見出し画像

バズツイのクソリプにエアリプする回

バズっているTweetについているリプライにイチャもんをつけたいので、エアリプをします。140文字では収まらないのでnoteに投稿します。

私はとても怒り狂って書きますが、せめて見ている方には心穏やかに閲覧して欲しいので、優しい感じのイラストを見出し画像にしています。

怒りのピークは6秒と言われていますが、私は他人のリプライを見てからご飯を食べ歯を磨きお風呂に入って服を着てPCを起動しても尚怒っているので「これは文字に起こす意義がある」と感じnoteにしますが、見ている方々にとって何か利益があるかは保証できないのであらかじめご了承ください。

端的に言えば、「善意の指摘リプが一番めんどくさいですよね」っていう話であり、「善意の言葉でも人をズタズタにできるので自戒してくださいまし」という話です。

どんなバズツイにどんなクソリプがついていたのか

クソリプへのエアリプというのは通常前提ツイートの解説はしないものですが、noteなのでざっくり説明したいと思います。ざっくりなので思い当たるものがある方は実際に見に行った方が「より正確」で、「私のバイアス」に振り回されないはずです。(私は二度と見たくは無いので、1度見ただけのおぼろげな記憶でここから先の全てを語ります)

「2年前から感想が減ってきて販売物も売れ残るようになりその他諸々エトセトラの結果筆を折りましたという報告(+創作しなくなった結果、活き活きして己のライフを満喫しています)」という文章をリンクしたバズツイに

「コロナの影響じゃないですか!?これだけ(ツイートが)バズるのは魅力があるからでは!? (超絶意訳)」という出来た手ほやほや(30分前)リプライが付いていたので即ブロしました。

※明るく元気なクソリプの様に書きましたが、これは改変であり、元の口調はもっと落ち着いています。(だからこそもっと嫌ですが)

※私の普段の文体は「だ・である調」で、はちゃめちゃに怒ると「ですます調」になりますが、今回はごちゃごちゃになっています。予めご了承ください。

【0】お前の目的は何だ

「お前の目的は何だ」「お前の」「目的は」「何だ」終始これに尽きる。

「Twitterで」「相手に通知が行く手段で」「己の見解を喋る」というのは「目的」がないと成立しない。別に目的は本人が気づいていなくても成立するし、大体行動の目的なんざ自覚してやっている人間は2%くらいで、後から顧みて正確に答えられるのは20%くらいなので聞く意味は限りなくゼロだが、私は怒り狂っているので問い詰めたくなる。

「お前の目的は何だ?」と私が問い詰めたくなるのは、「発信者には1ミリも価値の無い無意味なリプライ送ってますよ?」とリプライ主に思うからだろう。

目的があって送っていると思っている訳では無く、むしろ「何も考えてないから送るんですよね」と思いつつも、「目的は何だ?」と聞きたくなるほどの無意味さなのである。

【1】コロナって2年前からありましたっけ?

コロナウイルス自体は2年前にもあったのだが、今回指摘されている「covid-19」の新型のコロナウイルスから巻き起こった自粛だの経済打撃だのというのは2年前から起こっている訳では無い。

一方で、発信者の方は「2年前から徐々に感想が来ないのを感じて来た」と述べている。

この時点でコロナ理論を持ち出してくるのは圧倒的浅はかなのだが、「貧しくなった凡人には買う金がないのですわい」という主張自体は分かる。

分かるのだが、コロナ自粛では暇が出来て「収入が減らなかった層」は逆に書籍やゲームなど娯楽に手を伸ばし、売り上げの明暗が分かれたという事をお忘れなのだろうか。

今回「筆を折りました」と述べた方の創作物というのは、娯楽に分類されるものである。ジャンルまでは把握していないのでその辺りの実情は加味しないが、「この自粛で改めて読みましたがやっぱり最高でした!」「暇が出来たので買って見たら良い作品に巡り合えました」という言葉があってもおかしくない。

自粛中に感銘を受けたという感想が無くても全く変では無いし、それは作品の優劣を決めはしないが、そういった可能性がある以上「コロナのせいですよ!」は今回のケースでは1ミリも慰めにはならないのである。

というか、今どこの世界でも騒ぎになっている「COVID-19」の事を知らないTwitter民は居ないだろうし、発信者が筆を折り、その発信をするまでの長らくの間にコロナの影響を1回も考えた事が無いのはあり得ないだろう。

リプライ主も「この人はコロナの事をしらないはず!!!教えてあげよう!!!」と思っているはずは無いだろうが、であるならば、コロナの事は言及しても無意味である事に気づいても良かったのではないか。

【2】私がそのTwitterに反応したのは作品を見たからではない

1度見て即ブロしたので正確な文章は定かではないが、「こんなに反応があるって事は魅力があるからじゃないんですか!?」という意味の言葉がリプライの末尾に書かれていたのだが、「そのツイートをRT・いいねした私」はその人の作品を見ていないし、反応したのは「あるあるネタ」だったからである。

ネタとして消費したというよりは、「まじで分かる……!よくやったよ……!誰もお前の判断を責められやしねえ……!自由に生きてくれ……!」と心の中で涙を流しながら「新しい門出を祝った」という心境だが、何にせよ作品は見ていないのである。

それでもって、ツイートがバズるという現象自体に、評価だのなんだのが比例する事は無いという事も、長いTwitterとのお付き合いで承知している次第である。

明確にツイートへの反応と書かれていた訳では無いので、その文章記事に対するハートだとか、コメントだとか、新たに巻き起こった感想の事を指しているのかもしれないが、「今更何言ってんだ」という話だし、既に崖から落ちている人間に手を差し伸べても無駄である。

【3】創作は作者が「やめる」と言ったら終わりである

私は冒頭でかのリプライを「クソリプ」と称しましたが、これが「やめようか迷っている」人へのリプライだったらブロックしていません。

発端のツイートは「やめる」という宣言すらもう過ぎて、「実はやめてました」に近い表現の発信です。

作者が「やめる」と言った時、それは終わりなのです。
あなたが受け入れられなくても関係御座いません。

何分即ブロしたのでリプライ主と発信者の関係性が何だったのかすら分かっていませんが、ファンであろうが、無かろうが、作者が終わりと言ったら終わりであって、誰にも変える権限はありません。

「作りません」「作りたくありません」そう言う人に「作れ」というのは人権侵害なので、当たり前ですよね。
いくら神的な作者であっても、作品を作るマシーンでは無いですからね。

で、「じゃあもう一回頑張るか」と発信者が気持ちを新たに活動を再開した時、あなたは何か責任を取ってくれるんですかね?

365日欠かさず感想を送りますか?
知人やフォロワーに作品の素晴らしさを丁寧に説きますか?
新刊の度に閲覧用・保存用・布教用で3冊購入しますか?
そうすれば神作者があなたの元へ戻ってくると思いあがっているのですか?

神が「やめる」と言ったら終焉です。我々は従う他ありません。
神でなかったとしても同様です。

【4】「私は納得出来ません」を「善意のアドバイス」に変換するのはやめろ

【0】で「目的は何だ」と問うたが、「納得できない」というたった1つの理由だけは文章からひしひしと感じているし、実際それ以外の"理由"も"意図"もリプライ主には無いだろう。

「どうして!?勿体ない!」=私は納得できません
「こういう理由だから諦めないで!」=私は納得できません
「まだ希望はあります!」=私は納得できません

「2年前から徐々に感想が来なくなって、昔の作品には感想が来るのに新しい発行物には全く無くて、お金を出してくれているファンですら1ポチのいいねも全然つかなくて、履けていた在庫も売れ残るようになって、続くかもしれなかった仕事の続報が来なくなったからといって、あなたが筆を折るなんて私は納得できません」

あのリプライはそういう意味ですよ。

"あなたがそう思っていなくとも"
"あなた以外にはそう見えるリプライ"なんですよ。

もしこれを見ていて、そういうリプライをしてしまいそうな人は、己に釘を刺しておいた方が良いでしょう。

発信者を傷つけたり、それ以外の創作者に嫌われたり、見ず知らずの人間にブロックされたくなければ。

【5】リプライ主は悪人ではない

言いたい事が全て言えてスッキリしたのでフォローしておきたいのですが、リプライ主は悪人ではありませんし、よくいる人間の1人だと思っています。

「私は納得出来ません」を善意のアドバイスに変換してリプライを送る人というのはこの世にいっぱいいますし、それは悪人だからではないですよね。

ただ、悪人でなくとも人の心をズタズタに出来るし、他人から軽蔑されるし、見ず知らずの人にブロックされます。ただそれだけの話です。

たまたま私が閲覧した時点でリプライしていたのでブロックを食らっただけで、こうしてエアリプクソnoteまで書かれるなんてとんだとばっちりだとも思います。

たかだか私1人がブロックした所でリプライ主に与える影響など1ミリも無いはずですし、私と交わらなくともリプライ主さんの生活は豊かであると思いますが、万が一その方がここを見ていて、ブロックを解除して欲しいなどありましたらnoteなどの外部か、Twitterの別アカウントにご連絡頂ければと思います。

「リプライ」「引用リツイート」などは、受け手が特別な設定をしていなければ本人に投げかける「お手紙」と同一なので、お手紙を出す時は吟味してより良いものを出して欲しいと、「この惑星に生きる1人の人間」として願っています。

それではみなさん、良いTwitterライフを。