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汽車

人生で初めて 大きなものに背いてみた
とある平日、夕方、私は、学校の帰宅組とともに駅へと向かう。
今日は蒸し暑い、もう夕方も4時を過ぎたっていうのに、さすが夏だなあ。
辺りは一緒に帰っている人たちが喋り合う音でいっぱいだ、まるでそのBGMをするかのように
ミーンミーン
とか
ジリジリジリ
という虫の声が聴こえる。
あぁ、うるさい。
学校から駅までは割かし近い、大体、道を4回曲がったくらい。
斜めから照りつける太陽を拒否するように、自分の影が映る道路だけを見つめて、歩く。
しばらくすると、駅がみえてきた。赤茶色の瓦屋根の小さな小さな無人駅、中にあるのは、時刻表と、15人ほどが座れるくらいの椅子と、自動券売機。それと出入口の両側に、緑の公衆電話と赤い自販機があるだけ。
いつもこの駅を使う時は思わないけれど、改めて良く見てみると、田舎っぽいなぁって思う。ぽいというより、本当に田舎なのだけれど。
汽車が来るまでもう少し、お知らせのアナウンスが流れる。
しゃべくる人達と少し距離を置いて、駅のホームに立つ。こんな気持ちでここに立つのは初めてだ。やがて、
ガタンガタン
と大きな音を立てて汽車がやってくる。平日の朝夕は二車両でやってくる汽車だけど、休日とか、あまり人が使わない平日の昼間は一車両でやってくる。銀色の長方形の形をしていて、青い横線が引いてある車両の上に電線は付いていない。
そんな汽車に、乗り込む。
座れる場所があったのでそこに座って一息つく。カバンからおもむろにスマホとヘッドホンを取り出し、ヘッドホンを耳につけて、スマホを少しいじって、音楽を流す。
音楽を聴いている間だけは、嫌なことも後ろめたいことも何もかも忘れて自由になれる。良い時間。
丁度いい光の温度と、汽車の振動が心地よくて、つい眠りそうになってしまう。
突然、音楽とは別に、
プルルルル
と音が鳴る。あぁ これは、電話がかかってきた音だ。
誰から電話がかかってきたのかが一瞬で分かってしまって少しでるのに躊躇う。
出たくない。この電話に出たら、せっかく忘れかけていた嫌なことを思い出してしまう。そう思いながらも、予想以上に長く鳴り続ける着信音に耐えきれずに、電話に出た。
もしもし。
私がそう言うのより先に、
今ドコにいるの!?
という心配と怒りと焦りとが入り交じったような声が聞こえてきた。
汽車
と小さくつぶやくと、溜め息のあとに
先生、怒ってるよ
と呆れたようにその声は私に言った。
そう、私は、部活をサボって帰っているのだ。3年2組、26番、バレー部所属。
県大会を準優勝で勝ち抜き、地方大会優勝に向け、励んでいる。そんな部活の最中に、私は部活をサボってしまったのだ
どうするの?
先生、もうアイツは部活には出んでいい!って随分とご立腹だけど、
大丈夫なの?
大丈夫なわけがない。って、サボってきた私がいうセリフじゃない。だったら最初からサボるなって感じだ。
わかんない
でも明日からはちゃんと出るから
と二言だけ言って強引に電話を切る。いいじゃない。私今まで沢山頑張ってきたんだし、今日くらい、いいじゃない。
今日…くらい。
気付くと目から涙が溢れていた。
それを周囲の人に見られないようにとっさに車窓の方を向く。そこから見える光に照らされる木や川は、とても綺麗だった。なんでだろう、いつもはこんな事、気付かないのに。

#短編小説 #夏

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