第18球「ちっぽけなこだわり」
「パクさんですよね?いやぁ、会えて良かったです。」
ここはとあるデリバリーピザ屋のバイト控室だ。
秋風が冷たい今日から、このピザ屋でアルバイトをすることになったのだが、初出勤でいきなり茶髪の眼鏡をかけた若者から声をかけられた。
「ああ、どうも。あのぉ、失礼ですけどお名前は・・・?」
俺は戸惑いながらも彼の名前をたずねた。
「初めまして僕はTといいます。今は大学1回生です。今日は給料をもらいに来ただけなのですが、パクさんという人が出勤されるということを聞いて、今まで待ってました!」
「おお、そうでしたか!それは申し訳ない。これからもよろしくお願いします!」
Tの律儀さと、その朗らかな表情に俺は安心し、心機一転頑張ろうと思った。
4年前に俺は大学を卒業した。
当然それまでの学生活動からも卒業した。
問題はその後の進路だった。
「同胞社会のために何かしたい!社会的弱者のために活動したい!」という気持ちははち切れんばかりに溢れていたのだが、いざそれを具現化していくことに迷走していた。
学生時期だけ偉そうに大言壮語を放ち、結局卒業したら今までの事が嘘だったのかと思うぐらいに正反対の生き方をしていく先輩たちを嫌というほど見てきた。
「俺はそうはならない!青臭いと言われようが貫いてやる!」と気持ちはある。
が、その実践が分からない。そう苦悩している時に、俺が最終的に選んだのは安易かもしれないが「弁護士になる!」という事だった。
今まで死ぬほど勉強したこともないからやってみよう。
同胞のためにも、社会的弱者のためにもなる仕事だ。俺はそう納得させて司法試験に挑んだ。
しかし、そうは甘くない。
卒業してから4年がたち、三度目の試験も択一試験で不合格となった。
凹みもしたが、もう一度挑戦しようと受験勉強を始めた。
それと同時進行でアルバイトも始めることになったのだ。
ピザの配達は思っていたよりも大変だ。電話で注文を受け、メイクと呼ばれる調理担当がピザを作っている間、配達担当は届け先に住所を調べ頭に叩き込み、ピザ以外の注文品を準備して待機。
ピザが出来上がれば香辛料を降って、ピザを箱に詰め、「安全運転で行ってきまーす!」と某ロボットアニメの主人公並みの口調でバイクに乗り出発する。
少しでも早く届けるために日々近道を調べ、信号の変わり方のクセまで覚えるようにした。
また、注文がない時はヒマになるかと思いきやそうではない。
町単位、番地単位でピザのビラを投函するポスティングという作業がある。
これも意外と重要で昼間投函したエリアから夜に注文が来るということが少なからずあるのだ。
さらに、クリスマスとなればサンタクロースの格好でピザを配達する。
しかも23日、24日、25日などは超絶に忙しくなる時期で、一人が同時に3件ぐらいに配達行くのは当たり前。時にはバイクの台数が足りないので個人的にバイクを持ってるアルバイトは手当と引き換えに持参を命じられる。
だが、店舗用ではなく個人用のバイクに乗りサンタクロースの格好で配達するので、客観的に見れば単なるサンタクロースの服装をしたお調子者と見られてしまうというなんとも悲惨な結果となるのだ。
また、注文地域をそれぞれエリア別に分け、いかに効率よく配達できるかを組み合わせるのはバイトリーダーの仕事だ。
狭い厨房にメイクが4人ぐらいひたすらピザを作り、デリバリーが入れ代わり立ち代わり「行ってきまーす!」「戻りましたー!」と連呼している様は、ある種異様である。
その陣頭指揮を執るバイトリーダーの鬼気迫る采配振りはまさに「軍師」と言えなくもない。
俺は本名でアルバイトをすることに当然こだわっていた。
よく友人関係では本名だが、アルバイトの時などは日本名というように使い分けをしている人たちが少なからずいたが、それはしたくなかった。
バイト仲間だけでなく、お客さんにも在日朝鮮人が身近にいるのだという事を知らせようとアグレッシブに考えてもいた。
とある日、俺は配達先でピザを渡し、代金をもらい終えて帰ろうとしたときに、お客さんに呼び止められた。
「あ、君って朴くんていうんやな。ひょっとして在日かな?」
その客はバイトが胸に付けている名札を見たのだろう。笑顔で質問された。
「はい、そうです。祖父祖母が日本に来たんですが、生まれは日本です。」
「やっぱりね。いや、実は僕も君と同じ在日でね。しかも、本名は君と同じ朴なんですよ。いやぁ親近感わくなぁ。これ少ないけど持って行って!」
そういうと、そのお客は500円玉を俺に渡した。
「いやいやいや、もらえませんよ!申し訳ないですよ!ただ、そう思ってもらえたのは僕も嬉しいです!」
と俺は受け取りを拒否したのだが、
「これも何かの縁やし受け取ってくれよ。そんな額も大したことないんやから!」
「ううう、わかりました。ではありがたく受け取っておきます。どうもありがとうございます!」
俺はそこまで言われて受け取らないのは逆に失礼だと思い、ありがたく受け取ることにした。
数週間後、俺は奇遇にもその同じ注文先へと配達することになった。
人間とは本当に卑しいもので、一度そこで良いことがあるともう一度あるのではないかと考えてしまうものだ。
俺は、バイクに乗りながら「やったー!また500円もらえるかもしれないぞー!」と気持ちを高揚させていた。
しかし、扉から出てきたのは前の男性ではなく、女性だった。おそらく妻だろうが俺の名札を見ても無反応だった。
「あぁ、これは期待できないな。たぶんこの人はくれないなぁ」と考えながらピザを渡し、代金をもらい帰ろうとしたとき、奇跡は起こった!
「あの、朴さんですよね?これ、うちの主人が朴さんが来たら渡してくれって頼まれてたんです。」
彼女はそういうと、俺に500円玉を渡してくれた。
俺は、そこまで気を遣ってくれた気持ちに感動すら覚え、「ありがとうございます!大切に使わせてもらいます!」と少々大げさながらも感謝の言葉を言った。
また、それ以外にも行く先々で「うちも在日やで!」「近くの金さんて知ってる?」など配達先からカミングアウトを受けることがあり、つくづく本名でアルバイトして良かったと実感していた。
クリスマスの繁忙時期をなんとか乗り越え、年末の恒例の忘年会を迎えることになった。
普段は仕事着姿しか見たことがないバイト仲間も、各々私服で近くのお好み焼き屋で集合し、盛り上がることとなった。客やオーナーお愚痴を各々言い合ったり、またプライベートな話もしたりと楽しい時間を過ごしていた。
そんな時、同じ時期にアルバイトし始めた大学生のIが俺に質問してきた。
「朴さんて在日ですよね。ただ、今朝鮮って二つに分かれてるじゃないですか?北と南に。朴さんは所属はどっちになるんですか?」
きたーーーーーーーーーっ!!
これこそ「在日あるある」!
そして、俺はこういった質問に答えたい世界選手権ベスト5に入っている人間なのだ!俺は歓喜とともにどう答えてやろうかとワクワクした。
「いいこときくねぇI君!ではお答えしよう!確かに国家という意味では2つある。でも僕は国家というよりも一つの故郷、祖国という意味で朝鮮半島を捉えているのです。
分かりにくいかもしれないけど、京都や大阪に住んでいても関西人っていうやんか。あれと似てるかもしれない。
ただ、国家の成立過程が正直俺は韓国に関しては疑わしいと思っているから、北のほうが正統性あると思ってるんやけど、民族的な意味の朝鮮人という方を強く意識しているかなぁ。」
「なるほど。わかるようなわからないような感じですが、おぼろげながら理解はできます。」
「あと、付け加えるなら、そもそも外国人登録証の「朝鮮」っていうのは朝鮮民主主義人民共和国を意味していなくて、本当はもともとみんな「朝鮮」表示で、日本と韓国が国交結ばれた後に韓国表示の人が出てくることになったんやで。だから、俺が持ってる外登の朝鮮表示は地域名やねん。
で、そうなると韓国籍ではない俺は日本政府からすれば無国籍のままということになるねん。どう?すごくない?笑」
俺が講演会並みの勢いで立て続けに話したので、Iだけでなく他のバイト仲間も圧倒されていた。
おそらく初めて聞いたこと内容ばかりだったのだろうが、俺はそれを語れたことに恍惚感すら感じていた。
その時だ。
「あの~、僕も在日になるんですかねぇ。国籍が日本籍なんですけど。」
俺は耳を疑った。
たった今、カミングアウトされたのだ。声のした方へ顔を向けると、そこにいたのはあの俺に会うために待っていたTだった。
「えっ?それって、もともと韓国籍か何かで日本国籍へ変えたってこと?」
「そうです。僕が小さいころに変えたんですけど、もともとは韓国籍で韓国にも行ったことありますよ。」
「まじかっ!?完璧に俺と同じ在日朝鮮人やんか!?なんでもっと早く言ってくれなかったんや!?そうかぁ~それは奇遇やねぇ!天啓やねぇ!」
俺は、自分のゴリゴリの朝鮮人アピールがここまで功を奏している事に驚きながらも興奮していた。
スタンド使い同士は引き合うのだ! (by『ジョジョの奇妙な冒険』)
そして、すぐにこう考えた。
留学同に誘おう!
彼は確か大学2回生。完璧な対象者だ。
しかも、まだ2回生なので人間関係も作りやすい!しかし、どうやって誘う?「在日朝鮮人運動しない?」
「共和国行ってみない?」
「朝鮮学校見学に行かない?」
ダメだ。どれもストレート過ぎる!逃げられてしまう!でも嘘はつきたくない!
「あの、T君!日本全国にいる在日同胞学生と知り合いたくない!?どうよ!!」
俺はとっさに彼にこう発した。嘘はついていない。留学同で活動していればすべからく全国規模で在日同胞学生と知り合いになれるのだ。
「え?本当ですか?全国に知り合いできるんですか?いいですねぇ!でも、僕、日本籍なんですけど大丈夫なんですかねぇ?」
彼はそう言って顔を曇らせた。
「大丈夫のケンチャナヨ!っていうかそういう君だから俺は全国の学生たちと知り合いになるべきやと思うわ!とりあえず、また現役学生の方から君に連絡させるようにするし来年を楽しみにしておいて!」
「分かりました!よろしくお願いします!」
彼は茶髪をなびかせて、銀縁眼鏡を光らせながら、あの朗らかな笑顔で答えた。
俺は両親とも在日朝鮮人だし、国籍も日本籍ではないから自然と自分が朝鮮人であるということは受け入れてきたし、消極的ではあったが意識もあった。
しかし、Tのような日本籍へ途中から変えた人や、また親のどちらかが日本人である人たちは、俺とは違った意味での「アイデンティティの悩み」があるのだろう。
本来民族性と国籍は一致するものではないが、若い頃はそれを同一視してしまいがちだ。
そういう傾向が強い日本社会に生きているのだから、その意識はさらに強く固定されてしまう。Tが「自分が日本籍であってもいいのか?」と確認してきたことがそれを如実に物語っている。
その固定されてしまった意識から解き放してあげるには、やはり様々なルーツを持つ学生たちが集まり互いに感化しあえる留学同という場が、何よりも必要なのだ。
国籍や血統だけで縛られることなく、その「歴史的ルーツ」と「価値観」を共有することが重要であることに気づいていくべきなのだ。
帰宅後、俺はすぐに留学同の現役学生で三回生のYに連絡を取り、Tと会ってあげてほしいと伝えた。
「分かりました。僕も日本籍ですし、しかも母親が日本人なので彼の気持ちを少なからず分かってあげることができると思います!頑張ります!教えていただきコマッスミダ!」
年が明け、正月気分も終わろうとしていた頃、現役学生のYから連絡がきた。
「先輩!年明けてすぐにTくんに連絡して、先日会いました。興味あるみたいで色々行事を案内したんですが、とりあえず成人式に来てくれるようになりましたよ!
ただ、二回生から参加するので知り合いが少ないみたいなので一緒に先輩にも参加してほしいと要望があったんですが、予定はどうですか?」
善は急げとはよく言ったものだ。俺は予想以上の順調さに興奮していた。
「マジで!?グッジョブ!その日は何が何でも行くわ!仮に彼がやはり合わないなと思ったとしても、その参加した経験というのは必ず彼の今後の人生に何かしらの影響を与えると思うしな!かなり年上が行きますが参加よろしく!」
「了解しました!プタカゲッスミダ!」
バイトも始まり、俺はTと会うたびに夏のイベントや成人式など様々な行事の内容を話し、彼の興味をさらに引き出すようにした。
そして、成人式当日、俺はTと待ち合わせて会場へと向かった。
「あの、やっぱりめちゃくちゃ緊張するんですけど。みんなすでに人間関係ができてるでしょうし、なかなか入りにくいのではないかなぁと・・・」
「大丈夫。最初はみんなそう!っていうか俺なんかどうなるねん?20代後半のおっさんやで!みんな君を大歓迎してくれるはずやし、俺ら在日朝鮮人はすぐに仲良くなれる!」
俺は緊張する彼をとりあえず励まし元気づけた。
「あ、あと、俺今日から君のことをTくんではなく、朝鮮名のFって呼ぶことにするわ。多分慣れへんと思うけど、とりあえずそう呼ぶことにするからよろしく!あ、嫌やったらやめとくけど?」
Tは呼びなれない名前が耳に入ってきたので少し戸惑っていた。
「はぁ、まぁ違和感がめちゃくちゃありますけど、嫌とかではないですので大丈夫です。」
「了解!ではそれで!」
会場に着き、数分後に成人式が始まった。成人として前に座っている彼の表情はガチガチだった。
そして、成人たちが前でミニゲームをしていく時間位突入した。当然、緊張しているTも前に出ることになった。
その時、俺は思いっきり腹の底からこう叫んだ!
「F!F!もっと笑え!何緊張してるねん!!笑」
朝鮮名で大声で叫ばれたTは顔を真っ赤にしていた。しかし、俺は彼を参加者全てに印象付け、「売り出す」というプロデューサーとしての義務感があったのだ。
他の参加者たちも彼が初めて参加して緊張していることを分かっていたのであろう。俺の叫びに呼応して「F!頑張れ!」
「F先輩!気合いですよ!」
「今日初めて会ったけど、F、これからよろしく!」
と一斉に声援があがり始めた。
この日、TからFとなった彼は、とてつもなくマンガみたいな照れ笑いをしていたが、それでもひどく嬉しそうだった。
俺は、優しくそして温かい声援を浴びている彼のはにかんだその笑顔を見ながら、俺は一つのことに気づいた。
ひょっとして、バイト初日に彼が俺に会うために控え室で待っていたというのは、実は同じ在日朝鮮人である俺に興味があったのではないか?
彼は潜在的に同胞の出会いを求めていたのではないだろうか?
俺の思い過ごしかもしれない。
しかし、俺はあえてそう思っておくことにした。
自分のちっぽけなこだわりが、人ひとりの人生を大きく変えていく可能性を秘めていることは今目の前で証明されているのだから。
今日もコリアンボールを探し求める。
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