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昔はキンモクセイが苦手だった。あの甘ったるい芳香が未熟な嗅覚には鮮烈すぎたのか、実家近くの土手を通り過ぎるたびウッとなっていた。 今は好きで好きで仕方がない。初秋の醍醐味はもみじ狩りならぬキンモクセイ狩りにありと、それなき秋なんて桜なき春、葵なき夏、六花なき冬に違いないと、ある種モノマニアックな愛着さえ覚えている。いつだったか夢にまで見たほどだ。 起きがけ両腕が枝に変わっていた。ざわざわ繁る葉のすきまに無数の黄花がほころんでいる。脚は変わらないからそのまま仕事に出た
やや早めの仕事帰りは午後4時過ぎ、毎年のように聞いている気がするラニーニャのせいか梅雨明け早々の真夏日である。こんなことなら日没まで図書館で時間をつぶしてくればよかったと、暑気に澱んだ駅前を抜けたあたりから悔やんでいた。 ほんの数分が果てしなく遠い。路地には陽炎が踊り、まるで地獄の一丁目だ。住宅街につき日よけもない。こんなときこそ日傘があれば楽なのに、誰に笑われようが指さされようが今さら構うまいと前年も前々年も痛感していたのに、喉元過ぎればの要領で忘れていた、そのことも