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困乱する言場と世壊

 目覚めると俺はベッドの上に横たわっていた。ベッドは床の上にあった。

     俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺俺
 ベッドベッドベッドベッドベッドベッドベッドベッド
 ベッド                  ベッド
 ベッド                  ベッド
床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床床

 ベッドから起き上がると自分が別のものになっている気がした。汚れて変色しているカーテンを開け、建付けの悪い窓を開けると石焼き芋屋の音が聞こえた。

「芌か」

 声に出してみて、なにかがおかしい気がした。

「いも」

いや、大丈夫だ。

「矴焼き芌」

 む。やはりおかしい。

「いしやきいも」

 どうやらひらがななら正しく話せるのに漢字を話そうとすると部分的に字がズレるようだ。俺はいったいどうしてしまったんだ。

 洗面台へ行って蛇口を開くと地下を這い回っている水道管からなんらかの力でもって吸い上げられてきた水が吹き出す。出てきた水を両手で受ける。

      蛇口
      水水
   水  水水  水
    水水水水水水
    水左手右手水
   水      水
  水        水

 蛇口から出た水は手に受け止められるもの、跳ね返るもの、溢れ落ちるもの、一度は受け止められながら漏れ出るもの、後から来たやつに押し出されるものなどにわかれる。一時的に受け止められはするものの、上水道から蛇口を経て俺の前に出てきた水の大部分は何もすることなくそのまま排水口へ突入し、下水管へと下りてゆく。はるばる旅をしてきて何をすることもなく俺の部屋を経由しただけで上水道から下水道へ移動して処理場へ運ばれていく。人生みたいなものだ。晴れやかに生まれ出て意気揚々と上水道を進んでいたはずがいつの間にか下水管を漂っている。運命は蛇口が握っている。

 そんなことを思いながら顔を洗う。運よく俺の顔を洗った水は役目を終えて下水管へ落ちていく。まったく何もせずに落ちて行った連中と俺の顔を流していった連中。そう大きな差はない。

 蛇口を閉めて顔を拭く。下水管へ落ちずにこのタオルに沁み込んだ連中もいる。こいつらはここで空気中に蒸発していくか、あるいはカビや細菌の餌となり、やがて異臭を放つ。どの水が一番の成功者なのだろう。

「氵は哀しさを愠じるのだろうか」

 だめだ。俺はどうかしてしまったんだ。寝ている間に何かが変わってしまった。昨日の晩、それがもう戻れない最後の自分だと気付かずにノーテンキに就寝した自分を呪った。

 キッチンには日に何回か作るコーヒーがコーヒーサーバに残っていた。俺は冷めきった前の日の残りを流しにあったカップに注いで飲んだ。味はよくわからなかった。なにか食おうと思ったけれど冷蔵庫の中には買った覚えのないバニラエッセンスが一つあるだけで食えそうなものは何もなかった。

 なにか食べるものを買いに行くことにして部屋を出た。築六十年のアパートで外壁に張り付くようにある階段を下りる。

 一段下りたところで足を

 み
  外
   し
    て
     下
      ま
       で
        転
         げ
          落
           ち
            た。

「てててててててて」

 もう二十年近くここに住んでいて、今初めて階段が十三段であることを知った。立ち上がると脳みそが裏返っているような気がした。視界がぐにゃりと曲がってひっくり返り、頭上にある地面にサンダル履きで立っているような気がした。

「ぞたっなにまさかさが界世、いお」

 ひっくり返った拍子に脳みそが裏返って言葉の時間が反転した。その代わり漢字のズレは治った。なぜなら両方混在したらもはやまったく読めないものになるからだ。天地がひっくり返り左右がわからなくなって前後不覚となった俺は朝飯を所望していたはずだったが、メシをどうやって食うのかもわからなくなった。ケツから食って口から出すような気がした。足を動かしてみたけれどどっちへ移動しているのかわからなかった。

 歩いたつもりだけれど身体がどうなったのかわからない。何らかの方向に進んだのか進んでいないのか。足は動いたのか動かないのか。上にあるのか下にあるのか。懸命に俺が「歩く」だと思っている動作をした。足か手かどこかほかの部位かよくわからないものが絡まって俺は転んだ。身体が横倒しになって転がった。転がった場所が地面なのか空中なのか異次元なのかはわからなかった。

 は   ロ   り   移   。
俺 ゴ ゴ と が な ら 動 た
   ロ   転   が   し

 遃に混乱は地の文を浸飠し始めた。

 一人称では主人公こそが丗畍だったのだ。主人公が異常を来すともはや丗畍は維持できないのだ。

「かのう訁とだいせの俺」

「誰に聞いているんだ」

「韴零雨涼、えまおだえまお」

「あ、きさま作者を呼び出すという暴挙に出たな」

「だんなりもつういうどてっがやき書を章文な的滅砵なんこ」

「あ、やめろ」









 俺は飛び上がって作者の上に落下した。俺と作耆は激突したショックで同化した。同時にどうかした。裏返しの丗界は元に戻ったけれど脈勖するように周期的な頭痛がするようになった。

 ともかく俺は近所のコンビニを目指して足を勖かした。それが歩いているといえる犷態かどうかはわからなかった。

    俺
   俺俺俺
  俺 俺 俺
    俺
   俺 俺
   俺 俺
砂利砂利砂利砂利砂利砂利砂利砂利砂利砂利砂利

「おれははらがへっているのだ」

《了》

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