ココがすごいよ今年のM-1(後編)

8.オズワルド「先輩との予定」

ミルクボーイが爆発的にウケたあと、またしても場をリセットできるコンビ、オズワルドが来た。笑神籤運がすごい。

静かな入りからの「まあ一応移動中は神輿に乗ってもらおうと思ってんのよ」「あのー、立てるのは良いんだけど、まつるのはNG」という最初のボケとツッコミ。この30秒でオズワルドの世界観に観客を引き込むと同時に、ツッコミのワードセンスに注目して見て欲しいという自分達の「見方」を提示できている。「板前って別にここから上で板前か判断してる訳じゃないから」っていうツッコミめちゃくちゃカッコいい。言いたい。

このネタで最も特徴的なのが、唐突に2回挟まれる「え?いいの?」「え俺ワンターン会話聞き逃してる?」というくだりと「え?せっかくだから1軒目の板前連れてきて握ってもらった方がいいってこと?」「えお前、俺以外とも喋ってる?」というくだり。この斬新な2つのくだりには、同じボケに見えてそれぞれ違ったストーリー進行上での大事な意味がある。
まず、1回目の方。この直前のセリフは「それ板前はどっち?それによってだいぶ答え変わってくるんだけど」で、直後のセリフは「でも先輩のために握ってあげたいって気持ち出て来たんだけど」だ。つまり、直前の伊藤の疑問形のツッコミに答えることなく、次のくだりに進むことができている。
次に、2回目の方。この直前のセリフは「バッティングセンターで寿司投げてる奴見たことないだろ」で、直後のセリフは「俺板前連れてこいなんて言ってないんだけど」である。つまり唐突な「え?せっかくだから1軒目の板前連れてきて握ってもらった方がいいってこと?」によって、バッティングセンターで寿司を投げる話から、そこに板前を連れてくる話に展開するまでに必要であろう数ターンの掛け合いを一気に省略できている。
1回目は話題をスキップするのが目的なので「え?いいの?」の部分はどんなセリフでも良いが、2回目は次の話題に展開するのが目的なので、セリフは「え?せっかくだから1軒目の板前連れてきて握ってもらった方がいいってこと?」でなければならない。この2回目を、"話題転換のために無理矢理ねじ込んでいるボケ"に見せないために、1回目のボケの"天丼"のような形に見せかけている。めちゃくちゃ巧妙な手口だ。

次にこのネタの核となっている「回転寿司になっちゃったな」「なってねえよ!どこに縦回転の回転寿司があるんだよ」の部分。ここで爆発を起こすために全てが設計されていると言ってもいい。
「縦回転の回転寿司」というボケを使うために、寿司の登場する"寿司屋"から、縦回転にできる機械のある"バッティングセンター"に移動するという、コント漫才にしてはトリッキーな予定にしている。「お前寿司握ったあとボールまで握ろうとしてんじゃん」というセリフがあるのは、このバラバラに見える2つに必然性を持たせるためだ。
ボケに持って行く展開の仕方にも無駄がない。「板前連れて来いなんて言ってないんだけど」「でも板前が握った寿司を俺が投げるのはさすがに失礼か」「どうしてその感覚だけ生きてんの?」「あ、間にマシーン挟んで注文すればいいんだ」「それは何で?」「板前やってもらっていい?」と、たった3ラリーで急展開してコントイン。強引さを感じさせない伊藤の相槌の言葉選びも見事。
さらに、このボケを爆発的ウケに繋げるためにはツッコミのパワーも必要だ。前半は「うーん、多分そんなチワワみたいな理由じゃないな」や「まぁ理論上はそう」のように間をたっぷり取って含みを持たせながら否定することが多い。だからこそ「なってねえよ」という単純で食い気味なツッコミのパンチが強く感じられる。まさに変化球ピッチャーのストレートは豪速球、なのだ。
それまで冷静さを保っていた伊藤が「なってねえよ、どこの世界に縦回転の回転寿司があんだよ」で声を荒げたのを機に「高速寿司捨てマシーンだよ!そもそも先輩が寿司打って喜ぶわけねえだろ」→「それは分かってるんだってさー!」と投げやりになっていく様も素晴らしい。


9.インディアンス「オッサン女子」

M-1終わったあとの最速反省会でボケの田渕がネタを飛ばしたと言ってたけど全然気付かなかった。でもよくよく見返してみると「許してちょんまげー!」「オッサン過ぎる!」で終わる一つ目のくだりが終わったあとの田渕のセリフが「だから今日はね、色んなね、こっちのセリフですよ、こっちの状態なんですよ、これね、タクシーとか拾っちゃいますよ、タクシー!タクシー!って車道出ちゃうんですよね、車ビュンビュン走ってますからね」と支離滅裂になっている。
準決勝のときはここで「今日はいい料亭予約してるんですよ!日本酒がなんと50種類!」みたいなくだりがあって、料亭ボケ2回目で「日本酒がなんと80種類!」「ちょっと増えた!」になっていたはず。

最初はきむが、おっさんみたいな彼女=オッサン女子と付き合いたいと言っていたのに、田渕が演じたオッサン女子がオッサン過ぎて、中盤ではもう「おっさん嫌やわ」と言い出し、後半には肩で寝ちゃうような子が良いと言う。立場がブレブレになっているが、なぜか違和感がない。ツッコミの「常識」の軸をずらしてしまうほどの田渕のマンパワーはやはり凄い。
インディアンスが一番凄いのは、ツッコミのきむがほとんど何もしてないところ。田渕が小ボケを立て続けに連発し、頃合いを見計らって止めるだけ。セリフも「おい!」とか「いやちゃうちゃうちゃう!」とか単純な否定が多い。これでもウケるのはほぼ全てのくだりで間をたっぷり取り「緊張の緩和」を体現できているからだ。マリオテニスで言うと全てのくだりがスペシャルショットなのである。チャージして打ってチャージして打っての繰り返しだ。
それに対して田渕は、コントインする前のフリの段階でも、きむが喋ってる間ですらも、ずっと動いている。それによって、漫才中ずっと田渕を見させる、という観客の目線のコントロールができているのだ。田渕の身振り手振りの質もシンプルでいて、かつ大きく、完璧と言える。


10.ぺこぱ「タクシー」

苦しんだ下積みの果てに、ツッコミそうでツッコまないという、今まで積み上げられてきた漫才の伝統を逆手に取った新しいスタイルを築き上げたぺこぱ。最強の漫才師達9組が色んなツッコミを見せてくれ、ぺこぱにとって最高に下地の整った舞台が用意された。またしても凄まじい籤運。笑神籤のワールドカップがあったら、あの3人が日本代表になれる。

まずはツカミ。キザで動きの激しい自己紹介のあと「いや、被ってるなら俺が良ければいい」と続く。1くだりだけで「キザな男がツッコミそうでツッコまずに優しい言葉を投げかける」というコンセプトを伝えきっている。
さらに「いや、ブーンじゃなくてスーンの車がもう町中に溢れてる」や「いや、ハンドルを握らなくてもいい時代がもう目の前まで来てる」という時代性を捉えたセリフと、「もう誰かのせいにするのはやめにしよう」や「出来ないことを求めるのはやめにしよう」といった呼びかけるセリフを散りばめることで『変革』というテーマを浮かび上がらせる。漫才を変えるとか、ツッコミを変えるとは言わずして、既存の漫才とは大きく違うことを初めてやってのけているんだと強く印象づけるこの見せ方が上手い。言ってしまえばキャラ芸人のなれの果てなのに、観客は皆スターの誕生を目にしている気持ちにさせられる。そんな気持ちになりつつある後半で「いや、キャラ芸人になるしかなかったんだ!」「まだ迷ってる!」と過去の葛藤をちらっと見せる。こんなん誰だって応援したくなってしまう。シュウペイの定まってなさ然り、正直まだまだ荒削りなところはあると思うけど、ここまで早く上手く観客を味方につけたコンビは未だかつていなかったんじゃないだろうか。

ただその分、ぺこぱに関して「相方さえも傷つけないツッコミは素晴らしい」「人を傷つけずに笑わせることだって出来るじゃないか」みたいな意見をよく目にするようになった。まるで今までのお笑いやツッコミが全て人を傷つける笑いだったかのように。ぺこぱは「人を傷つけない笑いの形」を見つけたんじゃなくて「ぺこぱの形」を見つけただけで他の芸人が真似していい訳ではないし、「傷つけなくても面白い」んじゃなくて「傷つけないのが面白い」んだからな。ぺこぱを自分の思想に絡めて褒めてる人達は、被災地の人の気持ちも知らずにとりあえず不謹慎って連呼したりするんだろうな。

いや、人を傷つけない笑いって言うときに除外されるお笑いって具体的に何ですか?言えないだろ?お笑いは、家族だ。愛があるから叱れる。

ありがとう、どうもありがとう。