消しゴム半分この情熱と助手席のシート

文具を自ら選んで買った記憶がない。多分、選んでないからだと思う。だから母親が買ってきた鉛筆や消しゴムで勉強をしていた。

ある日、僕の筆箱に大きな消しゴムが入っていた。それまで見たことがないくらいの大きな消しゴム。今でも、あの消しゴムより大きな消しゴムは見たことがない。それは、僕が文具店に行く習慣がないから当たり前のことかもしれないが。

その消しゴムは、いわゆる普通サイズの10倍くらいの大きさだった。半分に割っても十分に大きい。実際に半分に割ってみたけどやはり大きかった。

僕は、その無駄に大きな消しゴムを半分に割ったとき、9歳だった。そしてたまたま隣の席には好きな女の子が座っていた。消しゴムは大きいし、隣に好きな子は座っているしで、当時の僕には多すぎる要因が半径50センチに2つもあったのだ。

僕はシャイで、おまけに不器用で、だけど意欲に満ち溢れているという「どうしようもなく平凡な男の子」だった。次の席替えまでになんとか隣の席の女の子に好かれなくてはならない。と、思っていた。

だけど、僕にはなにも武器がなかった。笑わせたり勉強を教えたり、小学生の男の子にできそうなアプローチは封じられていた。僕はシャイだったし、僕と女の子の学力は同等程度で、無駄なシンクロ率を保ちながら学習していたのだ。

差異が重要なのだ。と、当時の僕は気づかなかった。それが分かっていれば、丹念に予習をし、適切な差異を生み出し、勉強を教えるという策もあっただろうに。

とにかく僕は、どこまでも平凡で、人前に出れば自意識を爆発させながらも、それ以外、つまり誰にも制御されていなければ怠慢というありきたりな男の子だった。つまり、なにも起こらない。

このままでは、女の子の僕に対する印象は変わらない。チャンスを逃してはならない。なんとかして、爪痕を残さなければならない。そう思っていた。こうして、男は馬鹿になる。手段が目的になる。

普通に過ごしていても、印象は変わらない。なにかしらの違和感が必要なのだ。どんなことでも良い。隣の席になったのに印象が変わらないというのは、距離という項目が変わったのに結果が変わらないという意味では、距離以外の数値が下がったことを意味する。

いや、本当はもっと複雑だし、距離が縮まったのに印象が変わらない(嫌われない)というのはむしろプラスである。しかし、そんなことはカーセックスをするような年齢にならないとわからない。男の子というのは、どうしようもなく馬鹿なのだ。

印象に残らないくらいなら嫌われた方が良き、と判断してしまう。とにかく、認識して欲しい。「僕は、ここだよ!」と声高に叫んでしまう。それが、どれほど将来的なチャンスを潰す事になるかも知らずに。

ともかく、馬鹿な男の子であった僕に選べるたカードは一つ。大きすぎる消しゴム。これだけが、日常性から解き放たれた違和感なのだ。そして、私は、いや、僕は、どうしようもなく阿呆だったのである。

なにもせずに、「無害な人」というポジションを保っていた方がよいときもあるのだ。それが分かってなかった。

まあ、結局どうしたのかというと、その大きな消しゴムの半分を隣の席の女の子に差し出したのである。

「あげる」
と言って。

は?阿呆なのか?君は、いや、ちみは阿呆なのか?
なに?その女の子は消しゴムを持ってなかったのかな?

持ってました、、、

え?じゃあなんであげたの?阿呆なの?
ちみは阿呆なの?

いや、喜んでくれるかなーって

は?阿呆なの?なんで喜ぶの?
なんでそう思ったの?
いや、ほんとわからないから教えてくれない?
いや、ほんとうにわからないのよ。
君が阿呆なのはわかったんだけど、
でも、なんでそれで喜んでくれると思ったの?
ねえ?教えて?

本当にわからないんです、、、

あ、私が阿呆なのですか?
私が阿呆だからわからないのでしょうか?

いや、、、

まごついてんなよ。
ほら。はやくいえよ。
ねえ。阿呆。
阿呆よ。
なんで阿呆の君はそんな阿呆なことしたの?
いや、ほんとうにね、怒ってるんじゃなくてさ、
わかんないの、
わかんないよーーーーー

まあ、このようなことを当時の私でさえ思いながら、手渡したわけです。そしたら、彼女ったら
「ありがとう」だって。

あれ?いける?なんかちょっと仲良くなっちゃうんじゃないの?

って思ってたら、帰り際に
「ありがと、でもいらないから返す」って。

いや、そうですよね。いらないですよね。大きいしね。筆箱に入らないかな。いや、そういう問題じゃなくて、いらないよね。せめて新品くれよってね。なんで半分やの?しかも、手で割ったの?なんでなの?

わかりません。

いや、全然関係ないんですけどね。
たまにね、助手席のシート倒しっぱなしにしてることありません?

それでね、わりかし、多く助手席を利用する女の子にね、無言で助手席の傾斜具合直された事ありませか?

そうそう。完全に倒してるってわけじゃなくて。少しだけ、普段より倒れてるときですね。女の子もなにも言わないんでけどね。ただね、ちょっと気まずくなるです。

いや、なにが言いたいかっていうと、その時の気まずさと、消しゴム半分こした時の恥ずかしさがね似てるんですよ。これは私特有なんですけど、でもありますよね。

なにかとなにかが、自分の中でだけ、感覚として繋がってることって。





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