【準急ユーラシア 77】足湯新幹線とれいゆの和モダン空間
とれいゆつばさで山形新幹線の福島⇔米沢の1区間だけ往復する機会があった。列車(英/Train)+太陽(仏/Soleil)+湯の造語だろうが、この辺りの柔軟性は例えば広島電鉄ピースバーンの平和(英/Peace)+列車(独/Bahn)の如く現代日本語の造語能力の面目躍如だ。
左: 雪国の米沢市内では複雑な形状の着雪防止カバー付の縦形LED信号機を見かけた。右: 米沢駅1番線ホームの、改札と列車のこの近さは在来線の感覚だ。
線名は新幹線だが、奥羽本線を改軌・昇圧して新幹線車両を直通可能にしただけで、急カーブや急勾配の線形はそのままなので表定速度は低い。上:山形方面から急坂の単線をゆらゆらと登ってくる上りつばさ。下:車掌が時刻確認中のつばさ前方は再び上り急勾配だ。米沢駅は勾配途中に設けられているようだ。
とれいゆ登場。先端メカ(設計最高時速315km、営業最高時速275km、在来線区間は130km)が雑草生い茂る曲がりくねった単線を走る落差の大きさは、高性能車が悪路を攻めるラリーに少し通じる。クラッシュ覚悟で性能目一杯に走るラリーカーと異なり、クラッシュする訳にはいかないとれいゆは過剰性能を持て余しつつゆっくり走る。
とれいゆは新庄⇔福島間の在来線区間のみの運転だが、臨時で東北新幹線に入線する事もあるので福島⇔東京間の併結運転に備え新庄側先頭車が11号車、福島・東京側先頭車が足湯車の16号車(左手前)だ。右:15号車から16号車へのアプローチはウッディな雰囲気が素晴らしい。
くつろぎの間と称する足湯車。最大4名用足湯が2槽設置されている。壁を目立たせないデザイン(黒い壁・暗めのLED線光源・湯を意匠化した薄明り)と木製柵が、空間に立体的奥行きを感じさせる。
浴槽は2枚のアクリル板で区分される。占有領域の目安だけでなく、揺れによる溢水を防ぐ役割もあるのかもしれない。各浴槽脇に3名分のベンチ(沿線の天童産の木工の由)があるのみの大空間だ。膝下が浸かるだけでも快適で、流れゆく出羽の沃野を眺めながら贅沢な時間を過ごす事ができる。
更に贅沢なことに、私が利用した際は往復とも他に客がおらず「独泉」状態だった。これだけ大掛かりな設備を設計・製造・維持しスタッフを張り付けるコストを考えると、1両の定員8名、15分僅か420円の足湯券単体で利益を出す積りは元から無く、東京からの東北新幹線往復や宿泊仲介料などトータルでの帳尻合わせを考えていたのだろう。
しかし足湯を予約するにはJR東日本傘下の株式会社びゅうトラベルサービスのパック商品を買う必要がある。足湯券のみのバラ売りは当日現地で空きがある場合のみだ。とれいゆが目的で山形県まで行って足湯車お預けのリスクは取れず長い間二の足を踏んできたが、コロナで一旦運休となりこのまま廃止になるのではと心配になり、運転復活と共に乗りに行った次第だ。
抱き合わせ商品は、宿や往復の東北新幹線の等級など制約が多い。こういう車両が刺さる層は趣味的拘りが強く、宿も「この宿のこの部屋」と指定したい人が多い気がする。逆に拘りが無い層は「足湯なら温泉地にいくらでもあるのでは?」という反応になりがちだ。つまりこの手の商品は拘り派に訴求できねば数字に繋がらないと思う。
拘り派はお仕着せのパック商品を嫌う反面、本当に面白ければ投資を惜しまない。例えば浴槽の一つは全身浴のできる個室風呂にして30分1万円位で単体でネット予約可にすれば全国から物好きが乗りに来ただろう。
もし全身用湯船も導入するなら、湯を汚さぬよう狭い車内に更にシャワーも必要になる。第69話でご紹介したエミレーツ航空A380名物の機内シャワーはSF映画の宇宙船のようだが、これなら場所を取らない。湯が貴重な上空ですら累計5分給湯され、それで十分だった。空間に余裕のある鉄道ならより大型のタンクを設置できるだろう。
右下: 16号車は飲食禁止なので、gratis日本酒の小瓶は撮影用に置いただけだ。
足湯車と同じ和モダンコンセプトでまとめられた15号車の湯上がりラウンジ車。コの字配置の掘炬燵風席は通路から靴履きのまますっと入れる。茶器を展示するガラスタワーがあったり、車端に坪庭があったり、隅々まで洒落た工夫が光る。
15号車にはバーカウンターもあり、沿線の名物がテンコ盛りで陳列されていた。売り子さんは16号車の湯守アテンダントと称する車上湯女(ゆな)さん兼務のようだ。流れ行く田園の景色を肴に地酒を舐めながら掘炬燵で寛げるとは素晴らしい。
12~14号車は座面が畳のお座敷指定席で木製テーブル付のゆったりした2+1配置のボックス席が並び、座布団にはさくらんぼ等の山形名産果物と将棋駒が躍る。沿線の天童市は将棋駒生産日本一だそうだ。11号車のみ通常の座席車だ。
福島駅ではとれいゆは在来線ホームに着く。JR東はとれいゆを盛り上げようと努めたが、2022年3月付での運転終了が発表された。メカもコンセプトも秀逸だっただけに、惜しいことだ。
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