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半熟

 末っ子の豚が建てた家のように頑丈そうなレンガ造りの階段を降りて行くと朝早くからやっている喫茶店がある。すがすがしい朝を楽しんでいる連中に混ざって、おれはくたびれた身体をボックス席のソファに横たえる。夜食代わりのモーニングセットを頼んで少しうとうとする。

「おまたせいたしました」

 声がして目を開くとテーブルには厚めのトーストにベーコンエッグ、当たり障りのないコーヒーという完璧なモーニングセットが届いていた。コーヒーのカップに手を伸ばして、向かいに人が座っていることに気づいた。女だった。ごわごわに飾り立てた髪で耳にはウェイトトレーニングさながらのイヤリングをつけ、歌舞伎みたいな化粧をしていた。

「相席いいかしら?」

 声を聞いてちょっと面食らった。想像したよりもはるかに幼かった。未成年かもしれない。

「いいかしらって、もう座ってるじゃないか」

 頬杖をついて微笑みながら、女はおれがトーストをかじるのを目で追った。

「食うか?」

 女はだまって頷いた。おれはトーストを半分ちぎって皿ごと渡した。女は何も言わずにそれを食い始めた。

「お兄さん、ひま?」

 女は娼婦みたいな顔で娼婦みたいな言葉を放った。声だけが幼すぎた。

「朝っぱらから喫茶店で居眠りしてモーニングを食ってる。ひまに見えるか?」

 女はまた頷いた。

「あいにくだな。おれはこれから帰って寝るんだ。ぜんぜんひまじゃない」

「頼まれてほしい仕事があるんだけど」

「ひまじゃないと言ったぞ」

「寝てからでいいよ」

 おれはかぶりを振りながらコーヒーを飲んだ。

「ある人から盗み出してほしいの」

 女はそう言って手に残っていたトーストを口に入れた。たっぷり時間をかけて咀嚼するとおれのコーヒーを一口すすって飲み下した。それからゆっくりと口を開いた。

「あたしを」

 おれはフォークをベーコンエッグの真ん中に突き立てた。ドームの屋根が破れて中から黄色いマグマがどろりと流れ出た。

[続く](800文字)

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