七坂神社物語(1)


プロローグ

「ねぇ、早く行こうよ。もしかしたら今日は来るかもしれないよ」
「大丈夫だろう。どうせ今日も、道に迷った俺たちに特に用もない人間以外、誰も来やしないよ。俺たちの有無は関係ないのさ」

 二匹の犬が、まだ太陽に照らされていないコンクリートの道を歩いていた。彼らは子犬と呼ぶには少し大きいくらいで、犬種は、これがよく分からない。一見柴犬のようにも見えるが、顎髭のような毛を携え、四本の足には、それぞれ不必要なほど毛が生えている部分があった。
 二匹の歩く道の先には、小さな神社が一棟、ポツネンと建っていた。彼らはやや小走りで、神社の鳥居を潜り抜けた。
 一瞬、青白い光が二匹の犬を包み込んだ。次の瞬間、彼らを装飾していただらしない毛が、空色で整った立派な毛皮に変化し、二匹の犬の出で立ちを凛々しいものにした。

「良かった、間に合った」
「いや、そうとは限らない。既に誰かが来た後かもしれない。まぁそんなことはまず無いがな」
「兄さんはどうしてそんなに落ち着いてられるの。誰か来ていたら、とか思わないの」
「俺とお前は四つも離れているんだ。四つも違えば、慣れも違うさ。さぁ、今日も一日頑張ろう」

 そう言い交しながら、二匹の狛犬は各々本堂の前に並ぶ自分達の持ち場についた。

「先輩、あれ誰ですか?」
「さぁ、誰だろうな。別に誰でもいいだろう」
「ねぇ、追いかけません?何かあるかもしれませんよ」
「行くならお前ひとりで行ってくれ。俺はめんどくさがり屋なんでね」
「そこを何とか。僕方向音痴なんですよ」
「全く、仕方ないな。久しぶりの朝の散歩も悪くはないか。『早起きは三本の毛』と言うからな」
「それ、どういう意味ですか?」
「早起きをすると、その日落ちる毛の量が三本減るという、誰かの言葉・・・のはず。俺が覚え間違・・・」
「へぇ、なんだかご利益が薄いですが、いいじゃないですか。行きましょう!」

 会話を終えた二匹の烏が電線を飛び立ち、鳥居を潜り神社を出た少女を追いかけて、南に見える町に向かった。

「先輩、おいらそんなに長くは飛んでられないですよ。もう疲れています」
「全く、お前には脳みそってもんがねぇのか。休みながら飛べばいいだけだろ。あっ、でもあの子が電線も家もない場所を通ったら、俺たちは歩きながら彼女を追いかけないといけないなぁ」
「いやいや、電線の無い所に今時家なんて無いですよ。逆に、電線のある所には必ず人がいるんです。だから、その心配はいりません」
「そ、そんなことは分かっている。試したんだよ、おまえを」
「流石先輩。一先ず彼女を追いかけますか」
「そうだな(俺がリーダーのはずなのに、何だこの劣等感は)」

 あるところに、名を「七坂神社」という一つの神社があった。その神社は、かつては信仰心の厚い地元の人々の憩い場であり、盛大な祭りの開催地でもあった。しかし、今や町の衰退と共に、風化の一途を辿るばかりとなってしまい、今ではお願いをしに来る人なんざ、すっかりいなくなってしまった・・・

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