かと過ごした思い出があらゆる事物によってフラッシュバックすることがあります。でも後から思い出した記憶の中の感情は厳密にはその時感じたこととは別物になっているような気になります。作中で言及されている、覚えていたいのに忘れてしまうというのとはちょっと違いますが、変わっていくことへの恐怖感という部分では分かるような気がします。甘くて楽しい思い出を忘れたくないという主人公のモノローグが切なさを感じます。
 また、そんな感情に囚われながらペットボトルの水を飲む描写とその前に語られていた色水との対比が綺麗だなと思いました。


5.水玉/ジュージ
謎の雨男
 ジュージさん参加ありがとうございます。参加作品の中にホラーは少ないためばっちりと印象に残りました。
 怖いです。
 『幽霊』である女の姿が伝染していくように他の人の視界に移る描写は某ホラーの名作を思わせます。
 水と言うものは時と場合によっては滅茶苦茶怖く感じられます。その上で今回は『入水』『水玉』『びしょぬれ』と、もう水の恐怖満載な作品です。
 ホラーは好きですが怖いものが苦手な僕は幽霊の姿をなるべく想像しないようにして読みました。想像力の高い人の視界にはびしょぬれの幽霊が現れるかもしれない作品ですね。

謎の有袋類
 怖い!!!!!しっかりと怖い!!!
 これ、一度読んでからもう一度読み直すと更に澪ちゃんのアレさが引き立ってヤバいというところまで含めて怖い作品ですね。
 主人公を見かけるなり近付いて来て、メニューも頼まずに怖い話をし始める友人という時点で「ヤバいな」と思わせられるんですが、チラッと主人公の視界に入ってくる幽霊も怖い。
 気のせいだよね?この主人公はイラストを描くから……だから想像しやすいんだよね?という淡い希望を読者に持たせる手腕も流石という感じでした。
 話した後で「これ不思議なんだけどそいつね、誰かに話すとちょっと遠くに行くんだよ」と、相手が助かるヒントを言っただけ優しいのかもしれないな……と思いました。
 最後に「ごめんね」と言って立ち去るのは、もしかして、もう既に他の話は人が死んでいたりするのでしょうか?など色々考察をしたくなる部分もすごく好きです。
 個人的な好みなのですが、最後に主人公が何か行動の指針を示してくれると更に色々想像が出来ていいなーと思いました。
 それがなくても二週目を読んでうわーーっとなれる点や、具体的に想像しやすい見た目の描写、見えてしまったら、他人に話さないと付いてくるという怖さなど1000字以内の作品とは思えないほど怖いお話でした。
 乳酸菌飲料のパッケージみたいな柄のワンピースという想像し易さ500000点みたいな描写めちゃくちゃ好きです。

謎のょうじょ
 事態を把握した読後の恐怖感がすごいです。
 幽霊も人間も怖い!!
 読み始めた時は澪ちゃんはせっかちな人で話好きが相まって勢い込んで話してんのかなって普通に思ってたんですが、オチが分かってからもう一度読むと別の意図が分かって「うわあ……」となる怖さが出ます。
 恐怖感の煽り方もうまくて、徐々に幽霊のディティールを浮かび上げるように読み手に姿を想像させた後に、それが主人公にとって他人事ではなかったと開示することでオチを付けるのが秀逸です。
 これは余計な考察かもしれませんが、話した後も遠ざかるだけで澪ちゃんには依然として幽霊が憑いており、かつ主人公に別の幽霊が新たに憑いていて増えているという現象について、幽霊は孤独から自分と関わる人を増やそうとしているのではないかと思いました。一人ぼっちは寂しいですので、幽霊ちゃんにも幸多かれと思います。憑かれた人がどうなるのかはさておいて……。

6.水神と日照り神/こむらさき
謎の雨男
 こむらさきさん参加ありがとうございます。日本語が読めてよかったなぁと感じる作品でした。
 白、漆黒、瑠璃色、東雲色、榛色、二藍色…。書かれているのは文字だけなのに、情景が浮かんでくるというのはこういうことを言うのでしょうね。魃や御津羽という、あまり見ない名前の登場人物が違和感なく色鮮やかなワンシーンで動いているのには、そこはかとなく神話的な美しさを感じます。
 信仰は大切にしていこうと思います。

謎の有袋類
 ファンタジーを書きたかった

謎のょうじょ
 美しい上に頭が良い奥さんが知略で旦那さんの役に立つことをするお話です。
 古事記的な雰囲気があるなと思って調べたのですが、御津羽は闇御津羽神(クラミツハノカミ)という水の神様ではないかと思いました(違かったらすみません)。昔買った古事記の解説本片手に本編を再読したら世界観の雰囲気が分かって楽しくなりました。
 ここで白状すると、読み始めた時に奥さんである魃はなにかよからぬことを企んでいて、夫の御津羽を陥れようとしているのではないかと勘繰っていました。
 これは三人称の視点にも関わらず御津羽の動揺する心情に共感して魃を疑わしく思わされていたということで、改めて考えると高度なミスリードだなと思いました。
 だって美しい奥さんが怪しいことしてたら疑ってしまうじゃない……ねえ?(謎の問いかけ)
 キャッチコピーにもなっている「そううまくいくものかね」「そううまくいくものですとも」というやりとりがすごく好きで、魃の手の上で転がされてることを表しているようでいいなあと思います。きっと魃がその気になればすぐに滅ぼされてしまうのだろうなと思うと、御津羽には頑張ってほしいと思ってしまいます。


7.水底の夢/和泉眞弓
謎の雨男
 和泉眞弓さん参加ありがとうございます。雰囲気たっぷりな作品です。
 夢と現実をうろうろしている内容と、文章自体に改行が少ないため、いい意味で脳みそを混乱させながら読むことができます。現実がこれか~あれ、夢だ!?夢か~、いつの間にか現実に!?といった揺らぎを感じる部分が面白い作品でした。
 実際に自分が体験したことない記憶、という題材からしっかりとした世界観を作り出せるのは和泉眞弓さんの筆力がなせる業だと思います。

謎の有袋類
 ダムを覗き込んでいる女性の顔を仮面に擬えている作品なのかな?とも思ったのですが、ちょっと読み慣れていない表現なので僕の解釈が間違っているかもしれないです。
 詩的で抽象的な表現や、色々なメタファーが込められているかもしれないなとは思ったのですが、ちょっと拾いきれなかったです。すみません。
 場面が次々に移り変わり、多分ダムの底の記憶を体験しているというような作品なんだと思います。
 場面の一つ一つはとても美しく、それでいて寂しげな雰囲気が漂ってきます。
 列車、駅、水底、少女、仮面となんらかの別の意味がありそうな言葉は、意味がくみ取れなくても幻想的で、これは現実では無く夢のようなものなのだと示す目印のような役割を果たしていて綺麗だなと思いました。
 1000字という限られた文字数の中で、世界観と法則を作り、美しい世界とどこかにあったはずの憧憬をうまく描いた静かな雰囲気のおもしろい作品でした。

謎のょうじょ
 隠喩的で、流れるように紡がれる言葉が心地良いです。
 1000字の中で代わるがわる情景が移ってゆき、一見バラバラに見えるその描写を俯瞰して眺めると絵柄が分かるような、そんな作品だと思いました。
 描写が具体的なので、多分情景は基本的に主人公が体験したことだと思うんです。でも似ているのに知らないということは思い出が記憶の海の中に沈んでしまったということなのかなと思います。それこそダムによって水の奥底に町が沈んだみたいに、そこにいた実感が埋没してしまっているような、でも確かにそれは自分の思い出として残っているような、不思議な感覚を主人公は夢として味わっているのではないかと思いました。違っていたらすみません。
 和泉さんの作品は文章の端々に味わったことがないような肌触りがあって、読み終わった後にもう一度読むと姿を変えて解釈ができるような魅力があり、個人的には実は隠れファンだったりします(感想など言えてなくてすみません……)。今後の作品も楽しみにしています。


8.コズミック・ジョーズ スペースシャーク誕生/武州人也
謎の雨男
 武州人也さん参加ありがとうございます。まさか募集要項に描いた適当な設定に近い作品が爆誕するとは思いませんでした。
 これは読むZ級映画だと思いました。
 武州さんはKUSO映画フリークスなのでしょうか?すごくこう、『わかってらっしゃる』雰囲気を感じます。思わず読みながら敬礼してしまいました。
 サメ映画に必要なのは爆発、捕食対象、そして意味不明な倒し方、スパイスにお色気、だと思っています。そうです。サメは倒されるためにいるのです。しかしこの作品だけでは生態系の頂点に立ったサメたちがどう倒されたのかわかりません。そんなわけで読みながら1000文字にしなきゃよかったなと呟いた作品でした。
 僕が何かの間違いで映画監督になったら実写化したい、Z級映画好きにおすすめな一作品です。

謎の有袋類
 ご存じの通り、サメという生き物の適応能力は大変高い。
 先生、ハウスシャークで僕習いました!!!
 おもしろそうな設定で興味を引いたところでぬるっと入り込んでくるKUSO設定。美少年の武州さんからKUSOサメ映画の武州さんに印象が変わりつつあります。
 サメ映画好きにはお馴染み、例外的にその場に適応してしまったサメ……彼らが火星の覇者になるまでのお話なのですが、お約束を全部踏襲していてめちゃくちゃおもしろかったです。
 字数に余裕があれば、おかしな科学者がサメを入れるのを一度止めて、科学者を馬鹿にした偉い人がサメを入れるのを強行するイベントなども入れたいよね?みたいなことを考えてしまいました。
 1000字以下の掌編でここまで綺麗なB級映画の雰囲気とお約束を持ってこれるのは本当にすごいと思います。
 文句なしのKUSOサメ映画の導入編!めちゃくちゃおもしろかったです!映像作品で見たいですね。

謎のょうじょ
 とても笑わせていただきました。
 サメがなんだかんだで火星に立ち、生態系の頂点に立つお話です。
 「ご存じの通り、サメという生き物の適応能力は大変高い」という一文で全てを解決してしまう圧倒的パワーを感じました。これが文脈の力かと思わず頷いてしまいます。
 でもそういうB級映画的な楽しみがありつつも、天敵がシャチということや重力の描写など端々で知性を感じます。強いて言えば火星の寒すぎる気温や薄い大気、酸素をどのようにしてテラフォーミングの際に解決したのかがとても気になりますが、もし解決できていない問題があったとしても宇宙を渡ってきた彼ならきっと乗り越えられただろうなと感じます。
 勢いがあってとても楽しい作品でした!


9.星に願いを。/七瀬モカ
謎の雨男
七瀬モカさん参加ありがとうございます。絵本のような可愛らしい話だと思いました。
 テーマは水と言うことでしたが、この作品だと雨とか涙が引っかかっているのでしょうか。水が出てくればOKな緩いスタンスですが、もう少しお話に意味のある登場にしてくれると主催者としてはとても嬉しかったです。
 僕に絵が書ければ挿絵を描いてみたいなと思わせられる作品でした。

謎の有袋類
 可愛らしいルナとミルという二人が空の上で星を作るお話。
 絵本のような可愛らしい世界観で、ルナとミルが下の世界の人間のために星を作るという設定と、登場人物の会話のテンポが良く、心温かになるお話でした。
 雨が降る日に星を作るという部分を、雨雲が星の材料になるとか、雨の水が星を歓声貸せるのに必要……のように、もう少しだけ星を作ることに関連させるとグッと物語に縦の糸が通ってキュッとお話全体が引き締まると思います。
 やわらかくて優しい世界観や、登場人物同士のやりとりの心地よさは七瀬モカさんの得意技だと思うので、これからもどんどんお話を書いていって欲しいなと思います。

謎のょうじょ
 雲の上に住む二人が人間を励ますために星を作るお話です。
 僕はこういう純粋な祈りがある作品が大好きです。星の上に住む二人が異なる存在である人間のために星を作って願いを託すという部分に優しさを感じます。
 これは少し穿ちすぎかもしれませんが、個人的にぐっときたのは人間がなぜ悲しんでいるのか二人には分からない点です。恐らく人間よりも上位の存在である彼らは人間とは違う存在であるが故に、人間になにがあってなぜ悲しんでいるのかが具体的に分からなくて、ルナも力を使って人間が住む下には行くけれど、現地で見てもなお人間のことは漠然と把握してるくらいです。
 極端な言い方をすれば人間と二人の間には種族としての隔たりがあるように思います。
 けど僕がこのお話で好きなのは、それでも二人は星を作って人間に幸せが訪れるようにと祈るところです。人間とは異なる存在が人間のために一生懸命になってくれるというのは、ちょっと想像するだけで嬉しくなってしまいます。読後、優しい気持ちになりました。素敵なお話をありがとうございました!

10.ウンディーネのキス/Veilchen(悠井すみれ)
謎の雨男
 Veilchen(悠井すみれ)さん参加ありがとうございます。
 異種恋愛ですか、いいですよね、種族を超えた愛は最高ですよね…と思いながら読んだら落とし穴に落ちたような気分になりました。
 これはどちらかというとホラーでは?と個人的に思います。しかしとらえ方によってはとても深い愛を描いている作品だとも思います。愛も水と同じで色を変えるものですので(?)、そういう意味では水の不可思議さと愛の複雑さをこれ以上なく表現できている作品だと思います。僕が勝手に落とし穴に落ちただけとも言いますが。
 読み終わった後、僕もウンディーネの瞳を覗き込んでみたくなる作品でした。

謎の有袋類
 素敵な人外。そして人外の愛し方。人間の価値観。
 五億点です。五億点。
 謎の有袋類最初の「水精は情が深い」と最後の「水精は情が深い」が、同じ言葉なのに意味もそれを発した男の感情も全く違うやつーーー拙者大好きでござる。
 水の表現の仕方もすごく美しくて、透明という文字を使わずに水の透明さ、水というものの有る場所、そして水精の人外性というか神秘性を一挙に現わしている描写がとても大好きです。
 自然の中に生きる人ではないもの……だからこそ人間は警戒するし、そしてあわよくば逃げようとする……。
 最初は男を水底に引きずり込むのかと思っていたのですが「情が深い」水精は、男の命は奪わないのです。情が深いので好んだ男の命は奪わないけれど、そうではない人間のことは知らないという精霊ならではの残酷さが美しいなと思いました。
 これが1000字以内というのが信じられないですね。すごい。魔法のようです。
 とても良い異種恋愛でした。人間の男が非常に人間らしいのも大好きです。

謎のょうじょ
 綺麗な描写と共に、水精の情をひしひしと感じました。
 人間の情というものはかくも深く恐ろしいもので、それが水精ともなればなおさらということでしょうか。保険のために別れの挨拶をしておこうと思った矢先のキスで、まさかあんなことになるとは主人公も思ってもいなかったでしょう。
 僕はイフの世界を想像するのが好きなのですが、あの結末を回避するために主人公がとり得るべき行動はなんだったのかなと考えてしまいます。でも考えてみても回避する方法が思いつかないのです。黙って街を降りても男の懸念の通りのことになっていたでしょうし。
 そうなるともはや出会わないことしか回避策がなく、出会ってしまった時点であの結末は避けようがないことなのかもしれません。
 でも異種族とはいえ、自分を想ってくれる誰かがいるのはそう悪いことではないかもしれませんし、見ようによってはハッピーと言える……かも、しれないです……?


11.タロの塚/洞田太郎

謎の雨男
 洞田太郎さん参加ありがとうございます。
 僕は猫派だったのですが、この作品に出てくるタロのことをとても可愛いと思ってしまいました。猫派の人間にすら可愛いと思わせる描写がしっかりとできているのがすごいと思います。動物は人間と違って会話ができないため、文章で表現するのは数倍難しいと勝手に思っています(なので書く勇気が出ない)。
 猫じゃらしって言うのに犬の尾の草って言うのですね…。初めて知りました。機会があったら教えて欲しいのですが、こういった作品の発想はどこから来るのでしょうか。正岡子規の句を調べて(知っていて)猫じゃらしの名前が…から来るのか、犬の尻尾可愛い…猫じゃらしみたい…調べよう!から来るのか…。
 どういう着想をしてこの作品が生まれたのか聞きたくなるような興味深い作品でした。

謎の有袋類
 大雨の日に拾った犬と飼い主のお話です。
 ねこじゃらし、狗尾草というのは初めて聞いたのですが、物語のキーアイテムとして非常に印象強いものとなっています。
 ねこじゃらしのような尾ということでタロが巻尾の犬と想像しやすいのもすごく上手なだと思いました。
 せっかく物語の節目節目に「狗尾草」を使っているので、タイトルかサブタイトルにも使うと、お話全体がキュッと締まって見える気がします。
 ねこじゃらしへの着想点や、タロの塚周りに生えた狗尾草の描写が綺麗で「来年はお前の尾っぽも生えるかな。なあ、ちゃんとわかるように振ってくれよ」がとてもよい一文だなと思いました。
 しんみりとした秋にぴったりのお話だと思います。

謎のょうじょ
 タローーー!!
 犬と飼い主の話にとても弱いです。
 出会いから別れまでが綺麗にまとめっていて、読後は郷愁に駆られました。
 エノコログサのあたりの描写がすごく良くて、詩的な情景描写から想像をかき立てられます。きっと飼い主は秋になる度にタロのことを思い出すのだと思うと、それは素敵なことだと思いました。


12.故郷の水/山本アヒコ
謎の雨男
 山本アヒコさん参加ありがとうございます。なかなか珍しい作風だと個人的に思いました。
 『水』が重要なパーツの作品でもあります。最後の水をくれ、という主人公の思いが込められた一言は敵兵から見れば中々に不敵な一言です。もしかしたら強がりも含まれているのかもしれません。そういった複数の意味を持っているかも?というセリフを書ける、または背景を描けるというのは高い表現力がなせるわざだな…と思いました。

謎の有袋類
 争いと故郷と水のお話です。
 前半の綺麗な風景の描写と後半の凄惨な表現の差がとても際立ちます。
 1000字という短い作品なので、温度差を極端に付けるという手法、すごく効果的だなと思いました。
 一つだけ言うとしたら、好みの問題も大きいのですがこの作品をどう受け取ればいいのか少し戸惑いがありました。
 アヒコさんは書きたいものを書けているし、筆力も強い作者さんだと思っているし、作風の幅も広いので掌編でも「読者にこう思わせたい」が明確になるともっと強くなると思います。
 故郷のために戦ったけれど、どんどん追い込まれていく主人公たち。前半にある水の綺麗な描写のおかげで、泥水を啜るシーンが際立っているのがとても印象的です。
 最後の拷問のシーン、すごく湿度が高くてよかったです。拷問をされながら男が最後に言った言葉は強がりも含めているのか、故郷の綺麗な水を渇望するが故に出た妄言か、考えさせられるとても深い作品だと思いました。

謎のょうじょ
 故郷とその自然を愛した主人公が兵として戦争へ出願する話です。
 彼は愛国心のために戦いますが、敵の兵士に捕まってしまい、拷問にかけられてしまいます。
 その末に言い残した最後の一言が自国への愛が深く表れていて、かっこいいなと思いました。
 主人公にとって一番大事なものが水であることがテーマに非常に寄り添っていただいてお話を作られたのを感じます。
 大変失礼ながら、この短編だけでは雰囲気が上手くつかめなかったので投稿されている他の作品もいくつか読ませていただきました。どの作品も世界観がしっかりしていて、それでいて多様に描かれていたので、作品に合わせてきっちりと書き分けられる方なのだなと思いました。どのお話もしっかりまとまっていて情景や心情の描写に長けている印象があります。今後テーマによってどのような作品を書かれるのか、すごく楽しみです。


13.潮風は揺れる/常盤しのぶ
謎の雨男
 常盤しのぶさん参加ありがとうございます。
 これはびーえr…友情ですね?男同士の友情ですね?そういうのすごくいいと思います。
 飛行機よりも船を選ぶ松島。船酔いにも弱いというのに。一般的に船は飛行機よりも時間がかかります。松島がいつも船旅を選ぶのはどうしてでしょうか。主人公はなぜそれに文句を言わないのでしょうか。こういった、『あえて言葉にしない友情』みたいなものに僕は弱いです。グッときます。
 それに加えて嫌とは言わず、もう慣れた、と言葉を返す『僕』も最高だと思いました。慣れてしまうほど多くの場所に行っているのでしょうね。それでいて嫌にならないということは松島と『僕』の相性の良さが伺えます。
 1000字という制限があるにも拘わらず、いくらでも想像の余地が楽しめる完成度の高い作品でした。

謎の有袋類
 これはもしかしてBLですか???僕の心はそう読んでしまったのでBLだと思っているのですが、病弱なのに無茶をする松島と、それに付き合う「僕」のお話です。
 短い文章の中にぎゅっと濃縮された腐れ縁感というか、この二人はいつもこの調子なんだろうなというエッセンスが詰まっていてすごく良いですね。
 なにげない言い回しから、船旅が初めてでは無いことも伝わってくるのすごくテクニカルだと思います。
 僕の中では松島さんはちょっと髪セミロングの長身の男で「僕」は快活そうな好青年です(幻覚)
>青かった海が、オレンジに照らされる
 このパッと視点が拓けた海に向かうところがすごく綺麗で大好きだなと思いました。
 甲板へ出た理由が読者に伝わってくるのすごくいいなと思いました。
 二人の関係性、景色の良さ、松島と僕の性格と短い中にきちんと読者の欲しい情報とときめきが詰め込まれたすごい作品でした! 

謎のょうじょ
 友情なのか、それとも……という受け取り方によって見方が変わる作品だと思いました。
 自分の身体よりも楽しさを優先する松島の性格が魅力的で、それに付き合う主人公も合わさってすごく良い関係だと思いました。「嫌か?」「もう慣れた」というやりとりなど随所に、こう、今まで積み重ねというかバックボーンをしっかり感じ取れて、つい口角が上がってしまいます。これが尊いという感情……。1000字の中にぎゅっと二人の関係性が表現されていて素敵でした!
 余談ですが、僕は九州の民なので二人がどこに行こうとしてたのかが気になります。新幹線でも飛行機でも船でもいける場所となるとやはり定番の福岡に行こうとしてのでしょうか。彼らの旅が楽しいものであればいいなと思います。


14.やらずの雨/灰崎千尋
謎の雨男
 灰崎千尋さん参加ありがとうございます。表現の一つ一つが艶やかです。色も温度も香りも伝わってくる作品でした。
 文と文の間に空白を多めにとられているのが印象的です。行間を読め!読むんだ!という思いがひしひしと伝わってくる気がします。
 前半の美しさの表現が後半になって一気におどろおどろしくさらにセクシーに感じられてくるのはお見事としか言いようがありません。
 最後に男は何を想い、そしてどこへ行ったのでしょうか。その顛末が語られないからこそ、美しい話が少し恐ろしく、それでいて美しいまま完結しているのだと思います。

謎の有袋類
 うわーーーー!これはキュン!僕特攻です。
 灰崎さん、作風の幅が広いと思っていて、現代物の文章もすごく良いのですが、ファンタジーを書くときの少し硬くて華やかな文体がすごく上手だと個人的には思っています。
 そして「ひみつのこい」のような愛憎入り交じった女の情欲というか、どろっとした感情を露悪的だったり、ねとっとしすぎずに描くのがすごく上手ですね。
 この作品は、青騎士と呪われた王子とひみつのこいのいいとこどりのような作品で、現代では無い場所での男女の情愛たっぷりの描写が描かれています。
 なにも直接的な言い回しはないのですが、本当に非常にセクシーな文章でうらやましいです。情報は断片的なのですが、それが逆に想像力をかき立てられてしまう……。
 この二人の関係性にギュッとフォーカスが寄っているのがすごくうまいなと思いました。
 灰崎さん、そろそろ中長編もチャレンジして良いのではないでしょうか?これからの作品も期待しています。

謎のょうじょ
 読後、これはすごいものを読んでしまったぞという気分になりました。
 浅学で恥ずかしい限りですが、タイトルの「遣らずの雨」という言葉をふわっとしか知らなくて調べてみたら「まるで来客を帰さないためであるかのように降って来る雨」のことを言うらしく、もしかしてダブルミーニングではないかと考えて再度驚きました(違ってたらすみません……)。
 地の文による表現も風雨が吹きすさぶ夜に小屋で二人が交わる温度感が伝わってきますし、時代性を感じる言い回しからその時代に生きた登場人物の感情の動きに説得力が出ています。
 特に「何処へもやらぬ。誰にもやらぬ。おまえを離してなどやらぬ。」という言葉に込められた情念にゾクゾクします。
 最後に男はなにを言ったのか、どういう心情だったのか、はっきりと描写されていないのも余白があってよいと思います。感服です。


15.金魚鉢の中身/生崎 鈍

謎の雨男
 生崎 鈍さん参加ありがとうございます。不思議な物語が広がっていく、その導入のような作品ですね。
 水しか入っていない金魚鉢を育てること、それは一見無駄なことに見えます。しかし彼女の「無駄から何かが生まれたら、それこそ素敵な事ではないかね?」という言葉は妙な説得力とともにロマンチストであることを感じさせます。
 これから何が起こるのかがとても気になる書き方がとても好きでした。

謎の有袋類
 オカルト部の「彼女」と「私」の間に起こったワンシーンという感じの作品です。
 なんらかの一話に繋がりそうな話で、とても興味を引かれました。
 金魚鉢の向こう側で、ガラスに唇を押しつけた彼女の描写がとても艶っぽくて魅力的です。
 好みを言うのなら、解釈を全て読者に丸投げをするよりも、なにかヒントがもう少しあると切り取られたシーンに深みが増して、読後感で突き放されるような感覚が減るのかな?と思います。
 ヒントは書き手が思っているほど読者には伝わらないものなので、本当にオカルト的ななにかなのか、彼女がいつもこうして思わせぶりな悪戯をするのかワンセンテンスだけでも入れるとグッと小説のフォーカスが合って魅力が更に増すと思います。
 短い文章の中で、いつも「私」を少し振り回し気味な「彼女」ということや、なにやら厄介なことをもってきやすいらしいという恋愛小説に於いて大切である登場人物の魅力や性格を描ききっているので筆力が高い作者さんなのだと思いました。
 この作品、登場人物が気になるのでもう少し長いお話で「私」と「彼女」がどのようなことをしていくのか見たいなと思う魅力的な作品でした。

謎のょうじょ
ありそうで今のところなかった部活もので、ジュブナイル的な話が好きなので否応にもテンションが上がりました。しかもオカルト部に所属するミステリアスな言動の女の子という設定からして、ぐっと来るものがあります。普段どんな話をしているんだろう、月刊ム―が愛読書だったりするんだろうか、と想像するだけで楽しいです。主人公の「私」とのちょっとひねた言い回しのやりとりも、一筋縄ではいかなそうな雰囲気を感じます。普段どんな会話をしていてどんな関係性なのか、もっと知りたいと思わせてくれる作品でした。


16.雫/私は柴犬になりたい
謎の雨男
 私は柴犬になりたいさん参加ありがとうございます。
 着眼点や表現が独特で、作品の雰囲気をしっかりと感じられる作品だと思います。
 この作品の中にはカタカナが一つもないせいか、水精のもぞもぞ、や、ちょこん、といった音や擬音の一つ一つが、一層可愛らしく感じられます。
 少し気になったのは段落替えが一つもないところです。もう少し読みやすさを考えてみるとさらに素敵な作品になると思います。

謎の有袋類
 葉の露を水精に擬えた可愛らしい雰囲気の作品でした。
 絵本に出てくるような可愛らしい水精が、夜に身を寄せ合って葉の上で眠り、ねぼすけの水精は起きずに葉の上で透明な液体になっているという着眼点がすごい。
 私は柴犬になりたいさんの中で、多分やりたいことが上手に出来ていると思う素敵な作品でした。
 水精のかわいらしさや、自然にある現象を目に見えない生き物が起こしていることだという世界観は様々なファンタジーやお伽噺にも共通するもので、僕はすごく好きです。
 故意にしているとしたら目的がちょっとわからないのですが、改行などを取り入れて可読性があがればさらに作品のほのぼのとした世界観が伝わりやすくなると思います。
 内容に関しては本当に最高のお伽噺で、着眼点も鋭い素敵なお話でした。

謎のょうじょ
 白状するとお名前のインパクトが強くて一瞬作品名とごっちゃになってしまいました。ご参加いただきありがとうございます!
 水精さんの夜明け前の一幕を描いたお話で、詩のように言葉の流れを追いながら楽しめる作品です。再読するときには声に出して音読してみたのですが、オノマトペが印象的に使われている部分が読んでいて楽しいなと思いました。
 特に「眠るようにぴったり寄り添って、夜の声に耳も傾けない。やがて空は真っ赤な目をこすって、ふらふら太陽が顔を出す。」という文章が口当たりがよくて心地よいです。おそらく言葉的な意味だけではなく、音にも気を使っているのかなと思いました。
 ラストも朝と共に水精さんが空に溶けていく様子が爽やかでいて御伽噺的で懐かしい気持ちになりました。


17.ワイングラス/杜松の実
謎の雨男
 杜松の実さん参加ありがとうございます。昔好きだった人の結婚式に出席する、切ないお話です。
 ワイングラスを世界、自分をグラスに張り付いたワイン、と表現するのは表現力だけではなく着眼スキルを磨かなくてはできない芸当だと思います。
 全体的にどんよりとした雰囲気の作品だと思わせておいて、最後の『―案外割れないものだな。』の一文があることで、読後感が一気に変化するのが素敵だと思います。
 少し憑き物が落ちたような主人公の世界でも、主人公と女性は同じ端役として居るのでしょうか?二人は諦めをつけて、新しい物語を積み上げていけるんじゃないかと、最後の一文があるだけでそう思えてきます。
 最後の文章があるかないかで印象が変わる不思議な作品でした。

謎の有袋類
 好きだった女性の結婚式に出席する主人公の内心を描いたお話。
 タイトルにもあるワイングラスと主人公の心象をリンクさせることによって、見えにくい心の動きを読者にも伝わりやすくしているのがとても上手だと思いました。
 たらればを考えてしまい、つい手に力が入ってしまう主人公の心を現わすように、握られたグラスが歪むなどの表現がすごくよかったです。
 1000字という制限のある中で、ワイングラスとタイトルにあるのに作中ではグラスと表現せざるを得ないのが少し残念かな?と思ったので、フォーカスしたいものへギュッと視点を寄せるために内容や表現の取捨選択がうまくいくと、更に洗練された内容になっていくと思います。
「案外割れないものだな」という最後の一言がすごくうまくて、読後感を一気に爽やかなものへと変え、主人公の関心が移動することで新たな物語を期待させる末広がりのラストはすごく素敵でした。
 短い文章の中に複雑な心情と新たな物語の息吹を感じさせる素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 主人公のモノローグから漂う切なさに胸を締められながら読みました。
 あの時ああしていればという後悔は生きていく上で付きまとうものですが、結果的に望まない状況でどうすることもできない自分の立場とワイングラスの側面に張り付いた液体を重ねてしまうあたりに郷愁を感じます。ワイングラスに張り付いた雫は飲まれることのない香りを演出するためだけの存在で、自身もまた思い人と親友の交際を引き立たせる存在でしかないという部分が上手く重なっててすごく良いです。
 最後の一文の解釈も分かれるところですが、僕はどちらかと言えば諦念に近いニュアンスを感じました。タイミングを見ているうちに二人が付き合ってしまったというのは、言い換えれば自身を端役足らしめている環境を打破できたかもしれない機会を逃してしまったということだと解釈していて、最後の一言は張り付いた液体という役回りを与えるグラスを結局は割れなかったように、端役である自身は望んだようにならない現状も壊すことができないという諦めなのではないかと思いました。……主人公には幸せになってほしいと思います。
 短い中で考えさせられる作品だと思いました!


18.水に溶ける/あきかん
謎の雨男
 あきかんさん参加ありがとうございます。個人的にこういったSFを無理矢理合理的に説明していく作品は大好物です。
 さらにこの作品は起承転結で言えば明確な『結』が存在しています。今回の1000文字という範囲で作品を作るとしたら、『ワンシーンを切り取る』か『詰めこむ』のどちらかになります。今回の企画は文字数が極端に少ないため、テーマに沿った内容を詰めこむというのはとてつもなく難しい作業だと思います。
 話の流れ、主人公が考えること、そして結論を綺麗にまとめてあるこの作品は今回の企画の教科書みたいな作品だと思いました。

謎の有袋類
 なんらかの研究で作られた実験身体のお話。
 水槽の中から見た外の景色や、水の中で生活することで起こる水温の変化など狭い世界だからこそ細かに語っている実験体の主観でこの物語は綴られています。
 リアリティラインの設定を最初の一文、二文辺りで示しておくと「何故文字が読めるのか」とか「これだけの知識があるのはどういうことなんだろう」という謎が没入感を削がなくなるので、なんとなくそれっぽい理屈が伝わるようなセンテンスを使えると更に作品が読みやすくなるのかもしれないなと思いました。
 あきかんさんは、最初に比べると格段に物語を作るのが上手になっていると思いますし、文章も読みやすくなったので、これからも作品を生み出していって欲しいなと思いました。

謎のょうじょ
 なんのために生まれて、なにをして生きるのかというフレーズが頭を過ぎりました。
 恐らくドナー目的で培養されていた自我のある実験体が結局は苦痛と共に廃棄されてしまうお話です。悲しい……救いはない……。
 でもよく考えると臓器を人工的に培養するためなら自我がなくても良い気がしますし、もしかすると科学者サイドの人々は実験体に意識があることを知らなかった説があるのではないでしょうか。自我があることを知らなかったからわざわざ痛そうな廃棄手段を選んだのでは、みたいな。それが多少でも救いになるかは別として……。
 実際僕たちが生活していく中で身の回りの物に自我がないとは限らないわけです。今日食べたおっとっとにも自我があったかもしれないですし、もっと言えば自分の身体の細胞の一つ一つに意識があるかもしれない。おけらだってあめんぼだっておっとっとにだって、自我があって色んなことを考えているのかもしれない。人間がそれを認識できないだけで……。
 そんなことを思い出させてくれる作品でした。AD021くんのご冥福をお祈りいたします。


19.水は人を帯びる。ゆえに、人を飲む。/米倉 キツネ
謎の雨男
 米倉 キツネさん参加ありがとうございます。復讐劇を描いた作品ですね。
 少し表現が拙いところがあるように思えます。けれどもぴったり1000文字にまとめる、起承転結がわかりやすい、としっかり小説になっているところが素晴らしいと思います。
 加えて、お話に出てくる内容は『人を呪わば穴二つ』ですが、テーマの『水』と絡めて『水は人を帯びる』というお話にしているのはやるなぁ…と思わされました。
 このことわざ?は実際にあるものなのでしょうか。もう少し由来を調べてみたくなりました。

謎の有袋類
 復讐に燃える男の過ちのお話。
 ハードボイルな雰囲気でかなり設定や出来事を盛り込んだ内容でした。
 闇サイトで雇える殺し屋がいる世界に納得の治安の悪さが際立つオチの作品でした。
 好きな作品や、好きな雰囲気があって、実際に書いてみることや、お題を交えながら規定の文字数で物語を仕上げるというのは非常に素晴らしいことです。
 とてもカッコいい雰囲気の作品なのですが、部分部分で言い回しがひっかかる部分があります。
 たくさん作品を読んだり、推敲することでどんどん改善されていく部分だと思うのでこれからも自分の好きなものを読んだり書いたりして欲しいなと思います。

謎のょうじょ
 復讐のために殺し屋を雇ったら大変な目に遭うお話です。
 最初の一文と最後の一文が同じにしている構成が好きだなと思いました。
 希望に縋るのは恐ろしいという意見には賛成です。無根拠に何かを信じることはある面からは全くの無防備になってしまうものだと思います。主人公も殺し屋という希望に縋ったばかりに足元を救われてしまったということでしょう。
 硬派な世界観を1000字という短い文字数で表現していると思いました!


20.Alcoholic/アリクイ
謎の雨男
 アリクイさん参加ありがとうございます。
 切ないですね。とにかく切ないお話です。
 想いを清算しようとするのを押し流す、洗い流す、とアルコールという液体で表現しているのがとても素敵でした。700文字と短めの文字数で物語の背景と心の中を描けるのはとても小説が上手だと思います。
 『Alcoholic』とはアルコール依存症のことです。依存している(もしくはされている?)ことや、アルコール依存症の危険性とこの二人の関係の危険性をほのめかすためにタイトルを単純にアルコールしなかったのかなと個人的に思いました。

謎の有袋類
 アリクイくん得意の切ない片思いもの。
 KUSOの勢いが目立つのですが、こういうどうしようもないけど、諦められもしないでも諦めたいみたいなそういう感情の動きを書いた作品すごく好きなんですよね。
 こっち方面の創作がちょこちょこ増えているの、実は結構うれしいです。
 1000文字と言うことなのでワンシーンを映し出すことになるのですが、本当にこのシーンチョイスがとても上手だなと思いました。
 直接的な言及はないけれど、先輩との一夜の思い出での先輩の様子や色っぽさが短いセンテンスから感じられるのは技巧!という感じで大好きです。
 めちゃくちゃ好きなんですが、もう一歩踏み込んで強いパンチをどこかで打てれば更に二回りくらい強くなれる気がする……と思いました。
 とはいえ、本当にこのままでも十分魅力的で、小林にも先輩にもヘイトが向きにくく、それでいて魅力的に登場人物が描かれている素晴らしい作品です。
 アリクイくんも、そろそろ中編チャレンジしてみませんか?

謎のょうじょ
 読後、切なすぎる……けどこういうお話とても好き!!という複雑な気持ちになりました。
 なんというか、もう関係的にはどん詰まりを迎えていて、どうにもならないんだけど、それでも好意を捨てられないという袋小路が1000字内で上手に表現されています。「もしここできちんと想いを伝えることができたら、あるいは……」と気持ちがまだ先輩へと寄っているあたりも切ないポイントです。女友達に相談したら「やめときなよ、そんな男……」と真剣に忠告されてしまいそうな性格の先輩や、全部を分かった上で思いを捨てきれない主人公、それを短いセンテンスで分からせてくれるあたりにアリクイさんの人物を描写する力の高さを感じます。
 また、「Alcoholic」はアルコール依存症の意ですが、このタイトルも色々と想像させてくれるような気がします。胸がぎゅっとするような、素敵な作品でした。


21.ナルキッソスの花には毒がある/偽教授
謎の雨男
 偽教授さん参加ありがとうございます。
 神話の切り口から入って墓碑銘に終わるという話の流れがとても綺麗だと思いました。場面の移り変わりにも不自然がなく、多くの創作と勉強をされてきた方なのだろうと思いました。
 それとちょっと調べて知ったのですがジゴロの語源はフランス語なのですね。細かい言葉の一つ一つまで雰囲気を壊さないような心配りがされている丁寧な作品に思えました。

謎の有袋類
 ナルキッソスの神話に擬えつつも、それとは真逆の人々を書いた作品とのことなのですが、相変わらずお話の再構築がうますぎますね。
 偽教授さんのこういった少し硬めの文章、とても好きです。
 自分を愛せないルカと、クロエが惹かれ合ったという部分で「自分と似た相手を愛した」と元々もナルキッソスの逸話に近付けてくる手腕に唸るしか無いです。
 たった1000文字の中に、ルカとクロエの退廃的で美しい人生が丸ごと詰められていることと、過去の女が墓を作り、それに刻まれる詩的なタイトル回収もお見事としか言いようがないです。
 お互いの毒にやられながらも、鏡映しのように自分と似ている相手に惹かれ合い、そして神話と同じように自分を見つめすぎて水へと落ちてしまった二人のナルキッソス……。とても美しく、悲しいお話でした。
 読み終わった後にタグで「うおおお」となってしまったw
 偽教授さんはもう自分のスタイルが確立されている作家さんなのですが、冒険をしているところとかも見たい気がします。冒険……どうですか?

謎のょうじょ
 物語として1000字で綺麗にまとまっているだけではなく、水仙の学名の由来がナルキッソスだということを知っていたり、タグを見るともう一段階物語に深みが増すような仕掛けになっていると思います。お見事すぎます。
 自身を愛することはできないルカが自身に似た存在であるクロエを最後に愛したという点での対比や、作中でも語られている「泉に映った自身を愛して溺死する」という有名な逸話と(状況から見ておそらく)水死を選んだという点が上手く重なっていて美しいと思います。
 偽教授さんの作品は今までに何作か読ませていただいたことがあるのですが、どの作品にも深い教養を感じることができて、読後はちょっと頭が良くなった気がします(台無しの感想)。今後の作品も楽しみにしています。


22.吸血鬼は川を渡れない/@9ju9
謎の雨男
 @9ju9さん参加ありがとうございます。吸血鬼と吸血鬼ハンターのコンビがゾンビに追いかけられる話です。
 相棒が吸血鬼であるというのを後半で明かすということはその正体や主人公との関係性に意外性を持たせたかったのでしょうか?とするとタイトルをぼかした方がよかったかもしれないと個人的には思いました。逆に説明の一つだと言うのならば序盤に書いてしまった方が、なぜ川を何とか渡る手段を探しているのかがわかりやすくてよかったと思います。
 1000文字の中でキャラクターの説明とストーリーの内容とをちゃんと詰め込み、ジョンがゾンビに立ち向かっていく恰好の良い最後まで書けているのは見事だな、と思いました。

謎の有袋類
 ゾンビに追われる吸血鬼狩りの男のお話です。
 作者である@9ju9さんの好みを山盛り詰め込みました!と言わんばかりの豪華な設定と舞台の作品。
 吸血鬼狩りであるにも拘わらず、なんでゾンビと戦っているんだろう?と思ったら、最後に相方?が吸血鬼であるというオチでした。
 どのような物語があって、吸血鬼狩りである主人公が吸血鬼と行動をともにしているのか気になる素敵な作品です。
 吸血鬼は川を渡れないのもわかるのですが、主人公も吸血鬼では無いのに川を渡れないというのは何か理由があるのでしょうか?そこの一言を誰かに言わせるだけで世界観がグッと深まって更に良いファンタジーが描けると思います。
 吸血鬼狩りなのに吸血鬼のように川を渡れないところに吸血鬼が親近感を覚えたのか、それとも他の理由でカナヅチなのか……。
 文字数が1000字とかなりタイトなので書きたいことと書くべきことのバランスを身に付けたらもっともっと良い作品を書くことが出来ると思います。
 最後に吸血鬼が自分の墓を建てることを信じて、ゾンビに立ち向かっていくというシーンが印象的な作品でした。ギャグとタグには書いてあるのですが敵対すべき存在だった相手を信じる男とてもエモでよかったです。
 これはギャグだから……と恥ずかしがったり保険をかけずに心の洋服を脱いで全裸になればすごいエモくてかっこいい作品をバンバン書けるようなポテンシャルを秘めた作者さんだと思いました。

謎のょうじょ
 吸血鬼狩りがゾンビ退治を依頼されていて一風変わった雰囲気だと思ったのも束の間、ゾンビも吸血鬼も吸血鬼狩りも依頼者も依頼者の可愛い姪も出てくるという展開で、とにかく要素が満載で目まぐるしく、お得感がありました。長編小説の1シーンを切り取ったかのような構成で、これから主人公の彼はゾンビに噛まれてゾンビになるのか、吸血鬼に噛まれて吸血鬼になるのか、それとも危機を乗り越えて人間であり続けられるのかが気になります。ジョンの行く末はいかに……! 文章とやりとりに勢いがあって、楽しい作品でした。


23.水/ざわ
謎の雨男
 ざわさん参加ありがとうございます。星新一のショートショートを感じさせる作品ですね。読んでいるうちにこの科学者の名前はエヌ氏とかエフ氏なんじゃないかと思えてきます。
 四千年後に発明されるものを持っているということは、五千年前から生きている男たちはどこかで未来に移動できるようになったり、未来を観測したりできるようになったのでしょうか。そのあたりにもう少し説明を加えてもよかったかもしれません。
 人類の発展を裏で管理している者たちが淡々と話しながら脅してくることや、具体的な数字が多めに出てくることで、落ち着いた雰囲気ながらも緊迫感をうまく表現できているなと思いました。

謎の有袋類
 とある科学者が発明をしたが、それが謎の男によって阻止されるというお話です。
 なんとなく星新一っぽい雰囲気だなーと思ったのですが、ざわさんのプロフィールにもあったので納得感がありました。
 人類を秘密裏に管理している謎の組織、ロマンがありますよね。
 文字数に余裕があるので、発明の部分をもう少しインパクトがあるものにすると、リアリティラインが定まって読む人にとって親切になるかもしれないなと思いました。
 水というテーマを織り込みながら、規定の文字数以内で物語を完結させていることと、自分の好きなものを取り入れて作品にするというのはどれもとても素晴らしいことだと思います。
 この調子でどんどん作品を書いていきましょう!

謎のょうじょ
 水を科学的に分解して効率的にエネルギーを取り出せる技術を発明をした科学者が人類を管理する謎の組織から接触を受けて……というあらすじだけでわくわくします。個人的には水を科学的に分解するという発明が具体的にどのような内容だったのか気になります。光を触媒にしたり、特殊な合金を用いた電極を利用するという既出のアイデアを発展させたのか、それとももっと画期的な方法だったのか……。1000文字という縛りがあるのであまり詳しくは書けないかもしれないですが、概要だけでも説明があれば科学者という設定にも説得力がもっと出るかなと思いました。
 とはいえこのお話のキモである一度滅びかけた人類を裏から管理している組織の人間が数千年後に開発される道具を使って主人公の記憶を消すというオチは面白く読ませていただきました!今後の作品も楽しみにしています。


24.水を切る/シメ
謎の雨男
 シメさん参加ありがとうございます。
 水を切り出すという発想だけでこんなに素晴らしい作品を作れることはさすがだと思いました。感動しました。
 金のナイフ、祈りの言葉というファンタジーの要素と、耐水加工された革袋や切り出された水の売り先などの現実感が絶妙にマッチしています。
 個人的に、水を切るという一風変わった芸当をしている『私』がそれをあまり特別だと思っていない様に、淡々と水を切る生活を続けているところがとても好きでした。切り取った水の使い道、とても気になります。
 ナイフの出所や水の行き先など、いくらでも広げられそうな世界感が1000文字にぎゅっと詰め込まれていて、シメさんが書きたいことを書いたうえで読者のことを考えていることが伝わってくる作品だと思いました。

謎の有袋類
 水を切るという不思議な生業を持つ主人公のお話です。
 金で出来たナイフというのが、そういう魔術的な要素のあるアイテムとしてすごく印象深くて好きだなと思いました。
 エメラルド色をした水を切る描写も、古い言語を使って祈りを捧げるという工程を経ることて可能になるという設定がとても丁寧だなと思いました。
 丁寧に練り上げられた設定の上に書かれたワンシーンは、RPGのオープニング映像などにありそうでワクワク出来る素敵な魅力がたっぷり詰まっていると思います。
 この作品は、シメさんが書きたいことがギュッとフォーカスされていて、読者の見たいものと書き手の書いているものがバチっとかみ合っているとても良い作品だと思います。
 おもしろい発想と、丁寧な道具と世界観の描写が光る素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 「今日も私の仕事が始まる。」と始まる冒頭から次がナイフの描写だったことで、「あっ、仕事って合法ではない類のあれか……!?」と勝手に深読みをしてしまって、読後の今となってはお恥ずかしい限りです。違法どころか、真面目でストイックに仕事を行う主人公の職人的な精神にとても好感が持てます。自身の仕事は水を集めることで、携わった成果物がどう使われるかについては興味がないと割り切っている部分がかっこいいなと思いました。
 また、水を切り取る際の描写も現実にはない行為にも関わらず、切り取る際の注意事項に説得力があったり、ナイフを水に差し入れる緊張感が伝わってきました。水が粉々になってしまうという表現もこの世界観ならではですが、どのような状態になるのか想像できます。現実ではないどこかを感じさせてくれる素敵な作品でした。


25.浮力/上村湊
謎の雨男
上村湊さん参加ありがとうございます。自分と水の関係性、自分と他の人間の関係性を上手に並べて表現できている作品だと思います。
 単純に水はこう、ほかの人はこう…。と書くだけではなく、うまくいかなかったこと、うまくいかないことの表現を多めにすることで、実際に乗り越えてきたことや、これから乗り越えられるんじゃないか?と感じる作りになっているように感じました。
 本編からは少し外れますがエピソードタイトルにもある『冷たくて暖かくて、柔らかくて硬い。』がこの作品を綺麗に一文で表しているのも個人的にグッとくるポイントです。

謎の有袋類
 上村さん、マジで小説を書き始めて片手で足りるような数なんですか?という完成度でめちゃくちゃびっくりしますね。
 最初からとても上手だなと思っていたのですが、グングンとコツを掴んでいっておもしろい作品を生み出しているのを見ると、インプットがとても大切だということと、作品を完結させることは力になると言うことがわかります。
 水というテーマを人間関係に絡める手腕も、1000字の中で前半と後半の事柄を「怯えずにある程度信じて任せる」という共通のテーマで結んだ手腕がおみごと……となりました。
 掌編も短編も上村さんはもうかなり完成度が高い作品を生み出せると思うので、一度書いたものを組み合わせて中編にチャレンジすると、またグッと成長するんじゃ無いかなと思います。
 今後の成長がとても楽しみな作者さんのうちの一人です。

謎のょうじょ
 誰かと接する際には相手を信じて身を任せればうまくいくこともあるという教訓が、水に親しむ際のエピソードと重ねて語られているところに説得力があって頷かされました。抵抗感があるうちは些細な失敗で、何も上手くいかないような、二度と仲良くなれないような気になります。作中で語られたようにそれは水も人間関係も同じで、一度受け入れないことには先に進めないのだろうと思います。もちろん受容だけで全ての問題が解決されるわけではなく、むしろそこからがスタートだとは思いますが、それでもやはりそれがまず最初の一歩なのだと改めて考えさせられました。
 繊細でありながら的を射た文章表現が印象的です。感性が豊かで、感じ取ったことを言葉にする力がある方なのかなと思いました。これからの作品も楽しみにしています。


26.愛は人肌/椎名甘楚
謎の雨男
 椎名甘楚さん参加ありがとうございます。押しかけ女房のお話ですね。そして愛ですね。
 難しい表現や言い回しを使っていますが、結局『僕』には言い訳だとばれているところが愛おしくてどきどきするポイントです。
 水というテーマから強引に水→風呂(湯舟)でいちゃつくお話に持って行くところは多少強引にも思えますが、『先輩』の強引な言い訳とうまくマッチして不自然に見えなくなっているところが素晴らしい話の組み立て方だな、と思いました。

謎の有袋類
 豊かな肢体、つまり巨乳ですよ。巨乳でママみの強い押しかけ女房です。これは非常に強い作品ですね。
 水というテーマから、自分のホームに話をひっぱってくるのが非常に上手な作者さんだなと思いました。
 連想ゲーム系の話かな?と思って読んでいると、先輩の蠱惑的な表情や、少し意地悪な一面はあれど機知に富んでいて、そして主人公のことを愛してやまないという性格で脳を殴られる。そんな作品でした。
 好きなもの、脳に浮かんだものをそのまま書けると言うことはとても強力な武器だと思います。
 この終盤でお風呂でいちゃついているというのがわかるのもすごい好みでした。先輩大好き。

謎のょうじょ
 概要欄の「ママみの強い年上彼女」というワードでこれは只事ではないぞと思いながら読み始めましたが、読後は想像以上に尋常ではなかったと考えを改めました。シチュエーションの勝利だと思います。理屈を並べていちゃつこうとしてくる先輩、可愛いです、完敗です(?)。最後の問いかけ、風呂に入りながらだと比べようがないのではとか思いましたが、そんなことは野暮です。可愛いの前には理屈など無力。
 でも視点を変えてみると、湯につかることが胎内を追体験する行為だとしたら、人はある意味において風呂に入る度に生まれ直しているのかもしれないと思いました。また、温泉や銭湯では互いに知らぬ人々が同じ湯につかり、そこで同じ時間を共有します。なんとなく、それにもなにか特別な意味が生まれるような気がしましたが、多分気のせいだと思います。よく分からない妄言を吐いてしまいましたが、こんな御託も先輩の可愛さの前には無意味なのでしょう。ありがとうございました!


27.aqua water mizu/藤原埼玉
謎の雨男
 藤原埼玉さん参加ありがとうございます。
 まさか1000文字で異世界転生を書いてくる人がいるとは…と思いましたが、物語の背景からオチまで丁寧にまとめられており、最後は思わずツッコミを入れるほど楽しく読むことができました。
 まあゲームにありがちな地水火風の四つ力だったら間違いなく水は戦闘には向かなさそうですものね…。からの水神との出会い、RPG的テンプレな強化。
 短い文字数の中にも主人公や水神などのキャラクターが生き生きと動いているのが感じられる作品でした。

謎の有袋類
 勢いよく始まる異世界転生小説。
 1000字で異世界転生、どうなるんだ?と思ったけど、初速を衰えさせること無く捻りを入れて着地したのがすごい好きです。
 水、汎用性もあるし、めちゃくちゃ強いと思うのですが侮られガチな能力ですよね。
 終盤の下りは少し無理矢理かな?という気がしなくもないのですが、僕はかなり好きで「ふふふ」ってなりました。
 埼玉さんのファンタジー、かなりしっとりとしていて血と愛憎と誤解みたいな題材も多いのですが、こういう勢いのある主人公でそこそこ長いファンタジーを書くと、また新しい作風の扉が開けるんじゃ無いかな?と思いました。
 埼玉さんは、最近色々なものを書いているし、その分作風も広がっていて、経験値をばんばん貯めているので徐々に書ける文字数を伸ばしていつか長編小説にもチャレンジしてくれるといいなーと思ってます。

謎のょうじょ
 異世界転生アニメなら第1話の20分尺をまるまる使って描かれそうな世界観説明+パワーアップ回をコンパクトに1000字で描いています。埼玉さんについて、雰囲気のある作品では耽美で幻想的な物語を書かれていて、Twitterやギャグ的な作品ではノリと勢いがある面白さがあるという印象なのですが、今回はその後者のスピード感が遺憾なく発揮されている気がします。本当は1000字で詰めることができる設定と展開ではないはずなんですが、異世界転生のテンプレート的な設定を上手く使ったり、描写の勢いで解決していると思いました。冒頭の悪態とオチの「巫女ォ!?」が好きです。これからも応援しています!


28.ウルトラ水飲みィ/ウゴカッタン
謎の雨男
 ウゴカッタンさん参加ありがとうございます。
 しゃっくりの止め方を濃く描いた作品…なのでしょうか?何と言いますか、ものすごく作者の色が濃い作品ですね。しかし有無を言わせず最後まで読ませてしまう力強さがあります。
 この表現力、これ最後どうなってしまうんだろう…と気にならせる構成力は素晴らしいと思いました。しゃっくりを止める方法そのものやシャックリ・タールの元ネタ(語源?)が『しゃっくり』から来ているのはなんとなくわかるのですが、ラックク・ミシマルギィの元ネタがわからず気になりました。機会がありましたらぜひ教えてください。しゃっくりが止まらないときに参考にしたいと思います。

謎の有袋類
 しゃっくりを止める手法を独特のリズムで書き連ねている作品です。
 この作品で言われているしゃっくりの止め方、僕もやっていたのですが、これは結構メジャーな方法なんでしょうか?
 しゃっくりを止めることを指名にする人物がひたすらコミカルにまくしたてていくというのは掌編ならではのちょうど良さというか、味の濃さがありますね。
 シャックリ・タールの「タール」や、ラックク・ミシマルギィという名前の元ネタがどういうことなのかはちょっとわかりませんでした。すみません。
 後半はちょっと勢いがありすぎて受け止めきれないのですが、きっとこの方の作風なのだと思います。
 我が道を突き進んで止まる気配がない、作者の力強さを感じさせる作品でした。

謎のょうじょ
 読後、分かるけど分からないという不思議な感覚に陥りました。全く知らない文脈を唐突に文章を通して叩き込まれるような強烈な作品だと思いました。まずインパクトの強い開始一文目から始まり、意味はよく理解できないけどとにかく力強い言葉を連続的に浴びせられて、気づいたら一方的にKOされてました。ウゴカッタンさんの持ち味だと思いますが、濃すぎるが故に付いていくのが難しい印象を受けました。とはいえこの作風を極めた末に紡がれる物語は、これまでの既存の物語とは一線を画す作品になると思うので、今後も書き続けてほしいと思います!


29.幼少の心/おだまき かえで
謎の雨男
 おだまき かえでさん参加ありがとうございます。大人にまだなり切れていない年頃の少年が女の人に会うお話です。
 女の人の描写がはっきりとしている、つまりはっきりと主人公には認識できているにも関わらず、目を離したら消えてしまう。まるでうたた寝している間に見た夢のようだと僕は思いました。
 おだまき かえでさんがこの女の人をどのようなキャラクターだと考えているのか僕にはわかりませんが、正体をほのめかすつもりの場合は最後に聞こえた讃美歌のような手がかりをもう少し多くちりばめてあげるとより分かりやすいと思いました。
 個人的には謎なまま、不思議な雰囲気を残して終わるのもとても好きです。
 ここから何かお話が展開していきそうな予感を感じさせる作品でした。

謎の有袋類
 少し背伸びをしたい少年が出会った不思議な女性のお話です。
 綺麗な景色の描写から、徐々に少年にフォーカスを絞っていく描写はショートムービーの導入を思わせます。
 少年が同世代の子供たちから浮いた存在であることを描いた後で、女性の見た目の美しさをしっかりと書いていくのが印象的でした。
 MVのような綺麗な風景の連続と、時折フォーカスされる主人公と女性。
 主人公の少年に話しかける女性に、彼は気まずそうに応対します。
 最後が印象的で、主人公の目の前にいたはずの女性は姿を眩ませてしまいます。
 この女性が明確になんであるかは僕は察せ無かったのと、作者さんもきっと想像の余地があるようなラストにしたかったのだと思いますが、もう少しだけヒントや何かを仄めかす程度の情報があると、甘いものの上の塩と同じようにそのヒントが更に考察を生んで想像の幅を広めてくれると思います。
 不思議な存在と出会い、そして別れを経験したことは、少年の今後にどのような影響を与えるのでしょうか?
 またあの女性と会える物語もあるのかな?と色々な想像を出来る素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 少年が不思議な雰囲気をもつ女性と出会う一幕が描かれています。淡々とした描写の中に叙情的な表現が心地よく盛り込まれていて、晴れた灯台で吹く風をその場にいるかのように感じられる文章が素敵です。
 また、白いワンピースの女性もどこか浮世離れした雰囲気があり、少年に優しく話しかける様や讃美歌を歌う様はおとぎ話の登場人物のようだと思いました。その正体も最後まではっきりとは分からないところも余韻があって好きだと思いました。
 少年はこの日のことを忘れてしまうかもしれませんが、何年か経ってふとした時にこの日の讃美歌を思い出して、懐かしい気持ちになるようなことがあるかもしれないなと想像して、それはロマンチックで素敵なことだと思いました。読んでいるこちらも幼少期を思い出させてくれるような風情がある作品でした。


30.海難/緯糸ひつじ
謎の雨男
 緯糸ひつじさん参加ありがとうございます。ファンタジー世界を旅する船のお話、そして生存者の証言ですね。設定はなんだかインディゲームの『Return of the Obra Dinn』を思わせます。
 ポンポン船とはお風呂で遊ぶおもちゃの船(ろうそくで走らせるやつ)のことかな、と思い読んでいたのですが、最後に『一九三二年に太平洋沖で起こった貨物船「韋新丸」の沈没事故』とあり、ファンタジー感のある船のお話なのか、実際の船のお話なのかが今一つ理解できませんでした。
 実際の海にはないコットンキャンディの白い雲や海の布地、金属の針が降る海難といった独特な世界感の構築が綺麗で心を掴まれました。

謎の有袋類
 海が布、雲は透明なポリエチレンに詰められたコットンキャンディ、ポンポン船は布の海を裁ちながら進み、横に付いてくるイルカが布を縫い合わせていくといった絵本のような世界を描いた異世界ファンタジーです。 
 嵐になる理由が、回転釜の不調で、飴が炭化しているという発想はとてもおもしろいなと思いました。
 雨水の代わりに針が降ってくるという恐ろしい嵐はまさにタイトル通りの海難といった様相でした。
 最後まで読んでいて「一九三二年に太平洋沖で起こった貨物船「韋新丸」の沈没事故」と書いてあり、急にリアリティラインをズラす試みがあったと思うのですが、どのような狙いだったかまではくみ取れませんでした、すみません。
 実際の事故に擬えたものなのかな?とサーチしてみたのですが、それらしい記事も見当たらなかったので架空の事故と言うことなのでしょうか?
 カテゴリーが異世界ファンタジーなので特に狙いがない場合は、太平洋といった実在の海の名前を出してしまうと読者が混乱してしまうかもしれないなと思いました。
 全体的にとても練り上げられたファンシーでポップな世界観と、そのギャップを活かした恐ろしい海難というメリハリがある楽しい物語でした。

謎のょうじょ
 綿菓子の雲に、布の海、金属の針の嵐など、豊かな想像から紡がれるファンシーな世界観が素敵です。特に嵐の描写は恐ろしく、主人公が海に飛び込むまでの緊迫感は手に汗握るものがあり、没入して読むことが出来ました。
 ただ、最後の2行で、唐突にファンタジーから現実に突き落されるような、ハッと目を覚まされるような感覚になりました。それまでの出来事がすべて現実ベースの世界観で起きたことと無理やり解釈すると、それまでの記述は覚醒剤などの薬物を使用していたか、沈没時の恐怖で精神がおかしくなってしまった錯乱による妄想の産物ということになるのでしょうか。もし太平洋という現実の海を利用したことや貨物船の現実にありそうな名称は元々ファンシーな世界観に組み込んであるという想定であれば、僕が勘違いしてしまっただけですので申し訳ないです。ラストの解釈がどうしても難しかったので、僕が書いた内容に誤りがあればご指摘いただけると幸いです。
 世界観はとても斬新で、非現実を感じさせてくれて素敵でした!ご参加いただき、ありがとうございました。


31.楽譜に刻印された感情の記憶/なぎらまさと
謎の雨男
 なぎらまさとさん参加ありがとうございます。
 なぎらまさとさんはピアノをたしなんでおられるのでしょうか?演奏の描写が丁寧なことや、楽曲の表現に対する個人的な考えが描かれているようで興味深かったです。
 テーマの『水』の使われ方が湖→オレンジジュース→血と液体と経由して代わる代わる登場してくるのがテーマ設定者としてはとても嬉しく、楽しく読むことができました。主催者冥利に尽きます。
 音楽という自分の得意なフィールドとテーマをうまく融合できている作品だと思います。

謎の有袋類
 クラシックピアニストを題材にした作品です。
 実際に作者の方はピアノが好きだったり、楽器をしているのかな?と思うくらいのディティールがしっかりとした印象のあるお話でした。
 ある種の瞬間記憶能力のようなものを活かして楽譜を覚えているという主人公という設定もおもしろかったです。
 なにより最後の最後で「学生時代に恋人と大喧嘩したとき、彼女が振りかざしたカッターナイフを避けきれず、切られた右腕から飛んだ血痕が」という音楽家らしい(僕の偏見です)アツいエピソードが来たのがすごく好きです。
 好き嫌いがわかれるかもしれないのですが、短編でインパクトのある逸話を最後に持ってくるのは僕は良いなと思いました。
 1000文字という制限があるので厳しいとは思うのですが、前半で学生時代の恋人のことに触れたりすると最後の唐突感が和らぐかもしれないなと思いました。
 表現者としてのある種のプライドを持っている主人公が、自分に怒った修羅場さえも表現の力に変えていく「さあ、激情を解き放とうか。」という最後の言葉がめちゃくちゃかっこよく決まる素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 この一文のために書かれたのではないかと思うほど、痺れるラストが印象的です。
 曲にどんな感情を乗せたかは聞く側にとっては関係なく、受け取り手はそれぞれの物語を曲に投影しているに聴いているにすぎないという話は大いに頷けるところがあります。
 また、主人公の考えを提示した上で主人公自身の感情を描写する構成に説得力があります。主人公の演奏に対する考えと手法、第2楽章の譜面に付随する具体的なエピソード、そして第3楽章に開始するラスト。このラスト部分も具体的に語るのではなく、譜面についた血と恋人に切られたという少ない情報だけで、なにが起きたか理解させるのもまた秀逸です。このような積み重ねがあったからこそ、相乗的に最後の1行のインパクトが出ていると思います!ストーリーテリングがとても上手な方だと思いました。今後の作品も楽しみにしています。


32.さよならアメフラシ/木船田ヒロマル
謎の雨男
 木船田ヒロマルさん参加ありがとうございます。
 詩的な文章や宇宙規模の話から成る作品ですが、最後まで読んでから最初に戻ると、全ての表現が壮大ながらも一番しっくり来る文章なのだということがわかります。
 彼女の「過去にも私たちは出会っているし、これから先もどうせまた出会うだろうと言うこと」という言葉を考えてしまうと、繰り返し読むことが正解にも思えてくるような、でもどこかで二人には幸せな終わりを迎えていて欲しいような、そんな不思議な気分にさえなれる作品でした。

謎の有袋類
 印象に残る第一声から始まり、そして彼女の残した言葉を噛みしめて終わる切ないお話でした。
 二回目に読むと、何故彼女が気怠げに話をしはじめたのかががらりと変わるのはヒロマルさんの筆力の成せる技!という気がします。
 部屋の様子もほとんど描かれていないのですが、布にしみた水がじわじわとひろがっていくように、話が進むにつれて二人の様子が想像しやすいこと、終盤でいっきに解像度が上がる描写は「すごい」としかいいようがなかったです。
 彼が何故最初に彼女に対して「ロマンチストだね」と言葉を選んだのかも、こういう状態だからか……と二周目の方がじわじわと心に来るのめちゃくちゃ好きです。
 彼女が降らせた無数の宇宙すごい好きなワードなんですが、かなり詩的な表現なのでそこだけ受け取れる人とそうじゃない人にわかれるかも?前後に、彼女の言葉を思い出してそれを連想したみたいなことを仄めかすような一言があると受け取れる人が多くなるかもしれないなと思いました。
 でも、こうパッと彼女の言葉を思い出してしまうというエモもあるのでこのままでもめちゃくちゃいいんですよね。
 本当にすごい素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 うわーーー、もうとても良かったです、すごく良かったです(講評の放棄)。
 最初は何の話をしているのかが掴めないのですが、会話と描写が進み、状況を理解すると共に切なさが溢れてきます。最初の雨の例えも宇宙の例えも結論自体は同じことを言っているのですが、2回目に結論を述べた時に只事ではない状況であろうことが直感的に理解でき、そして理屈の上では難しいことを言いながら、伝えたいことはシンプルというなのだと分かった時がすごくハッとさせられました。ラストで雨の話と宇宙の話が繋がって、涙として表現されるのがとても美しいと思います。素晴らしい作品でした。


33.君を殺さずに済めばよかった/f
謎の雨男
 fさん参加ありがとうございます。不思議な雰囲気を放つ作品でした。
 金魚鉢や魚は何かの象徴だったり、隠喩だったりするのでしょうか?物語の後半で金魚鉢がひっくり返され、魚は死んでしまうというショッキングな展開になりますが、主人公と『誰か』の関係や、その間に会った壊れてしまったものを意味しているのかな、と思いながら読んでいました。
 ロキノン系バンドのPVやMVのような雰囲気が感じられていて好みの作品です。

謎の有袋類
 夢の中の出来事を書いたようなお話だなと思いました。
 金魚や金魚鉢になんらかのメタファーが込められているのでしょうか?なんとなく、胎児と羊水のようなものをイメージしました。
 無機質なように感じる場面にパッと赤い尾の長い金魚が出てくるのはすごく印象に残るので見せたいものの見せ方がすごく上手な作者さんだなと思いました。
 カテゴリーも詩・童話とあるので多分説明のしすぎや、具体的な描写をしない方がお作法的にも正解だと思うので、多分この形が正解だと思います。
 読み手に様々な想像をさせる意味深な小道具の置き方、最後の一言、そして無機質なように見える場面に落ちた金魚という鮮やかな有機物……調和が整っていて美しくも悲しい印象のお話でした。
 これ、個人的に解説とかを後日ツイートしてくれたらうれしいなと思います。

謎のょうじょ
 タイトルから興味を惹かれました。主人公が話している相手が「誰か」と表現されていることで顔が見えず、どこか現実から浮遊しているような印象をもちました。
 アセクシャルとタグ付けがされていたことから、主人公は「誰か」に恋愛的な感情をもてず、その「誰か」は失望して去っていく様子を描いていたのかなと思いました。ただ、美しいひだの金魚鉢や、半分しかない水、小さな魚がなにを意味するのか、真剣に考えてみたのですが、これという結論はでませんでした。
 なんとなく雰囲気としては水は人と人との間にある感情の深さ、その水の中で生きる魚は他者との相互関係で育つ親しみや愛といった感情の類を示しているのかなと思いましたが、まるっきり外れているような気もします。また、英語の比喩表現として場になじめない気がしている人を「a fish out of water」ということがあるらしいのですが、それもまた関係あるようなないようなと考えてしまいます。解説があれば是非聞かせてほしいです……!!
 不思議な雰囲気で、考えさせられる作品でした。


34.水遊び/そのいち
謎の雨男
 そのいちさん参加ありがとうございます。まさにテーマである『水』で書かれた作品です。
 率直に言いますと、非常に面白いと思いました。一見やみくもに『水』が付いた言葉を使っているように思えますが、どこかテンポがよく、なんだか韻を踏んだ詩を読んでいる気分にもなります。さらにコメディチックな雰囲気な作品と、そのテンポの良さが非常にあっていると思えました。
 テーマの水を意識して書いているのだな、と思わせておいてその対照的存在の『火』である母の怒りを鎮火させるためのお話だというオチは思わず声が出るほど感心しました。素晴らしいです。まさに「みずみずしい」お話ですね。

謎の有袋類
 水が使われている様々な語を使った言葉遊びのような雰囲気の、とてもテンポが良いお話でした。
 お水ときて「そうきたかー」と思っていたのですが、それだけじゃないのがすごくいいなと思いました。
 作中に出てくる「水」という字全てに傍点を付けている部分は、好き嫌いが出るかもしれないのですが、わかりやすいなという点で僕はかなり好きです。
 お父さんがキャバクラによく行くし、隠れて水商売をしている娘の店にも行っていてそれを自分に隠していたというのかなり修羅場なんですけど、作品内の雰囲気が明るいからなのか、軽快な語り口調で話されているからなのかめちゃくちゃシリアスというほどでもないという読み口の調整がすごく上手なだなと思いました。
 最後の一文である「私と父はリビングが水浸しになるまで母に泣かされた」だけ比喩なのはわかるけれど一瞬だけ迷ってしまったので、そこだけもう少し推敲で変えられたら更にお話が印象深いものになるかもしれないなと思いました。
 コミカルなものを描くというのは、すごい難しいと思っているのですが、この作品の作者さんは雰囲気のコントロールや、テンポの調節がすごく上手だと思っています。
 言葉遊びの点だけでは無く、主人公の母を中心とした、しょうもないことをするけれど憎みきれないというような、家族の絆というか腐れ縁のようなものが殺伐としすぎずに良い塩梅のコミカルな描写をされているのが印象的な素敵なお話でした。

謎のょうじょ
 水を使った言葉遊びがとても印象的です。
 後半になると水と対極の火もちらほら見え始めて、これは母の怒りが文面に浸食し始めている表現かなと読み取りました。また、キャバクラ通いの父が「火遊び」と言ったのに対して、キャバクラで働いていた私が「水遊び」と言うのは1本取られたなと思いました。
 落語的で楽しい作品でした。


35.水に恋焦がれる私/久居 薙
謎の雨男
 久居 薙さん参加ありがとうございます。詩での参加ですね。
 今回文字数を1000文字と少なめに設定したとき、詩で参戦してくる人もいるだろうなぁと思っていました。
 僕は詩の読み方がわからないのですが、水を見た時の印象を表現したものなのでしょうね。頭の方では水の愛おしさを表現しますが、後半ではその水が不機嫌に見え、新しい水に取り換えようとしています。
 タイトルで『水に恋い焦がれる私』とあるように、水に対する心境の移り変わりを表しているのでしょうか。久居 薙さんは詩はよく書かれるのでしょうか?
 おそらく一番短いと思われる文字数の中で考察のしがいがある作品を作れるのはさすがの表現力だと思いました。

謎の有袋類
 とてもかわいらしく、音読をしたら楽しいんだろうなと思いました。
 詩、本当に僕は詳しくなくて読み方がわからないので、見当違いなことを言っていたらすみません。
 タイトルの通り、水に恋をした何者かの主観で綴られているこの作品は最初は水を「何も喋らない 曇らない 割れたりなんて、しない」と褒めています。
 もしかして、以前恋い焦がれていたのは魔法の鏡相手だったのかな……?と想像の余地があるのがとてもおもしろいなと思い増した。
 うってかわって後半は「ひどく歪んで見えるわ ゆらゆら ぐらぐら 動いている」「あぁそうだ きっと今日のお水は不機嫌なのね」と水の別の側面を見て朗らかないつもの水へと替えてしまいます。
 沸騰をした水を想像しました。
 そして、前半で水を褒めていた文面から想像するに、この人は水を捨てて次の恋へ行ってしまうのかな?と想像しました。
 詩には詳しくないので自分語りになってしまった面も大きいのですが、まさに読む人の心を映す水面のような興味深い作品でした。

謎のょぅじょ
 詩での参加ですね、ありがとうございます!
 作中の私にとっての水が何を表すのか考えても楽しいですし、音として言葉を追ってもまた面白いと思いました。句点の代わりに空白としてスペースが空いていたり、一か所だけ読点で区切られている部分に、言葉のリズムを作る工夫がある気がします。最後の二文が同じ構成になっているのも律動が感じられます。
 いつも肯定してくれるから好きと言っていたのに、後半で歪んで見えた途端に取り換えようと思う主人公の移り変わりの早さに、少し身に覚えがあって胸に詰まります。調子がいい時には好きと言って、そうではなくなると手のひらを返してはいないだろうかと我が身を振り返りました。自身を映す鏡のような作品だと思いました。

36.方舟と想い/河童
謎の雨男
 河童さん参加ありがとうございます。ツバルから留学生として来たスミス君との会話が主な作品です。
 1000文字という制限があるせいか、少し話がぶつ切りで終わってしまっている印象を受けました。『僕』と『スミス君』の関係や質問をした結果どのようなことが起こったのか(オチ)があると話の流れがより分かりやすくなるかもしれません。
 宗教(キリスト教)や実際の国家の現在など、ほかの人達の作品にはない斬新な切り口で作品を書けるところにカッパさんのオリジナリティを感じました。
 次回作にも期待しています。

謎の有袋類
 留学生と主人公が過ごす一コマ。
 ツバルという国、お恥ずかしい話なので知らなかったのですが、海抜最高5mのミニ国家なのですね。
 故郷から離れて暮らすスミスくん、彼はまた国に戻るのだろうなという確信をどことなく感じるお話でした。
 1000字という制限の中では難しいかもしれませんが、ツバルという国についてもう一言あると、国を知らない人でも作品内の知識だけでお話が掴みやすいのかもしれないなと思いました。
 異国の地からきた、自分と価値観の基礎も、考え方も違う相手がそっと話してくれた心の内をすごく上手に描いた作品だと思います。
 ルーツや宗教という、普段なかなか意識しない人が多いであろう話題を上手く1000字以内に落とし込んでいてすごいと思いました。

謎のょぅじょ
 読後、水に沈むこととツバルが結びつかずにググってみたのですが、海面上昇によって土地が浸食されていたのですね。浅学で恐縮です。
 それを踏まえて読みなおすと、ルーツと思い入れについての重要な話をしていたのが分かります。移住が必要になった時、どうすることが正解かは分かりませんが、思い入れは生きていく上で切り離せないものですので、そのために残るのも一つの選択であるような気もします。宗教や文化、価値観が絡んでくるため難しかったかとは思いますが、読んでいて新鮮な気持ちになりました。


37.あかざ/中田
謎の雨男
 中田さん参加ありがとうございます。
 何と言うか、何と言いますか、何と言うべきでしょうか。失礼すぎて申し訳ないとも思うのですが、だいぶ狂気を感じました。
 怪しい日本語で書かれたAmazonの商品名やレビューのような作品です。個人的にはもっとラップのリリックのようにノリを良くしてみると振り切れた作品になって面白いのではないかと思いました。
 しかし文字数、『水(の呼吸)』というテーマを遵守したうえで原爆級の強い印象を与える作品を書ける才能に思わず嫉妬してしまいそうです。

謎の有袋類
 お馴染み怪文書枠。
 再び近場のイベントに現れる胆力と、文字数だけは守るという僅かに残った知性はすごい。
 1000文字の掌編で読むと、狂気が薄まっているように見えるのは正気が戻りつつあるということなんでしょうか?
 狂気方面か、語感の良いエッセイ方面かどちらかに振り切れると持ち味が更に活かせるのではないでしょうか。

謎のょぅじょ
 あらゆることが分からないまま、淡々と語られるのは不気味さを通り越して新鮮な読書体験でした。某鬼滅的なフレーズがキャッチコピーや概要欄、サブタイトルにちりばめられているのですが、最後に鍋敷きになっているという落ちで回収されるのが、ある意味カタルシスと言えなくもないような気がします。個人的にはパロディに寄りかかるのではなく、中田さん自身の考えた物語を読ませてほしいと思いましたが、これはこれで小説イベントという多様性の一部なのだろうかと考えさせられました。


38.水と蜜柑/崇期(すうき)
謎の雨男
 崇期(すうき)さん参加ありがとうございます。
 『水』というテーマに対し、その話の中でさらに『水と蜜柑』というテーマで絵を描き続けるという構成をとても面白いと思いました。
 『水と蜜柑』という題(連作のテーマ?)に元ネタはあったりするのでしょうか。イサックが生命活動として絵を描き続け、美也子は生命活動として恋をしています。命ある限り連作を続けるであろうイサックはイコール向こう側へ行けないということなのでしょうか。また、美也子は向こう側へ行けるということなのでしょうか(少なくとも美也子側からの解釈では)。
 もちろんそれはそれぞれの価値観次第な気がしますが、その問い自体を文字にするのではなく、読者が自発的に考えてしまうように、問いかけてくるような話の締め方がとても上手だと思いました。

謎の有袋類
 水というお題に対して登場人物が描く作品のタイトルで回収してくるという発想がとてもおもしろい作品でした。
 水と蜜柑という作品を作ることを生命活動と称するイサックと、それについていけなくなり、用事があると言って出て行ってしまった恋人のお話。
 女性が「連作ってつらいだけよ」と言い出した台詞だけ少し唐突かな?と思いました。女性も芸術家であり、イサックとは価値観の違いで別れたのでしょうか?なと想像力を膨らませる手立てにもなっている素敵な台詞だったのでもう一言なにか自然な流れが付け加えられていたら、作品の深みや世界観がグッと広がる気がします。
 一つのテーマに取り憑かれたように描き続ける男と、その周りを描いた魅力的な作品でした。

謎のょうじょ
 最初の一文にインパクトがあり、惹きつけられます。
作中で生命活動と表現されているのは言い換えると当人にとっての生きる理由であったり、生きる上で必要なことなのかなと思いました。イサックにとっては絵画、彼女にとっては恋で、その点において二人が交わることはないことを少ない文字数で想像させてくれます。また、イサックは絵画に対して辞めるようなものではないと言っているのに対して、彼女はこの辺で降りたいと言っているのも両者の違いが表れていていいなと思います。


39.匣の少女と機械人形/里場むすび
謎の雨男
 里場むすびさん参加ありがとうございます。
 術式眼、機械人形、方舟、ツンデレな人ならざる少女…と里場むずびさんの好きな要素を片っ端から詰めたんだろうなと感じられ、とても楽しく読むことができました。要素がとても多いのに破綻せず、最後は少女の力によって旅人の救出まで書ききれているのはさすがの表現力だと思います。
 ただ、台詞の「」と『』の使い分け方がよくわかりませんでした。「」は心境とか独り言に近い感じなのでしょうか?
 方舟はある一族とあらゆる生き物を乗せるため建造されましたが、今は少女と旅人しか乗っていないという設定、二人の出会いなども気になってくる作品でした。

謎の有袋類
 ポストアポカリプスな世界観でのファンタジー!
 1000文字の制限の中で術式眼・機械人形・箱船と世界観を表す特徴的な設定を盛り込んできた作品なのですが、説明的にならずに自然に組み込まれているのが非常にうまいなと思いました。
 匣の中の少女と機械人間のやりとりもテンポが良く、そして愛らしくて、二人の関係性や、これまでの旅路が想像できるようでした。
 設定やキャラクターが非常に魅力的なので、些末なことなのですが、最後の「水を沸騰させないでくれ! 錆びる!」」に部分が少しだけ引っかかりを覚えました。
 機械人形を構築している体の材質や、匣の少女を構成している水が、現実と同じとは限らないのですが1000文字の制限がある中ではほのめかせない裏設定は言葉を濁した方が良い効果を生むことが多いです。なので、「錆びる」を別の言葉に言い換えると、世界観に浸れるのかなと思います。
 匣の少女の素直になれなさになかなか気がつけない機械人形という二人に関係性がとても魅力的で素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 水を操る権能をもつ匣の少女と優しい機械人形のお話です。
 空を駆ける船や、魔法で動く機械、神話になぞらえたような封印などファンタジーな世界観が連載漫画の1シーンのように練られており、想像の余地があって好きです。
 また、機械人形の彼は(おそらく)長く稼働し続けることができるという特性故に、砂漠に飛び込む無茶をしでかすというあたりが上手く設定を利用していると思います。彼の優しさと、鈍いところがどちらもよく表れています。また、少女にもただならぬ背景がありそうですが、ラストのやりとりで普通の女の子らしい可愛らしさが出ていて、これもほっこりしました。是非次は里場さんの作品をもう少し長い尺で読みたいなと思いました。


40.風俗で聖水プレイをしよう!/七海ナナ
謎の雨男
 七海ナナさん参加ありがとうございます。『水』というテーマを悪用して生み出される怪文書、さすがですね。内容だけではなく読み手に対しても文句を言ってくる勢いとテンポのよさ、そして自分の思いを書き散らしているところが怪文書としてのクオリティを高めていると思います。

謎の有袋類
 GO TO M性感じゃあないんだよwwwww
 水がテーマの自主企画に黄金水を持ち込む禁忌の所業。活き活きとした勢いのある怪文書です。
 そうそう!怪文書はこれくらい思い切ってお気持ちをぶちまけるもんなんだよ!ってゲラゲラ笑いながら読みつつ、ラブホテル清掃バイトの現状や、性風俗店に於けるお小水プレイのことを知ることが出来るという非常に為になる怪文書でした(本当か?)
 僕はそういう業界のことは知らないのですが、多分実在サイトを名指ししてくるところも非常にパワフルでいいですね。池袋にて待つ!じゃあないんだよw
 ここまで開き直って全力で私情を持ち込まれるともう「M性感がんばれ!」という応援の気持ちしか出てこないです。実在労働者ですよね?ちがうか?
 がんばれ!!!!!という人を応援したくなる気持ちになる作品でした。

謎のょうじょ
 タイトルから既に異彩を放っていたのですが、本編では聖水にまつわる大人の世界的裏話がふんだんにぶっちゃけられています。二文目からして「今日は風俗での聖水プレイの布教をします。」ですし、それ以降もパワーある筆致で聖水プレイの薦めが描かれており、その力強さに思わず笑ってしまう部分も多々ありました。まるで本職の人が筆をとったかのような、あまりに真に迫った描写はなかなか読めるものではないと思うと有り難みが増してきます。
 街にはそれぞれの人の営みがあり、今日もきっと僕が知らないところで黄金の水が多額のお金に代わっているのだろうかと思うと、人生はまだまだ奥深いのだなあと不思議な気持ちになりました。


41.とある、夏の日。/津島沙霧
謎の雨男
 津島沙霧さん参加ありがとうございます。家族(両親)がいなくなってしまうお話です。
 最後の『一歳になったちいさなちいさな妹よりも小さくて、ちいさなちいさな妹よりも、軽かった。』の文章でお父さんが死に、骨壺か何かを抱きしめているのだなと思わせる表現はよくできていると思いました。
 父親は母親の後を追ったのでしょうか。その後妹は主人公と一緒に居られているのでしょうか。色々と話の続きが気になる作品でした。

謎の有袋類
 家族が離ればなれになってしまうお話。
 なんとなく、両親が死んでしまったことはわかるのですが、全体的にふわっとした子供の一人称で描かれているため少しよくわかりませんでした。詩と童話とカテゴライズされているので、詩の読み方が必要なのかな?メタファーなどを拾いきれませんでした。すみません。
 お父さんが子供と心中をしようとしたのかな?とも思うのですが、そうすると妹と主人公を残して自分一人で死ぬかな?と疑問に思ってそうではないのかな?と色々考えながら、何度も作品を読んだのですがちょっとわかりませんでした。
>一歳になったちいさなちいさな妹よりも小さくて、ちいさなちいさな妹よりも、軽かった
 この一文で、父親がもう骨になっているということがわかるのはすごい!
 残された二人は今どういう生活をしているのだろう(親戚に引き取られたか、そういう施設にいるのでしょうが)、これからどう生きていくのだろう……と考えさせられる作品でした。

謎のょうじょ
 最後の一文の表現がすごくグッとくると思いました。お父さんは一体どうして泣いて謝っていたのか、どうして最後は死んでしまったかは作中では詳細には書かれていませんでしたが、幼い「僕」の視点で語られるが故に「僕」にとって印象に残った情景や感情が抽象的に描写されるのみで、詳細な状況などは分からないのかなと読み取りました。お母さんはいないとのことなので、ちいさな妹とこれからどう生きていくのかが気になると思いました。


42.星朧に/鳥辺野九
謎の雨男
 鳥辺野九さん参加ありがとうございます。
 地球に命を宿し、収穫をするラディカリアの観察者。非常にスケールの大きな話で、読むだけでわくわくしました。
 ただ物語の主題が地球(地球人)の収穫に思えたためか、カクレクマノミの話は少し浮いてるかな、とも思いました。序盤の『海の雫が落ちてきた。』が何でもない詩的な言い回しだと思わせて、実際に海の雫が落ちているのだと気づかされるところが個人的に大好きです。

謎の有袋類
 不思議な雰囲気のする百合SFでした。
 カクレクマノミは、上位の個体がメスになるという説明をした後で、地球がメスだったという物語の運び方はとてもおもしろかったです。
 上位個体のメスの死によって、新たなメス(生命を育む場所)が作られるというお話なのですが、浮遊惑星ラディカリアが地球から収穫をしているのでせっかくのカクレクマノミの生態と絡めた要素が薄まってしまった気もするので、収穫方法やラディカリアの説明でなにかあるとうれしいかもしれません。
 地球人の真夜と、ラディカリアの観測者ソワチネは何を思いながら吸い上げられる海を見ていたのでしょうか……2人が三ヶ月の間を話してきて、そして何を築き上げていくのか、とても気になる素敵な作品でした。

謎のょうじょ
 地球人の少女と異星人の少女の異星間コミュニケーションという舞台設定から既に心掴まれるものがあります。ミクロな話からマクロな話へと切替る時のメリハリが上手だと思いました。惑星の趨勢を巡る説明も、二人の冒頭の会話があったため、倦厭することなく読むことができます。
 また、随所に絵的に想像させてくれる工夫があり、特にラストの海水が吸い上げられる海水チューブを背景に、真夜とソワチナが手とつなぐところが好きです。世界の終わりが絵として伝わり、情景として美しいと思います。これから二人がどうなるのかも想像の余地があっていいなと思いました。


43.覆水とミルクの行方/ぷにばら
謎の雨男
 ぷにばらさん参加ありがとうございます。
 僕と彼女のシンプルなお話が、『零れたミルクを嘆いても仕方がない(覆水盆に返らず)』ということわざを用いて丁寧に書かれています。
 一度起きてしまったことは二度と元には戻らないが、掬うことだってできると信じる主人公の強さ。今の彼女も楽しそうだし、このまま一緒に居たいと思う優しさ。それぞれの想いにぐっときました。
 サブタイトルもお洒落なだけではなく、(Does it really would be so?)がなるほどなあ、と思わせてくれる作品でした。

謎の有袋類
 英語圏での諺が話名になっている作品で、作中でも言及されている通り「零れたミルクを嘆いたって仕方がない」という意味ですね。
 タイトル回収と叙述トリックがとても上手い作品でした。
 歳上の彼女の言葉も二度目に読むと「あー」となる、とても良いダブルミーニングでした。
 読み終わった後に(Does it really would be so?)に込められた意味にじーんと来ますね。
 水という題材をうまく使っているし、1000文字でこれを齟齬無くまとめているのはぷにばらさんの筆力の高さ故に出来ることだと思います。
 これからの2人がどうなっていくのか、色々考えさせられる作品でした。

謎のょうじょ
 ぶーーーん!!!(訳:湿っぽい話が書きたかった)


44.ある屋敷で/@styuina
謎の雨男
 @styuinaさん参加ありがとうございます。234文字という短い作品ですね。
 失礼で申し訳ないのですがちょっと何が書きたかったのか僕にはわかりませんでした。どうして松が杉になったのか…。月日が移ろいでそこに杉が生えてきた…?とか植え替えられた…?とかでしょうか?
 文字数にかなり余裕があるのでもう少し詳しく説明してもよかったかもしれません。

謎の有袋類
 300字以内で終わるとてもミニマムなお話です。
 屋敷に残された召使いと松の木。召使いは松に話かけて、水をやり、寝てしまうというワンシーンの切り取りのみで、他の情報はほぼないに等しいです。
 スースカ泣くようなイビキという印象に残る擬音や、残された杉の根元に水がコンコンと湧いているというのは音読をするととても楽しそうだなと思いました。
 これ、小さな杉しか屋敷には残されなかったというのは、召使いも、召使いの水をやっていた松ももうないということでいいのでしょうか?杉が誤字ではないと仮定してここから話を進めます。 
 杉の根元に湧いた水は、涙のようなものなのかな?と想像して、召使いと松の木がどうなったのかに想像を膨らませられる切なさを感じる作品でした。

謎のょうじょ
 屋敷に仕えたおじいさんが庭に残った松に水をあげる話です。
 おじいさんの一言に今までの人生を感じさせるような情感がたっぷり詰まっているような気がします。最後が松ではなく杉になっているのは植林されてしまったのか、誤字なのかによって作品の印象が変わると思いますが、短い中で切なさを感じることができる作品だと思いました。


45.ここはとあるレストラン/いずも

謎の雨男
 いずもさん参加ありがとうございます。
 コントの一場面を切り取ったようなコメディチックな作品で楽しく読ませていただきました。
 最後の水の量だけちょっとネタがわからず混乱したのですが何か元ネタのようなものがあるのでしょうか?
 ウェイトレスやらウェイターを次から次へと呼びとめ、長いメニューからのオチ、というシンプルな内容がテンポよく書かれているため、笑ったり自分でツッコミを入れながら楽しむことができた作品でした。

謎の有袋類
 コミカルな会話劇で繰り広げられるレストランでのワンシーンを切り取ったお話です。
 これは元ネタがあったりするのでしょうか?もし、なにか元ネタがあるのだとしたら、元ネタをわかっている方だとすごく楽しく読めるのかな?と思いながら読み進めました。
 会話のテンポがとても良く、全体的に見るとコミカルでオチもわかりやすかったです。
 次から次へ登場人物が押し寄せるかのように出てきて一方的に事情をまくし立て、主人公のツッコミはあれど、読者の一人としては自体を飲み込む前に物事が進んでしまう印象を受けました。
 読者を面食らわせたいというもくろみでこの作品が書かれている場合、それは成功していると言えます。
 もし、そうではないのなら、読者を置いていかないような一工夫があると、作品が更に魅力的な物になると思います。
 1000字以内という非常に短い文字数制限の中で、コミカルな会話劇で話を運び、綺麗にオチが付くという構成力がとても素晴らしい作品でした。

謎のょうじょ
 レストランであるあるの長い名前のメニューがもし店側の個人的な情報が載っていたら?という主題のコントのような作品です。笑わせられる部分が多く、すごく好きでした。
 最初はおや?と思うんですが、三人目くらいになると楽しみ方が分かってきて、ボケとツッコミがそれぞれ面白くて一口で二度美味しい印象を受けます。こういうライトノベル的な、ノリがいい会話で笑わせる手法に、個人的には憧れるところがあります。特にこの作品はバックボーンの説明がないところから始まるので、その上で1000字で笑わせてくれるところに上手さを感じます。あとウェイトレスさんが全員キャラクターが違うのもこだわりがあるのかなと想像して楽しくなってしまいます。とても笑わせてくれる作品でした。


46.一番最初に、水の中で/惟風
謎の雨男
 惟風さん参加ありがとうございます。771文字という文字数の中で起承転結(疑問→解決という流れ)、テーマがしっかりと詰め込まれた素晴らしい作品でした。
 余分なものを極限までそぎ落とし、無駄な単語が一切無くしてあるにも関わらず靴音の表現もしっかり力が入っているところに心を掴まれました。
 ASMRかな?という疑問から母親になり鼓動の音に近しい靴音に弾かれるようになったこと。『男性の履くビジネスシューズの音が一番好きだ。』からの生まれてくる子どもが男の子なこと、タイトルからの話の着地など、伏線とその回収も完璧にできているところもすごいと思いました。
 内緒ですが僕の一番推し作品です。こんな作品を読めてとても嬉しいです。

謎の有袋類
 ASMRという最近(でもないかな?)の流行を取り入れた作品でした。
 水とどう絡めてくるのかな?と思っていたのですが、着地がすごい綺麗で納得感もあってすごくよかったです。
 700文字前後という短いお話の中で「ダッダッと低く響くのを聴いていると、何とも言えない快さを感じる」を伏線として置いておいて、お腹の中にいる胎児の鼓動と重ねるという形で回収をするのはめちゃくちゃテクニカルだと思いました。
 羊水というお題回収と共に、伏線を用意して意外性のあるオチに対して突然感を生まないと言った読者への配慮にもすぐれた素晴らしい作品でした。

謎のょうじょ
 浅学なものでASMRとは、鼓膜に音が届く環境を再現したバイノーラル音声のことだと思っていたのですが、視覚や聴覚によって脳がゾワゾワする感覚のこと全般をいうのですね、知りませんでした。
 この作品は音に着目していて、オノマトペを多用しているわけではないのに、音として想像させてくれる部分が多くありました。惟風さんの文章がとても上手く、読んでいて頭の中で音が鳴っているように感じます。
 また、引っかかっていた部分が解決されるシークエンスもお見事で、最後に胎内の心音に回収されることに納得感がありました。ビジネスシューズの低音が響く音が心地よいとヒントが出されているんですが、それは一見してなぜそのように感じるのかは分からないようになっています。ただし読み返すとヒントとして理解できるようになっていて、その構成もとても上手だと思いました。水というテーマに寄り添って考えていただいた、非常に丁寧な作品だと思いました。


47.この目に映るは君の虹彩/奇印きょーは
謎の雨男
 奇印きょーはさん参加ありがとうございます。死別による失恋と、それを少しずつ思い返すビターな作品です。
 会話の内容が少しずつ書かれているため、主人公が何かふとしたことで彼女を思い出し、そこから連想して思い出がぽろぽろと出ていくような雰囲気を感じました。
 過去(思い出)と現在(自分の感情)が行ったり来たりするところ、主人公が後追い自殺しようとしているところ?にもう少し説明を多めにした方が理解がしやすかったかもしれません。
 文字数の多くを風景や傘といった小道具の描写に割いているためか、透明感を非常に強く感じるところが印象に残った作品でした。

謎の有袋類
 幻想的な雰囲気のある少しほろ苦い恋愛の結末を描いたお話として受け取りました。
 好きだった女性との思い出の会話、そしてその女性が死んでしまったこと、自分も後追いをしようとしたけれど思いとどまり、前へ進んだことなどが1000文字以内に綺麗に収まっていて切ないようなそれでも幸せというような不思議な読み心地のおもしろいお話でした。
 多分、後追い自殺をしようとして、水に沈んでいる時の出来事なんだと思うのですが、そこだけリアリティーラインが読者と作者でずれがあるのかな?と思います。
 思い出の中にいる彼女の言葉を思い出しているのではなく、亡くなったはずの彼女との対話……でいいのでしょうか?遺書や最期に送られていたメッセージなどにするか、仮死状態の時に見た夢のようなものにしてみると、読者と作者のイメージの齟齬や混乱が少ないと思います。
 全体的に見ると、失恋と新たな恋、そして最初に提示された「(水)滴」というワードを後半にもう一度使っているなど複雑で繊細な物語を綺麗にまとめてた素敵な作品でした。
 風景の描写もすごく綺麗で、前半の少し重い雰囲気との差の作り方がとても巧みだなと思いました。
 自分のイメージが読者に伝わっているかを、推敲してみると奇印きょーはさんの繊細な感情を描く筆力や、景色を描写するときの観察力などの持ち味がもっと活かせるようになると思います。

謎のょうじょ
 映写機で映したような断片的な場面の行間を想像で補うことで形が見えてくる作品だと思いました。場面切り替えを多く使用する際、どうしても状況の説明に文字数を割かざるを得ないのですが、そこを思い切って最小限にすることで、書きたいシーンが書けていると思います。ただやはり省いてしまった分の情景をこちらで補完する必要があることが少し難しいと感じました。しかし、タイトルや端々の表現から透明感を感じて、表現したいことは明確に伝わってきます。
 水に沈んで見上げた月明かりから彼女の笑顔を連想する部分や、降りかかる雨を魔物、それを遮る傘は勇者の剣と表現する部分など、どこか童話的で綺麗な比喩が奇印さんの文章の魅力的なところだと思いました。
 もっと文字数があれば十全に表現できたかと思いますので、今後の作品も楽しみにしています。


48.水金火木土天海冥最高傑作第三惑星/雨野
謎の雨男
 生まれ変わったらプラスチックになってダイオキシンまき散らしたいよね。

謎の有袋類
 タイトルにある通り、第三惑星について書かれたお話です。
 遙か遠くの暗黒流動から、第三惑星を見ていた宇宙人的な存在が、吹き飛んだ星を生命以外は元通りにするといったユニークな発想の作品でした。
 リアリティラインの設定が曖昧なので、主人公の造詣が浮かびにくいかもしれません。作者の脳内にあることは、読者に伝わりにくいことが多いです。
 リアリティーラインを意識して作品を推敲してみると、第三惑星の模造品をプラモデルで作る、自分もプラスチックになって作品の一部になるといったユニークな視点が更に活きると思います。

謎のょうじょ
 水の惑星をプラスチックを使って再現するという発想が面白かったです。
 最初の「おや?」と思わせてくれる始まりから、作中の「僕」の命が尽きる冒頭に繋がる終わりまでのモノローグを独自の表現をもって納得させてくれる手腕は流石だと思いました。雨野さん作品の、長い時間をかけて何かを再現する系の話がすごく好きです。
 今作は字数が短い分、後半にエモな表現が大盤振る舞いされている気がします。「僕が描いた、命の源だ。そこに命が無いとしても。」の下りや、「この星は回り続ける。これからも時速約千七百キロメートルで。これからは未来永劫色鮮やかに。」の下りが、個人的にグッときた表現です。こういう感傷的で染みる文章をさりげなく繰り出せるのが、雨野さん特有のセンスだなと思います。
 ただやはり1000字という短い文字数では、長い時間をかけた異星人の頑張りに共感するには尺が足りない気もします。得意なフィールドは字数を気にせずに書ける場だと思うので、次は長い尺の作品を読みたいと思いました。


49.盲信者は灯台に登る/葉舞妖風
謎の雨男
 葉舞妖風さん参加ありがとうございます。
 この作品は読み手によってよって感じ方に差があるかもしれません。一見主人公の質問は先生に対する八つ当たりに見えます。しかし僕個人としては、主人公の行き場のない、どこに住んでいるのかすらわからない人のために心配できるのになぜ同じ教室の人間を助けてくれないのか…という感情により深く共感してしまいました。
 葉舞妖風さんは初めて小説を書かれたとのことですが、言いたいことを文章の中に練りこむのがとても上手に感じました。
 次回作にも期待しています。

謎の有袋類
 いじめられている誰かのことについて憤る主人公のお話でした。
 これ、すごく難しい作品で、主人公と彼女の関係性が明瞭になっていないので「憤っている主人公は自分でなにかしたのか?」と気になってしまったり、演出の意図がわからない部分があり、少しだけ混乱してしまいました。
 個人的には、主人公のした質問周りのロジックが気になってしまってお話が入って来にくかったです。
 安全ではない水を飲んでも必ず死ぬというわけではないですし、どういうことなんだろう?となってしまいました(この物語の世界は現代日本に近い世界だと仮定して書いていますが、間違っていたらすみません)
 この一連の先生とのやりとりが、相手をやり込める演出だと仮定するならですが、読者がすぐに反論や、正解を導き出せる質問を相手をやり込める演出に使うのは逆効果になりがちかもしれません。
「このやりとりで主人公や相手をどう読者に見せたいか」を意識しながら、適切な資料を読むなどすると、ストーリーラインがぼやけたり、読者が混乱することが少なくなると思います。
 イジメや社会に対して、強いなんらかの訴えをしたい作品だということは伝わってきました。
 適切な資料を用いたり、推敲を重ねれば更に伸びる作者さんだと思います。これからもどんどん作品を書いて欲しいなと思いました。 

謎のょうじょ
 今作が初投稿なのですね、ありがとうございます。
 読後、少し複雑な気持ちになりました。主人公の言い分も分かるし、先生が教師として言いたかったことも分かります。個人的な意見としては、安全な水を飲めない子供がいる問題と、教室でいじめに遭っている子がいる問題は並列に語るべきではないのかなと思います。問題の根底も何もかもが異なるので、主人公にとって身近ないじめという問題と比較して、貧困を矮小化して語るのは主人公の都合でしかないし、先生への質問も八つ当たりではと思います。
 とはいえ、主人公が行き場のない感情を持っていて、何かをはけ口にしないと気が済まないという状況はすごく理解できます。道理が通っていてもそれを発する人間の態度が気に食わなくて苛々したり、憤りの原因が分かっているのに何もできなくて余計に腹が立つみたいな状況は、僕個人としてもすごく身に覚えがあります。そういう、時が立つと忘れてしまうような瑞々しい感情を描けるのは、センスあってこそだと感じます。
 また、タイトルは集団心理でいじめを行う(あるいはいじめを黙認している)クラスメイトへの皮肉なのかなと思いました。実際主人公の誘導のままに先生に攻撃的な意思を向ける生徒たちは誘蛾灯に誘われるようだと思いましたので、的確なタイトルだと感じました。今後も是非また投稿していただければと思います。


50.霧雨に隠れない僕の/2121
謎の雨男
 2121さん参加ありがとうございます。失恋と、そこからまだ立ち直れていない『僕』を描いた作品です。
 今回のテーマの『水』に該当するところが複数ありますが、霧雨(または雨)が一番しっかりと表現されていて素敵だなと感じました。
 『肺の中までも水浸しにしようとしているようで』や『雨で重い前髪』だったりと、ただ雨が降ったり落ち込んだりと書くのではなく、沈んだ心境を雨と絡めているところが上手だなと感じました。

謎の有袋類
 キャプション部分にもある通り、失恋のお話でした。
 霧雨の中を泣きながら歩く主人公の様子を、とても繊細なタッチで描写するシーンから始まる作品なのですが、改行を挟んで一気にエモーショナルな場面に移る構成が個人的にはめちゃくちゃ好きでした。
 幼馴染みに告白をして振られるという出来事を、1000文字という制限の中で書く上で「だからって君までもそんなに痛みをこらえるような顔をしなくていいんだ」という文があるだけで、告白した相手の性格が伝わってくるのもすごいです。
 断られて泣きながら帰宅したというだけではなく、断られたけれどまた好きで、大切な相手と「明日からも変わらず友達だよ」と交わしてしまったことが物語に更に捻りと味わい深さをプラスしているのがすごく好きです。
 作品の最後にある一文がめちゃくちゃエモくてヤバいですね……大好きです。
 この物語の後、何かが起きて欲しい……そう思わされる素敵な作品でした。

謎のょぅじょ
 切ない、とても切ないお話です。読んだ後、「うぐぅ……」と謎の呻き声が出ました。
 話の筋としてはシンプルなのですが、心情描写によってここまで感情を揺さぶるよう仕上げる手腕は素晴らしいと思います。随所に主人公の痛みや優しさが表現されていて、読み終わる頃には主人公には幸せになってほしいと願ってしまうような作品の魅力があります。
 特に「想像できたからといって、次の言葉に傷付かなくなる訳じゃない。」という部分や「だからって君までもそんなに痛みをこらえるような顔をしなくていいんだ。」という部分に締め付けられるような切なさを感じました
 個人的に気になって2121さんの他の作品も読ませていただいたのですが、この作品で感じた豊かな表現力は他作品でも存分に発揮されており、高い筆力に裏付けされた感動だったのだと思いました。描いているのは人間の優しい感情だけではないのですが、根底には共通した温かさがあるように感じました。今後とも是非作品を作り続けてほしいと思います。


51.感情の水/武田修一
謎の雨男
 武田修一さん参加ありがとうございます。人類が感情の起伏を無くした世界でただ一人涙を流す『わたし』のお話です。
 遠い未来のお話ですがファンタジーのような雰囲気も併せ持っている、独特な作品だと思いました。
 最初は『窓一つなく、ただただ白く広い空間』にいるためか現状の説明と自分の感情を淡々と綴っていますが、逃げ出して外に出た瞬間に風景の情景が描写されるため、話の流れと開放感を一気に感じることができました。
 人類が涙を流さなくなった、という切り口から始まり、涙を流すわたしのために世界が泣いてくれたという終わり方も印象的です。
 全編を通じて話の組み立て方が非常に上手だと思いました。

謎の有袋類
 修一さんお得意の水彩画のようなふんわりとした景色の似合う幻想的ながらどこか切ないお話です。
 感情の水という名称が、形を変えた涙をうまく現わしているのがとてもうまいなと思いました。
 色彩の少ない印象のある序盤から、青空を見たときの場面がとても爽快感があるのですが、そこから一捻りあるのが好きです。
 主人公の「それっぽっちのことで、雨が降るはずがない」という予想が外れてしまった皮肉と、逃げると決めた開放感、そして一緒に泣いてくれる存在と出会えた最期が印象的です。
 様々なことを考える余白のあるとても素敵な作品でした。

謎のょぅじょ
 人間が感情を失った世界でただ一人涙を流せる少女のお話です。
 少女は部屋に閉じ込められているが故に外界の情報が分からないのですが、少女が知らないところで世界がどうなっていたのか考えると色々と考察ができそうで、奥行きがある作品だと思いました。彼女が屋上に出て視界を滲ませた時、雨が降ったのは偶然ではなかったと考えると、少女を軟禁していた人々はそうせざるを得ない事情があったんだろうか等と想像ができて楽しいです。また、作中で少女の感情の推移も上手く表現されていて、少女の心情に共感ができるため、「逃げられなかった」という言葉にもしっかり絶望感があります。
 短い中、色々考えさせてくれる作品だと思いました。


52.しあわせな朝焼け/不可逆性FIG
謎の雨男
 不可逆性FIGさん参加ありがとうございます。彼女との幸せなドライブデート…と思わせておいて意外性のある終わり方が見事な作品でした。
 ドライブデートから始まったのに急に内容が重たくなる…これは直後に事故か何かが起こったことを悔やんでいるのだろうか、と思わせてからの『倫理観』などの単語で疑問に思わせ、伏線回収、という叙述トリックに面白いように引っかかってしまいました。
 『ゾッとするほど美しい朝焼け』はタイトルにもありますが、危険な関係やこれからの苦難等を表現しているのかと思いました。その朝焼けを描写した後の『そんな世界から隠れるように車の影で…』という最後の一文による締めも素敵です。

謎の有袋類
 家族と自分、そして愛する人のことを考えながら朝焼けを見るお話。
 良い叙述トリックの作品でした。
 意外性のある結末や、読者を驚かせる結末ってかなり不親切になりやすい上に、伏線がなかったり、わかりにくかったりするのですが、この作品はところどころに伏線やヒントがあって納得感もありつつ、意外性のある素敵な塩梅の作品でした。
 賢くも愚かな選択、正しくない僕の選択、倫理観というワードの数々が最初に読むときと、二度目以降で変わってくるのがとても好きです。
 最後の「涙の味がする禁忌のキスを交わした」という結末で終わるこの作品ですが、タイトルと話タイトルがどちらも「しあわせな朝焼け」と書いてあるのは、この二人が幸せになるきっかけの行為だったのかな?などと想像できます。
 短い文字数で複雑な恋愛模様を綺麗に描いた良い作品でした。

謎のょぅじょ
 大学生活で彼女とドライブデート!という心浮き立つシチュエーションにも関わらず、語り口に不穏な気配がちらほらあって、読みながら興味を惹かれます。そして、その伏線が最後には見事に回収されて、それまでの描写に納得させてくれるところに技量があると思わされました。
 また、作中通して主人公は関係を持ったことを苦しんでいる節があるのですが、それに対して彼女は割り切っているところも対照的です。ラストの朝焼けの描写が危うい二人の関係を象徴しているようで、ここも上手いところだと感じました。
 これから二人はいろんな苦難が訪れるでしょうが、どのような選択をするのか、想像の余地があってよい作品だと思いました。


◆賞選考
賞の決め方は

それぞれ推しを3つずつ出す→票数の多いものから賞へ→同数の場合は決選投票へ、という方法により決定しました。

謎の雨男の推し
『一番最初に、水の中で』 惟風
『ファフロッキーズ・モンキーズ』 草食った
『さよならアメフラシ』 木船田ヒロマル

謎の有袋類の推し
『ウンディーネのキス』 Veilchen(悠井すみれ)
『楽譜に刻印された感情の記憶』 なぎらまさと
『やらずの雨』 灰崎千尋

謎のょぅじょの推し
『さよならアメフラシ』 木船田ヒロマル
『霧雨に隠れない僕の』 2121
『水底の夢』 和泉眞弓

 と、なりました。この中で2票を獲得した木船田ヒロマルさんの『さよならアメフラシ』が大賞を獲得しました!おめでとうございます!

 金賞、銀賞はめちゃくちゃ割れたため、五億点賞を先に決めました。
 結果は謎の有袋類五億点賞はVeilchen(悠井すみれ)さんの『ウンディーネのキス』、謎のょぅじょ五億点賞は七瀬モカさんの『星に願いを。』に決まりました!
 各闇評議員さんの推しです。

 その後金賞、銀賞の決戦投票が行われ、金賞に2121さんの『霧雨に隠れない僕の』、銀賞に草食ったさんの『ファフロッキーズ・モンキーズ』が選ばれました。おめでとうございます。

 以上。

 さらっと終わりますが、参加者の皆様方、闇の評議員の皆様方が今後とも素晴らしい作品、企画を作り上げることをお祈りして、お礼とさせていただきます。本当に参加していただきありがとうございました。

◆お知らせ
 参加作品のファンアートを描きました!などがありましたら謎の雨男のTwitter(@raindeadman)へリプかDM、noteの適当な記事にコメントなどで教えていただけると幸いです。その場合はこちらの結果発表ページにて追記で紹介させていただきます。

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