見出し画像

土に、空に、川に、聞いてみた

 noteフェスの最初のセッションでの坂口さんのお話が強烈に残った。

 坂口さんは言う。「ググらないで土に聞け」と。「植物との情報交換は濃密」だと。

 わたしはとても自然の豊かな場所に暮らしている。なのにわたしは土と、植物と、対話しているのだろうか。否。考えるまでもなく、そういう意識で土に触れていない。

 わたしの家の庭には小さいけれど畑があり、畑とは別に花壇もある。それの世話はしているけれど、そこにそれほど大きな意味を見出していただろうか、と自問したし、反省した。

 ちょうど良いタイミングで、近所に住んでいる方とふとしたきっかけで話し、あるNPOの活動に参加してみませんかというお誘いをいただいた。

 この方は最近退官された元高校の生物の先生で、希少な昆虫を守る活動をしているNPOの理事長をされている。先生のお宅は植物にまみれていて、玄関のすぐ脇でブドウが実をつけていたりする。よくガレージの前や庭の外などでなにやら作業をされていて、水槽の中にたくさんの生き物がいたり、昆虫がいたりしてそれをあれこれしている姿を見かけることがあった。

 坂口さんの土の話もあったので、ちょっと声をかけてみたのだ。そうしたら、ちょうど明日、NPOの活動がありますよ、と言うのである。車でほんの5分ほどのところで、湿地に植物を移植して復元するという活動をされるのだそうだ。これに、非会員でも参加できますよということなので参加させてもらうことにした。

三日月湖のきわで水たまりのほとりに菖蒲を植える

 現地は曲がりくねった川をまっすぐに直した際にできた三日月湖の脇のような場所で、雑木林の中に湿地帯があるような場所だった。そこにいくつかの植物の苗を移植するのだ。

 そこらへんに生えている植物のことを先生が教えてくれるのだが、数が多すぎて正直どれがどれやら。わたしが植えることになったのは野花菖蒲(ノハナショウブ)の苗。先生は自分の植えたやつが花をつけると感動しますよ、とおっしゃっていた。

 そこは水たまりのような池のほとりで、土はかなりの粘土質。掘るとほとんどが二色の粘土の層になっていた。

「どうしてこんなに粘土なんですか?」

「ここが川の下流だからです。粒の大きいものから堆積していくので、一番下流には粘土が来るんです」

 ほえぇ。そういえばそんなようなことを大昔に学校で学んだような気が…。

 粘土層に移植ごてを突っ込むと水が出てくる。ヨシの根っこがぎっしり詰まっている。ヨシは強すぎるからガンガン引っこ抜いてください、と言われるも、ぜんぜん抜けない。湿地や沼にヨシが生えると、どんどん増えて、そのまま手を入れずにおくと陸になってしまうのだそうだ。そうすると湿地の生き物は暮らせなくなる。だから維持する活動が必要なんです、と先生はおっしゃった。

 粘土質の土を掘り、ヨシの根っこを掘り返し、そこに野花菖蒲の苗を植える。池の水面には藻がどっさり。

 先生がその池に移植ごてを突っ込んで持ち上げると、そこに藻がからまる。

「二種類の藻があるのわかりますか?」

 そう言われてよく見ると、水面にある色の明るい藻の他に、水中で絡みついてくるもう少し緑色の深いものがある。

「この色の濃い方のやつは絶滅危惧種なんです」

「マジっすか!」

 なんでも、だいぶ前にこれが絶滅危惧種に指定されたときに、近所の沼にあるのを見つけて、ここへ持ってきたのだそう。それでこの池に入れておいたらこんなに増えたのだと。絶滅危惧どころか迷惑なほど大量にある。

「す、すごいですね!」

 語彙がどっか行きました。

 先生の話面白すぎて話を聞きながら野花菖蒲を植えてたらあっという間に時間が過ぎた。

トンボの交尾

「トンボ見ました?」と先生。

 見たもなにも、そこら中に飛んでいる。

「繋がってるやつ見ました?」

 見た見た。

「たまに三つ繋がってるやついますよ」

 マージ―デー。

 夏の終わりになるとトンボが繁殖期になり、二匹繋がって飛んでいる、というのは子どものころから知っている。ちょうど今そういう時期で、そこら中で連なったトンボは見るのだけれど、さすがに三つ繋がったのは見たことがなかった。

 さらに、先生によると、あの二匹繋がっているトンボでもつながり方に二通りあるのだそう。

 あれはオスが前でメスが後ろになっていて、オスがメスの首をつかんでいる状態なのだそうだが、トンボの種類によって、つかんだまま意地でも離さないタイプと、離した上で産卵中は上空でメスを守るタイプとがいるのだそう。ギンヤンマ、アキアカネなどは前者、シオカラトンボは後者なのだそうだ。

 その話を聞いて近くにいたおばちゃんが一言。

「あたしはあんまり束縛されないのがいいわあ。やっぱしょっちゅうLINE来るのとか、ヤダわあ」

 すると先生も、

「だろ。ギンヤンマなんか身体ばっかりデカくて嫉妬深くて小さい男だろ。シオカラトンボがいいよなあ」

 いやいや、なんの話。ネタが深すぎるよ。

 ディープなトンボの話を聞きながら泥だらけになって菖蒲を植えた。

 先生は29年間高校の先生をされてきて最近退官されたそう。その間もずっと生き物たちの声に耳を傾け続けてきたのだろう。

初めてカナディアンカヌーを漕ぐ

 菖蒲の移植の後、近所の学童の子たちにカヌー体験をさせる、というイベントに。大人が足りないからカヌー漕いでくれと言われる。

「いや、わたしやったことないですよ」

「大丈夫」

 ほんとに? だって子ども乗せるんでしょ。ノー経験の大人じゃデンジャラスじゃないの。

 その子どもたちに目を向けると、4歳ぐらいの女の子がトコトコと近づいてきた。

「見て、バッタ。心臓動いてる!」

 そう言ってデカいバッタを見せてくれる。そのバッタをポイっとその辺に放し、さっとしゃがんだと思ったら右手をさっ、左手もさっ。

「ほらー」

 なんと両手に別々のバッタ。ぜんぜん気づかなかったけれど、わたしたちの足元はバッタだらけなのであった。わたしの目には良く見えていないのだけれど、元気いっぱいの女の子は次々にバッタを捕まえてはポイ。いくらでも捕れるんである。しかし上手に捕まえるもんだ。

「あー。かたつむりもいた」

 そう言って葉っぱをちぎって見せてくれた。葉っぱの上に小さなカタツムリ。生き物がいくらでもいる。子どもたちその辺を走り回りながらあれこれ捕まえては観察してどんどん放す。

 水場に手を突っ込んだ子はエビを捕まえていた。

 なんなのここ。そしてなんなのこの子たち。子どもたちは誰に教わらなくても、土や草と会話できているのだ。

 この子たちをカヌーに乗せるわけね。

 カヌーといってもカナディアンと呼ばれるタイプのもの(この投稿のヘッダ画像のやつ)で、手漕ぎボートみたいな感じで広く開いた口に座って漕ぐものだった。カヌーにそういうタイプがあるということも初めて知った。公園のボートぐらいは漕いだことあるけど、カヌーは初めてだよ…。

 そして例の三日月湖へとカヌーで繰り出す。小学生を一人乗せてパドルを漕ぐ。

画像1

 やってみたら、三日月湖だから流れがほとんどなく、パドルが軽くて取り回しがしやすく、公園の手漕ぎボートよりもはるかに楽だった。2分ぐらいで自在に移動できるようになり、楽しくなってすいすい走り回った。

せき止められた三日月湖。
三日月湖を囲むように生い茂る湿地。
なにもかも包み込んで見下ろす広く高い空。

 ああ、わたしはこんなところに暮らしていたんだ、と急に思った。このとんでもない非日常みたいな場所は、自宅から車でわずか5分。この空はわたしをいつも見下ろしている空なのに、わたしは空になにかを尋ねたことがあったのだろうか。


 坂口さん、泥も川も空も、虫たちも、みんなウェルカムバックって言ってたよ。

画像2


いただいたサポートはお茶代にしたり、他の人のサポートに回したりします。