ラブホの正社員13日目

中国人の若い男が新入社員として入社した。僕の経験上、中国人はよく働く。新入社員の出勤前に他のスタッフが10日で辞めると予想して1000円を賭ける中、僕は1万円を辞めないに賭けた。僕の給料は手取りで16万ほどしかなかったからそれなりに大きな賭けだった。珍しくムキになって張ったギャンブルに胃を痛めていると、社長が新入社員を連れて入ってきた。

彼は名前を楊君といった。僕と同い年の22歳で身長が180センチ以上あるイケメン、日本語は日常会話をするにも少し不自由な感じだ。僕はこの時点で辞めないに賭けた1万円を尻目に一抹の不安を覚えていた。きまってイケメンは仕事が長続きしない。今まで何人もの新人が入社と音信不通を繰り返し、その速さを競ってきた。最速は半日、その時の彼もイケメンだったのは記憶に新しい。頭の中で螺旋を描く心配と憂鬱をよそに始まっていた楊君の自己紹介が生む空気の振動は僕の鼓膜に届いて三半規管を揺らすことなく、右から左へ通過していった。

その午前中、僕は手を挙げて楊君の教育係をすることにした。できるだけ楽をさせて賭けが成立する10日後までどうにか彼を引き留めようと考えたのだ。
が、彼はそんな心配を払拭するような働きぶりを見せた。とにかく仕事が早いのだ。軽い施設案内と掃除の手順を教えただけでベッドを一人で整え、風呂を素早く拭き上げ、フロアを走り回っている。きけば彼は最近までアパ◯テルの清掃をしていたらしい。若い男には珍しい、圧倒的即戦力であった。

「そういえば白秋くん、給料って上がってる?」

楊君は休憩時間に僕に聞いた。僕も入って数週間しか経っていないからわからないとだけ答えて勤続10年のベテランに訊きにいった。

「上がるわけないじゃん!社長ケチだしね」

でも仕事は楽だしね、という締め括りまで聞いたところで楊君は静かに「来月辞めます」と言った。

休憩室が凍りつく。新人がバックれることはあってもこうして堂々辞めると宣言されることは一度もなかった。しかも今日は勤務初日である。凍りついた休憩室で楊君は更に続ける。

「給料が上がらない会社はダメです、中国語では垃圾と言います」

そう吐き捨ててそそくさと次の清掃に向かっていった。あとで教えてもらったが「垃圾」は日本語でゴミという意味らしい。

そのちょうど1ヶ月後、楊君は「白秋くん、一緒に辞めよう」と言い残して辞めていった。僕にはこの日記があるから辞めることはできないが、彼の成功を願いたい。

これを読んでいるあなたの会社は垃圾ではないだろうか。仕事は順調だろうか。血まみれの風呂を洗い、ベッドシーツを階下に投げ捨てながらみなさんの幸福と明るい未来を祈っている。

甘いもの食べさせてもらってます!