「箱入りの声・序章」1
いつからか。
成代(なりしろ)大学の生協に、奇妙な目安箱ができた。
『お悩みボックス』なんて、大学におくには少しファンシーなデザインの箱だ。
アンケート冊子みたいなものが、横に添えられている。
てっきり許可をとっているものと思ったら、度々撤去されて場所が変わるので勝手にやっているらしい。
箱は定期的に回収され、隙を見て再設置される。
メンバーは3人で、噂になっている。
楽器を背負った、美人さん。
快活そうな、背の小さい子。
ヘッドフォンを首にかけた、気だるげな男。
どんなものかな、と興味でアンケート冊子を見ると、心理学の分析テストみたいな項目が何個か続いたあと、1ページが大きなフリースペースになっている。
ゼミの実験かなにかだろうかと思ったら、任意で連絡先とペンネームを書く欄もある。
実験なら、性別とか大まかな分類だけで良いだろう。
で、一番最後に、どん引く。
「気軽にご回答ください。私たちは『自殺相談所』です」
※※※
「いや、これで来るやつやべーだろ、おねーさん」
サギくんは私にまだメロメロじゃない。
後から考えると貴重なツン期だ。
入部して一ヶ月ほどした頃、私の提案で目安箱を作った。
質問項目は、知り合いのツテでちゃんとした心理の人に見てもらってるから、自信がある。
『懐かしいし、可愛いから協力してあげる』なんて、笑ってた。後から写真をみたけど、綺麗な人だった。
さすがに、活動団体の名は言えなかった。
『やっぱり、キミには人をたらしこむだけのブレインがいたんだね』
『いや、カイさんの紹介だよ。あと悠里さん、俺になら何言っても良いと思ってない?』
なんて。
「だいたい、お悩みボックスってなんだよ。箱が悩んでるみたいじゃねーか」
「キリも突っ込み、ずれてるよー」
ヘラヘラとカヨちゃんが笑う。
部活に限らず、行事や団体の運営というものに私は縁のない人間だった。
こんなに積極的に関わるなんて、もってのほか。
でも死にたくなる人の気持ちなら、少しだけ分かる気がするし。
何より、キリと何かを作り上げるとか、最高じゃん。
サギくんが私の視線に気づく。
「おねーさん。なにみてんの」
「サギくんをみてる」
「…おい、カヨ。マジでなにか変なクスリ盛ってねーだろうな」
「照れんなよー、部長」
「てれんなよー」悪ノリしてみる。
サギくんはぷいと横を向く。
その姿を愛でつつ、今日の分のお便りを開く。
…まあ、後からわかった通り。
本当に、ちょっと盛られてたんだけど。
「姫センパイ、大好きです」
カヨちゃんが、大笑いしていた。
なにか変なこと、しただろうか。
て言うか、この子。
吹っ切ってるにしても、兄をなくしたにしてはそういう影が全く見えない。
サギくんには、そういう人特有の絶望を感じるのに。なんだろ、この違和感。
まあいいか、可愛いし。
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