SS-2020-05-01

らびびの場合:他の誰も知らない秘密の場所でふたりきりのお花見をして、いつのまにかふたりで眠ってしまいました。

「わあ、ここに来るのも久しぶりだね・・・!」
「ああ」
「本当、いつぶりだったかな?」
「多分5年、いやそれ以上か?それぐらい前のはず」
「そんなに経つっけ?・・・でもここは、変わらないなあ」
「だからこそ秘密の場所、なんだろうな」
「そうだね」

横にいる彼女は笑う。懐かしむように、今の光景を焼き付けるように。
俺も一緒に笑う。いつか約束したときのように、これからを焼き付けるように。

「ねえ、私達って大人になったらどうしてるかな?」

授業が終わった放課後。彼女は俺に聞いてきた。
彼女の名前は凛。俺の幼馴染で、こうやってよく話す間柄だ。腰辺りまで伸びた髪と顔は落ち着いた女性をイメージさせるが、当の本人は割と元気いっぱいなやつだ。曰く、
「なんで髪伸ばしてるだけで落ち着いてる人に見られるかなあ」
だそうだ。黙ってなくても美少女だが、イメージ的に言えば黙っていたほうが美少女なんだろう。まあ、そんなことを気にするような俺らじゃない。もう10年以上も同じ所にいるんだ、嫌だって慣れるものだ。
で、そんな彼女は俺に真剣な表情で問いかけてきた。「大人になったら」、と。あいにく俺にはそれに対しての回答を持ち合わせていない。明日、なんなら1分先の事すらわからない現実を予測しようなんて、手に余る。

「わからん」
「わからん、って。なんかほら、ないの?一緒にこうやっているとか、違う道に行ってるかもとか」
「わからんものはわからん。だって1分先すらわからないんだぞ?」
「あー。確かにそうかも」
「だろ?なら俺らが出来ることってのは生きることだけなんじゃないかね。どうしてる、じゃなく「どうしたい」かだと思うんだ」
「どうしたい、か。私のしたいことは何かなあ」

思案顔の彼女を照らすように夕日が差す。その光景だけを見れば、絵になることだろう。

「わかった!」
「ん」
「多分、零とこうやって一緒に居たいんだ!」
「はあ」

零とは、俺の名前のことである。小説に描いたようなイケメンではなく、まあある程度整ってる程度。文武両道でもなく、至って普通。強いて言うなら、少しだけ格闘技が出来るか程度の奴。それが俺だ。だからもちろん、別にクラス内のカーストが高いわけでも低いわけでもない。普通、普遍、一般。そんな言葉が並ぶような評価を貰っていることだろう、きっと。
要するに、そんな俺とずっとにいると宣言したこのお嬢様は、一体どんな思考回路をしているのだろうか?・・・どう見たって、釣り合うわけがない。

「それはないだろ」
「ない?なんで?」
「だって俺だって、きっと将来はどこかに行く。ずっと一緒に居られるとは思わん」
「えー?でも、私がしたいこと何でしょ?」
「まあ、そうだが」
「ならそれでいいじゃん!私のしたいことはこう!で」
「あのなあ」
「なによ」

口を尖らせる彼女。「私、不満です!」っていう感情がよく伝わってくる。昔からの癖で、俺と一緒の時はこんな感じで感情表現を良くしてくれる。

「どう考えたって、釣り合わないだろ」
「・・・それを決めるのは零じゃないよ」
「それはまあ、まあ」
「実際そうでしょ?だって私の願望でしかないんだから」
「そうだけど、なんで俺なんだよ」
「なんで?・・・今、なんでって言った?」
「え」

彼女の表情を見た俺は、地雷を踏んだのだと確信する。すぐに謝ろうとして、

「なーんてね」
「は?」
「もう、零ったらビビリすぎー・・・って、言いたいんだけど。ねえ、零」
「?」

「もしも、私が零のことを「一人の男性」として好きだって言ったら、どうする?」

余りに唐突。その言葉に俺は完璧にフリーズした。何秒?何分かもしれない。時間が経って、その沈黙を破るように彼女は口を開いた。

「ねえ、零。あそこ行かない?」
「あそこ?」
「桜が見れる、あの基地」

彼女の提案を飲んで場所を移動することにした俺らは、昔良く遊んだ秘密基地に来た。割ときっかりと秘密基地になっていて、実はまだ誰にも見つかっていない。ついて開口一番に彼女は言った。

「変わらないね」
「ああ」
「ずっとおっきな桜の木が、ここにあるよね」
「そうだな」
「私ね、ここで遊んだ時のことまだちゃんと覚えてるんだ」
「・・・俺はあんまり覚えてないな」
「だよね」

彼女はあっけらかんと笑う。別に気にしてないと言わんばかりに。

「その時ね、私は零と約束したの。覚えてる?」
「・・・約束?」
「あー!忘れたんだ」
「っ・・・すまん」
「もう・・・じゃあ、もう一回だけ言うね」

彼女は振り返る。俺を見据えて、

「おっきくなったら、お嫁さんにしてくれるって。それで、ここでプロポーズするよって。零、言ったよね」

「・・・ああ。確かに、言ったわ」

思い出す。いつかしら、正確な日時までは忘れたが、ここでおままごとをしていた時のことだった気がする。

「だよね。じゃあさ、零」

彼女は一呼吸おいて、俺に問いかける。

「私をお嫁さんにしてくれますか?」

「・・・そうだな。なあ、凛」

「なに?」

「今度、またここに来よう。そんでプロポーズさせてくれ。・・・今はまだ、プロポーズはできない。だから、彼氏と彼女って形になれないか?」

「へたれ」

「いいんだよ、ヘタレで。・・・それぐらい、凛のことを大事にしたいと思ってるから」

そういった途端、抱きついてくる彼女。俺はその温もりを確かめるかのように抱き返していた―


「・・・ってことでさ」
「ん―?」
「はい、これ」
「・・・えー?なにそれ。もっとこう、ときめくセリフとかないの?」

ケラケラと笑う彼女。でも、少しだけ涙目だ。それを指摘するのも野暮だし、俺は受け流すことにした。

「じゃあ、そうだな。凛、俺のお嫁さんになってくれ」
「はい・・・本当、さっぱりだね?」
「これぐらいが、俺ららしいだろ」
「確かに」

それから少しして、俺らは秘密基地の中にいる。

「ねえ、本当面白いと思わない?」
「何がだ?」
「こうしてちゃんと約束を守ってくれる零もそうだけど、結局一緒にいる事になった未来が」
「まあな。やっぱり結局、したいことだったんだろうな。俺も」
「にへへ」
「正直、あの後からはほぼ婚約してたのと変わらないし、今更っちゃ今更なんだけど」
「まあね。でも、約束は約束じゃない?」
「そうだな」

彼女と二人、桜を見る。

「桜ってさ、私好きなんだよね」
「ん」
「綺麗だし、見てて癒やされるし。それに」
「それに?」
「こうして零と出会えたから」
「・・・そうか」

俺の肩により掛かる彼女。俺はそれを止めることはせず、彼女の頭を撫でた。撫でていると、しばらくして彼女は俺に身を預けて眠ってしまった。そんな彼女を見ていると俺も眠くなってくる。

「おやすみ」

そう言って、横の温もりを大切にするように目を閉じた。