見出し画像

詩 『鱗』

静かな深海を泳ぐ魚がいる そこには僅かな日光しか届かない
でも彼女が纏う鱗はまるで自らが発光しているかのように 僅かな光を浴びて鮮やかに輝く
目を凝らす必要はない
色はないが 全ての色がある  外音はないが内音はある とても大きく胸を打つ音が

深海を優雅に泳ぐ彼女 彼女は生まれた時から完成されているようだ
しかしそうではない 冷たく危険な海を生き延び 自らを変化させながら
少しずつ深く そしてさらに深く潜りながらこの深海に辿り着いている

彼女を覆う鱗が一枚また一枚と剥がれ落ちていく
役目を終えた鱗は誰からも忘れ去られ またさらに深い深海へと消えていく
鱗は二度と光り輝くことはない その代わり彼女自身が輝くのだ
そうして全ての鱗を脱ぎ去った魚はほとんど透明に近い白色に光り輝いて僕の目を射貫く
彼女に触れることは決して叶わない その光を保存することも叶わない
僕に出来ることはただ自らの記憶に彼女の姿を留めること

魚は力尽きると今度は上へ上へと浮上していく 冷たく危険に満ちた世界だ
彼女を守る鱗はもうない 体は輝かない 最後には砂となって帰っていく

僕たちの義務は 彼女たちのその瞬間の輝きを最後まで記憶し続けること
彼女たちがこの先どんなに波にさらされても 砂の中に紛れても
僅かに残った光を拾い上げること
もしそれが出来ないとしたならば 決して彼女に近付いてはならない。

それは規則ではない  

協定だ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?