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リボルバー・マン

 目が覚めた。薄っぺらいカーテンごしに入ってきた光がおれの股間を照らしていた。太陽は一億五千万キロも離れたところから八分あまりもかけて手をつっこんできて、おれの股間を温める。おかげでそこだけホカホカだ。ぶしつけなやつめ。

 立ち上がると死にかけたベッドのスプリングがきしんで安っぽい音を立てる。その音がからっぽの頭の中でこだまする。いやな気分だ。おれはこの気分を知っている。デジャヴとかいうやつだ。ベッドのわきに置かれたキャビネット。その上から二段目の抽斗でなにが起きているのか、見なくてもわかっている。その抽斗を一瞥してひとまず洗面台へ向かった。鏡の中には無精ひげを生やしたおれがいた。

 泡立てた石鹸を顔の下半分に塗りたくってひげを剃る。今回は半年ぐらいか。剃り落としたひげの長さを見て思う。

 この身体はおれのものじゃない。おれはこの身体を一時的に預かるだけだ。こうしてもう一人のおれが伸ばしたひげを剃ったり、部屋をきれいにしておいたり、ゴミを出しに行って近所の人に笑顔で挨拶したりするのがおれの仕事だ。

「て」

 剃刀がニキビの頭をひっかけた。石鹸の泡に血が混ざる。泡を洗い流すと小さな赤い点が膨らむ。なに、たいしたことはない。もう一人のおれはどえらいことに巻き込まれても怪我ひとつしないのに、おれときたらひげを剃るだけでこのざまだ。特にマッチョでもないこの身体を、もう一人のおれはどんなふうに使うのだろう。

 おれはキャビネットのところへ戻って二番目の抽斗を開けた。黒光りするコンバット・マグナム。スミス・アンド・ウェッソン。手に取って弾倉をスイングアウトさせる。残り一発だ。いやな気分で目覚めるたびに一発ずつ減る。無くなった弾丸がどこで誰にぶち込まれたのか。おれは知らない。最後の一発を撃ったあとおれがどうなるのか。それもおれは知らないんだ。

「そんときゃお役御免かな」

 おれは銃を戻して抽斗を閉めた。

[続く](800文字)

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