少なくないサポ・ファンは既に経験済みだという事


宇都宮さんが書かれたこのエントリーを拝読して、音楽制作リンク用縛りで設けているこの場での2度目のルール逸脱をすることに。


思ったまま整理せず書きたいので、とっ散らかって読みにくいかもしれないですが。

私はプラティニが寝そべったトヨタカップあたりからのサッカーファンで、元日本代表厨で、現在特定クラブのサポーターなので、ファンからサポに至る過程で100の位の回数を余裕で超えるスタジアム通いを続けているタイプです。

なのだけども、中年を迎えて久しい誰もが経験しているように、この30年以上の間には、自分の職の問題(べらぼうに忙しすぎて)や、或いは職を休んで貯金を切り崩して生活せざるを得なかったり(入所できなかった時の親の介護は勤労との両立が本当に難しいケースも珍しくなく、余裕は失われ、八方詰みます)と、スタジアムに行きたくてもそれは最優先事項では無いという時を身をもって知っています。

この他に、闘病中や各地の大規模自然災害で失われ或いは不安定になった生活基盤の立て直しに今現在も含めて長期に立ち向かっていたり、また、世界を見渡せば、戦争の最中であったりと、コロナショックと比較しても下回ることのない状況に置かれた置かれている人は本当に沢山います。

(そういった時間に或いはそういった時間で経た新たな知見や情報によって、サッカーへの興味を上まる何かを見つけて、そちらへ情熱の殆どを注ぎ、スタジアムの現場には帰って来ない人もいるでしょう。これは我慢している間に興味を失ったというネガティブなものではなく、何か別の事に対して、より意義を見出したその人にとっての前向きな人生の歩みだと思います。少なくとも私には思えます。それはそれで人生に於いて大きくて意義のあるサッカーからの卒業。)

スタジアムに通うこと、DAZNやテレビで試合をチェックすること、サポーターとしてクラブを常に猛烈支援すること、アウェイに全試合行くことも、ゲーフラをつくって選手へ愛を贈り後押しすることも、絶対恒久的にしなくちゃいけないなんて、長い人生を考えれば殆どの人は無理です。今までもこれからも思っていてもできません。関心を"持ち続ける"ことでさえ休憩の多い断続的であって何も不思議ではないです。

だから、今スタジアムに行きたいけど行けないという状況は、規模人数は違うけど、少なくない人が経験済みのこと。そして 「私は」 どうにか休み休みしつつ毎度スタジアムに帰ってきています。

そこに在るならば。

さくっと言ってしまえば宇都宮さんのは、今、全ての人の生活が変わる行く先を見据えたら、ファンやサポは居なくなるんじゃないかという危惧でしたけども。それはあり得る。けれども、クラブが存続していて、選手が元気で、リーグ戦が開催されていれば、私の・我々の・誰かの希望に、励ましに、活力になる。そして、その様子が伝わるならば、今止むを得ず離れている我慢している遠ざかった私や誰かはそれどころではない生活の中でも気にし続けるし、忘れていたなら想い出すし、余裕が得られれば帰ってきます(こない人もいるでしょうけども、それはそれでしょうがないじゃないですか)。極論、スタジアムで何も開催されず、リーグはお預けで、年を跨いで短くない期間何も新たに起こらなくても、存在していてさえいればサポやファンはその人なりの付き合い方でついていきます。我々のことは「今まで通り」我々でどうにか折り合いをつけるので、踏ん張って存在し続けて情報発信を止めないでいて欲しい。そちらの方が心配です。

華やかな演出とか出来なくなるだろうし、サポからのチケやグッズ収入減は大打撃回避できずだと思うので、そういう部分のショー・エンタメ性は変化するでしょうが、村井さんはじめリーグの中の人やクラブの中の人は今は何を売り何を達するのかという部分を常にみつめて考えていらっしゃるので、サポ側としての要望は個人的にはありません。

私はサッカーから離れても、誰かはサッカーを欲します。その希望の存在でいられるならば、基本理念に基づいた存続と、再開と継続を模索し続けてください(これが最も難しい事ですよね…)。

私や我々がこの先どう生きるのか、はまた別の話です。そして誰もが中流の生活ができていた訳でもないので、どう生きるのかは今直面した社会問題でもなく、今までにも誰かの人生・日常にはあったこと。



なんてことを、思ったですよ。







大昔打ち込みをやっていたがご無沙汰で試行錯誤なDTMerです。先ずはやってみますな段階。当面は入力にkorg-gadgetオンリーの制限をつけています。