二十八の罠
ところどころ塗りそこなったように青が漏れている煮え切らない曇り空を見上げながら電子たばこを吸っていると、どろごぼげぼがぼと淡のからんだカバみたいな音をさせながら真っ黒い車が入ってきた。黒光りして地を這う図体はさながら巨大ゴキブリだ。
「よお」
窓から垂れ目型のサングラスをかけた顔が覗いた。木島俊樹。ダビデにしか似合わないようなサングラスをジャパン的扁平な顔でかけるもんだから貧相なおっさんがブラジャーしてるみたいだ。木島はおれの前にそのどでかいゴキブリを止め、エンジンを切った。げろごぼぐむといってカバが黙った。
「それIROC-Zか?」
「いや、91年式だからZ28だよ」
木島が乗ってきたのは三代目のシボレー・カマロだ。もはや骨董級に古い車だけれどかなりきれいだ。よほどの物好きが乗っていたと見える。もちろん木島じゃない誰かだ。
「なんでこんなのに乗ってんだ」
「借りたんだよ。しばらく預かってくれって」
「誰が」
「知らねえよ。ちょっと仕事を手伝ったやつだよ」
「ばかやろ。そんなもんほいほい借りてんじゃねえよ。死体でも乗ってたらどうすんだ」
「なんもねえよ。トランクも後部座席も空だ。正真正銘の空っぽ」
「ダッシュボードは?」
「ダッシュボード? 大丈夫だって、見ろよ」
木島がそう言って助手席のラゲッジを開いた。拳銃が入っていた。木島は黙ってラゲッジを閉じるとブラジャーの奥からおれを見た。
「おれはなにも見なかった。帰れ。そのカマロでおれの前に現れんな」
「やべえよあっくん」
「誰があっくんだ。おれを見んな」
「でもあっくん、おれが明日死体になったら悔やむだろ?」
木島はブラジャーをした目で器用に泣きそうな顔をした。
「そんときになってみなきゃわからねえよ」
「それじゃ遅いんだよ」
そんなこたあわかってる。わかってるんだ。くそったれ。
「あそこ空けるから入れろ」
おれは整備工場に入っていたトランザムに乗り込んだ。
[続く](800文字)
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