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『女子大に散る』

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成熟まぎわの花々を活写しつつ条理なき「大学」を剔抉する連作短編集、各4000字程度・第一部として全10話。
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#新生活をたのしく

『女子大に散る』 第5話・イノチ短シ恋セヨ乙女

 はやばや女子大勤めにも慣れて無聊に喘ぎだした春、百名足らずの新入生のうち最初に顔と名が一致したのはUさんだった。五月連休明けの授業後、教科書を手にやってきた。 「せんせえ」  普段耳にしている間延びの「せんせ~」とは異なる十数年ぶりの「感性」に同じ抑揚で、一瞬返事に窮してしまった。いつも廊下側の前方に一人で座っている理由が閃光していたのである。 「……せんせえかあ」 「あっすみません──」  漏らした感慨にきれいな奥二重が伏せってしまい、あわてて釈明する。 「いや

『女子大に散る』 第2話・天使のケア

「子供みたいなこと言ってんじゃないわよ!」  午後4時半すぎ、講師控室へと戻るため渡り廊下にさしかかったら、くぐもった怒鳴り声がした。なんだなんだと目を上げるや、 (あっ先生)  突き当たりに見慣れた顔が覗いた。二年生のHさんだ。 (こんにちは) (おとといぶり~)  続けてぽろぽろ覗く。丁寧な会釈のMさん、ひらひら手を振るIさん、そろって実技科目の後らしく白衣姿である。小声なのでひとまず真似して、 (Aさんはお休みですか) (せっ、きょう、ちゅう) (バイ、アン

『女子大に散る』 第1話・春はバスに乗って

 春、非常勤講師の依頼があった。なんの因果か女子大である。奉職一年めでコマ数に余裕があったし、すでに大学語学の現状には辟易としていたが夢も理想もまだあって、甘露かぐわしき禁断の花園へのご招待を辞するいわれは見当たらなかった。  なによりわが最寄駅からキャンパスまで片道20分少々の直行バスが出ているという。普段まったく足を伸ばさない方面の、別の私鉄沿線にもほど近い立地だ。通勤電車も人ごみも蛇蝎のごとく嫌悪する身にはこれだけで大きにそそられた。エッしかも一コマあたり月二八もくれ