お題「袋小路」「群青」「歌声」

///なんだか珍しいものができた気がする。悲しいわけでも、嬉しいわけでもない。甘いSSを書いてないので少し珍しいと自分で思っている所。


ざく、ざくと音を立てて俺は歩いている。群青に光る海は、とても綺麗なものだ。ただ意味もなく散歩をしているが、そういう時間もたまにはいいものだと俺は思わされている。
作業をしていたのだが、余りに進捗が生まれなかった。だからこそ息抜きにこうして外に出ているのだが、やっぱり海に出てきてよかったなと思わされる。海は広く、進捗が生まれないなんていう悩みはちっぽけに見えるから。
ただ無心で、どうすればうまくいくかを考えながら歩いていると、少し声が聞こえた気がした。耳を澄ますために止まる。すると、波のざぁざぁとした音と共に、かすかな声が聞こえた。なんの声かまではわからない。ただ、綺麗な声だと思った。前の方から聞こえるから、進んだ先に恐らくその声の主がいるのだろう。少しだけ気になった俺は、また歩き出した。
一歩、また一歩と進んでいくたびに強くなる声。さっきの地点から50歩ぐらいは歩いたのだろう。そしたら、その声が歌声だと認識できた。歌ってるのはアカペラの曲っぽい。歌詞まではわからないから、またもう少し近づいてみることにした。

「And I know just where to touch you...」

・・・これ、確か大分古くなかったか?と俺は思いだしていく。邦題はたしか、「なぎさの誓い」だったかな・・・と記憶をたどるように思い出していった。確かに海に合ってるかも知れないけど、タイトル的に。
そうして歌詞までちゃんと分かる距離まで近づくと、海風にロングヘアをなびかせ、白いワンピースと麦わら帽をかぶった女性が一人、海に向かって歌っていた。
綺麗だと思った。絵画の一枚として描かれていてもいいぐらいに。少なくとも、俺はこの絵画を買うだろう。それほどに、魅力が詰まっていた。

足音と波の音。そして歌詞が重なって、暑いはずの空気は爽やかな物となっていた。俺の足取りは軽く、いつの間にかその女性の近くまで来ていた。

そうして最後のフレーズを歌い終わった後、俺は静かに拍手を送った。すると、女性は振り返って恥ずかしそうに頬を染めた。

「聞かれてたんですね」
「ああ、ごめん。余りに魅力的な声で」
「ありがとうございます。ここはいいですね」
「ああ、この場所ね。誰も来やしないし、歩いていて自分がちっぽけなものだと再認識させられるよ」
「確かに。そんなに苦笑いをしながら言わなくてもいいとは思いますけどね」
「そうかな?まあでも、そういうことだ」
「・・・貴方は、少し迷ってるみたいですね?まるで袋小路に迷い込んだように」
「そうだね。実際そうだ」
「何も聞かないんですね。どうしてそんな事がわかる、とか」
「そりゃあそうだよ。なんだか、君には見透かされそうな感じがしてね」
「買いかぶりすぎですよ」
「さてな」

ざぁ、と波が打つ。そして、彼女は口を開いた。

「私は、人じゃないんですよ」
「ん」
「人じゃないんです。事実でしかない」
「ほう」
「驚かないんですね」
「ああ、俺は小説家だからね」
「・・・それと何が関係が?」
「小説家ってのは、色んな可能性を考えるもんだ。転生とかね」
「はあ」
「例えば君が人じゃなかったとして、それになんの意味があるのだろうか?ってこと」
「どういうことですか?」
「簡単だよ。人じゃなかったとしても、今ここに”君”は存在してる。違うか?」
「違わないですね」
「ならそれでいいじゃん」
「はあ」

わけがわからない、っていう顔をしている。実際俺も言ってて暴論ではあるとは思うが、そのとおりなのだから。

「俺が予測するに、きっと君は妖精さんなんだろう」
「へ?」
「道に迷った俺を、正しい道に戻す妖精さん。ありえないかも知れないが、人じゃないって言うならそういうことなんだろうね」
「貴方って結構、ロマンチストなんですね」
「そうじゃなきゃこんな事してないさ。んで?実際どう?」
「正解です、って言えばいいんでしょうかね」
「こりゃ驚いた」
「自分で言っておいて何なんですか、それ」
「さてね。まあでも、それなら俺はとても嬉しいな」
「どうしてです?」
「まだ俺は紡ぎ手になれるんだから」
「そういうものですか」
「うん。紡ぎ手になれないときが、一番きつくてさ。止まりたくないんだ、俺は。いいや、止まってはいけない。彼女のためにも」
「・・・」
「ああごめん。でも、そうなんだ。俺が続けてるのは、彼女のため。彼女が残した、物語を完結させるためだ」
「いいことですね」
「そう思うかい?人には馬鹿にされ、売れることもないんだ。なのに、俺は諦めずこうしてる」
「ええ」
「・・・彼女は、笑ってくれるだろうか?」
「笑ってくれますよ。笑ってくれると思う、じゃなくて」
「そうか。それなら、いいんだ」
「はい」

砂浜に座っていた俺は立ち上がる。

「そろそろ、俺は行くよ」
「ええ。貴方の道に祝福があらんことを」
「さてね。・・・なあ」
「はい?」
「彼女に、ありがとうって言っておいてよ。知り合いみたいだし」
「ええ。大丈夫です。波の音と共に伝わってますよ」
「そうか。じゃ、またいつか」
「はい」

そうしてまた、俺は歩き出した。振り返っても、彼女はもう居ない。波にさらわれたように、なにもない。ただ不思議と、心は満たされていた。

「さて、また始めるか。袋小路に穴開ければいいだけだしね。行き止まりなんてない」