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映画『グランツーリスモ』から考える『リアル』と『バーチャル』

映画『GT』はゲーム映画ではない?

先日、映画『グランツーリスモ』を観てまいりました。

実話を元にした感動的なストーリー、迫力のあるレースシーンなどが評判となっている本作ですが……わたくしのお目当ては別のところにありました。

わたくしがこの映画で気になっていたのは、『シミュレーターがどう描かれているのか』、この一点に尽きます。

そうして期待に胸を膨らませ、映画館へと足を運んだのですが……映画が始まる前、購入したポップコーンをつまみながらパンフレットを眺めていると、そこに気になる一文を見つけました。
デヴィッド・ハーバーおじさま(元ドライバーのGTアカデミー指導者、ジャック・ソルター役)のインタビューでございます。
引用いたしましょう。

――この映画のどこに惹かれましたか?

この映画を好きなポイントの一つは、決してゲームを題材にした映画ではないというところです。
ゲームをストーリーに組み込んではいますが、本筋はとんでもないことを成し遂げる才能を持った若者と、事情があるためにその若者を信じてあげられないところから始まり、やがては信じるに至る指導者を描いています。
ある種、過去のスポーツ映画の名作の数々がモデルになっていると言えます。

映画『グランツーリスモ』パンフレット

『ゲームを題材にした映画ではない』!?
『グランツーリスモ』という名前がついているのに!?

もしかしたらこの映画、わたくしの求める内容は思った以上に少ないのかも……?
そんなことを思っているうちに映画が始まったのですが……。

結論から申し上げますと、デヴィッド・ハーバーおじさまのインタビューのとおりでした。

実車レーサーの成長譚としての映画

この映画のあらすじは、グランツーリスモが大好きなヤン・マーデンボロー青年が、現実のドライバーを育成するプログラム『GTアカデミー』に選ばれ、プロのレーシングドライバーとしてレースを戦っていく……といったものです。

こう書くとシミュレーター部分と実車部分が半分ずつのような印象を受けるかもしれませんが、実際は映画の大部分は実車パートとなっています。
シミュレーターでの走行シーンが2に対し実車での走行シーンが8くらいといった印象で、シミュレーターの描写は思ったよりもずっとわずかでした。

主人公ヤンは物語の開始時点てすでに相当な腕前であり、作中シミュレーターで苦労することはほとんどありません。
故に、物語開始から実車レースに挑戦するまでのシミュレーションパートは起伏のあるドラマが展開されるのではなく、ヤンがレーシングドライバーとなるまでの経緯を描いたダイジェストのようになっていると思えました。

そして物語が中盤となり、舞台が実際のサーキットに移ると、シミュレーターの出番はほぼありません。

ヤンが実際のレースに挑むにあたりどうシミュレーターを活用するかという話はなく、描かれるのは『実車の』レーシングドライバーとなったヤンが『実車の』サーキットで戦う姿。

『決してゲームを題材にした映画ではない』。
なるほどデヴィッド・ハーバーおじさまのおっしゃる通り、というのが、観終わった後のわたくしの感想でございます。

ただ、この感想はいささかお門違いであるということを、わたくしは理解しているつもりでございます。
全体的に演出が強めな構成から、本作はコアなファンというよりは知識のあまり無い方に向けた作りをしているというのが見て取れます。

つまりは、わたくしはこの映画が想定しているお客ではない。

にもかかわらず、「わたくしの求めたものがない!」なんてわめくのは、カレー屋さんに入ってパスタを注文するようなもの。
おいしいカレーを楽しんでいる皆様のいる横でそんなことをするのは、あまりお行儀がいいとは言えませんね。
「パスタ食べたいですわ~!」と言うのは、カレー屋さんを出て、同じくパスタが好きな人がいる場所に移ってからがよいでしょう。

さて、そういった場所はどこにあるのでしょう?

……ここです!

ということで、今からパスタの話を始めます!

『じっしゃ』という呪縛

映画『グランツーリスモ』は、実際の車とサーキットを使って撮影した映像がアピールポイントとなっています。

このことについてニール・ブロムカンプ監督が語っている部分をパンフレットより引用します。

「こういう映画の場合、オールデジタルで作りたいと思うこともあります。
背景をいくつか撮影し、車をデジタルで作り、バーチャルな撮影環境へ俳優たちを入れ込むというように。
でも今作では、すべてがリアルです。文字通り、すべてがリアルですよ。
車を運転している場面でも、俳優たちが、本来出すべきスピードにかなり近い速度でコースを走っているんです」

映画『グランツーリスモ』パンフレット

監督のこの信念に基づき、撮影はスロバキアリンク、ドバイ・オートドローム、ニュルブルクリンク、レッドブルリンク、ハンガロリンクなど各地のサーキットで行われたとのことです。

……GTアカデミーで行われたシルバーストンと、最終決戦の地であるサルト・サーキットがありませんね?
実は上記2つのシーンは、ハンガロリンクにて行われているのです。

「実は」などと言っていますが、これは別に衝撃の事実でもなんでもありません。

少しでも知識がある方なら「シルバーストン」と字幕が出ているサーキットのターン1が非常に鋭角なことにすぐ気が付くはずですし、サルト・サーキットの最終コーナーが回り込むヘアピンであることに違和感を覚えるはずです。

現にわたくしはずっとそれが気になっており、映画を観終わった後の感想としてそれを取り上げました。

果たしてこの映像は『リアル』なのでしょうか?

この映画がターゲットとしている方々はそんなことには気が付かない、あるいは気にしないのかもしれません。

しかしわたくしの心に引っかかるのは、もしかすると『実写だからこれはリアルなのだ』と制作陣が考えているのではないか、ということです。

これは映画というものについて人並みの知識や熱量しか持ち合わせていないわたくしの勝手な想像なのですが……。
映画業界には、ことアクション映画においては、『実写』というものがある種の権威と化しているのではないでしょうか。

やれ爆薬を使って実際に大爆発を起こしただとか、やれスタントマンを使わずに俳優が全てアクションシーンもこなしているだとか。

それ自体は結構なことだと思います。CGや合成にはない、正真正銘実写の映像でしか出せない迫力というのもあるでしょう。

しかしそれは、あくまで他の要素に瑕疵が無い上で初めて評価点となるべきことであり、実写にこだわるあまり他をおろそかにしてしまうことは本末転倒だとわたくしには思えます。

わたくしは、「シルバーストンやサルト・サーキットのシーンはCGを使おう」という考えが制作陣には無かったのかどうかということが非常に気になります。

無茶な話ではないはずです。だって、この映画は『グランツーリスモ』。
シルバーストンのモデルも、サルト・サーキットのモデルも使えるものがあるはずです。
もちろん、ゲーム用のモデルが映画の撮影にそのまま使えるというわけではないでしょう。
それでも、もっとやりようはあったのではないかと思わずにいられません。

付け加えるならば、この映画には全くCGが使われていないということもありません。
ブロムカンプ監督は「すべてがリアル」とおっしゃっていますが、随所でCGは使われています。
GT-R GT3に実際に宙を舞わせる撮影は、流石に現実的ではありませんから。

もしこれが本当に『実写の方がCGよりもリアルだから』という理由でこうした映像になったのだとしたら、それは呪縛に囚われているとわたくしは思います。

わたくしの愛するレースシムにも存在する『リアルとしての実車があり、レースシムはその劣化コピーにすぎない』とする呪縛。
『リアルに対してバーチャルは劣っている』とする呪縛に。

レースシムとリアルの関係性の話については先日したばかりなのでここでもう一度語るということはいたしません。気になる方は以下の投稿をお読みください。

ただひとつだけ申し上げておきますと、わたくしはバーチャルの力というものを信じております。

この映画を観に行くにあたりわたくしが期待していた『シミュレーターがどう描かれているのか』というのは、「シミュレーターが単なるリアルの劣化コピーとして描かれていないか」ということを気にしていたものです。

そうした思想は、映画『グランツーリスモ』にはありませんでした。
それは、そもそもシミュレーターについて描かれていなかったから、という予想外の理由ではありましたが。

ただ一方で、『映画』というコンテンツのあり方から、それに類する思想を感じ取ってしまった。
映画『グランツーリスモ』の鑑賞は、わたくしにとってなんとも不思議な体験でございました。

……なんだか取り留めのない話になってしまいました。
この話のこんがらがりよう、さながらスパゲッティのよう。
パスタの話だけに。

オチが弱いですが今回はこのあたりでおしまいとします。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
また次回、ごきげんよう! mayo-


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