ココナッツアイスにハマった話と団地のおばさん


今バズりにバズってるカルディのココナッツアイス。買いに行くのが面倒なので、簡単なレシピを調べて自分で作ってみた。

そしたらまぁ衝撃的なうまさで電撃が走った。

元々甘い物は苦手だけど、ココナッツの甘ったるい香りは好きで、香りの選択肢にあったら必ず選ぶぐらいだった。
しかし、口から脳に直撃するのがこんなに気持ち良かったとは。

不安になる量を入れた砂糖は、強めに加えた塩のお陰で甘すぎず、かといってあまじょっぱくはならずいい塩梅で、香りの立役者になっている。

コーンスターチのお陰でねっとりとしたリッチな食感になっていて、引き換えにわずかな粉っぽさを感じるも、逆にそれが芋系のスイーツのような重量感を足していて、濃厚な香りとマッチしている。

味わいと香りはしっかり、でも甘さはシャープ。口溶けは軽やかでスッといなくなるから、もう一口とスプーンが勝手に動く。
一口一口、飽きずに、鮮烈に、爽やかに、パクパク食べてしまう。あぁ、太る...でも幸せ。

美味しい美味しいとアイスを掘っていたら、ふと、団地暮らしの子供の頃、同じ棟に住んでいたおばさんを思い出した。

おばさんは軽度の身体障害を抱えながら子育てをする専業主婦だった。

紅茶花伝(沖縄ではメジャーだけど全国区だとそうでもないらしいですね)のレモンティーが好きで、見かける時は結構な確率で500ml缶を手にしていたし、空き缶の収集日にはレモンティーの缶でパンパンの大きいゴミ袋が必ず一つは出ていて「おはよう、今日もレモンティーあるね笑」と、住民同士の挨拶に使われる事もあった。

おばさんとあまり沢山お喋りはしなかったけれど、大学時代の成績が良かった事や、働いていた時には障害をものともせずワープロを使いこなしていた事を、やたらと話題にしていたのが印象に残っている。
「本当はこうじゃなかったはず」という虚しさや狭苦しい想いを、おばさんが抱えていたのだとしたら、古くてボロくて窮屈な団地暮らしを、あのレモンティーで日々乗り越えてたのかもしれない。

外に出れば「手料理は道楽」と思える程美味しいもので溢れているし、「そこそこいける」ものも大量にある。

疲れてる時なんかはヘタに冒険してハズレを引くより、確実な70点の方が安心する。
食べるものを考えるのすらダルい時もある。

手料理をするやる気があっても、レシピサイトは某投稿系闇鍋だったり、バズりに重きを置いていて安全面が怪しかったり、美味しいものを作る為に本来必要じゃない精査力が試される。
だるーい。

そんな"食"が混沌としてる世の中で、「毎日買えて、作れて、食べられて、自分を癒し、元気付けてくれるドンピシャな食べ物」に出会える確率ってなかなか低いんじゃないだろうか。

それこそ心から気が合う友達や、パートナーに出会うのと同じぐらい難しくて、幸運な事だと考えている。

あの団地のおばさんにとって、その癒しが紅茶花伝のレモンティーだったんだろう。
そして私にとっては、たぶんそれがココナッツアイス。

きっと一生作って食べる、季節関係なく。
それぐらい味覚のツボにハマったし、落ち込んだ時はタッパーを抱えて貪り食えば、なんだかいけそうな気がする。そんな謎の勇気すら湧いてくる。あと死ぬ前にも食べたがると思う。

キマる材料とか入れてないのに、元々甘いものが苦手な人間にここまで思わせる、すごい食べ物だ。

そんなすごい食べ物にフィーチャーして、存在を知らせてくれたカルディに感謝したい。
ありがとうカルディ。
恩返しじゃないけど、見かけたらちゃんと買って食べます。

まぁでも、今から行っても売り切れてるんだろうな...


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