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読書振り返り・11月編(心が死んだ)

さあ、振り返りたくない11月。私は辛い。

11月

振り返るだけで精神的に病みそうなラインナップですが、頑張りましょう。

■智恵子抄/高村光太郎
→きっっっっつい。
高村光太郎の妻、智恵子が、体を病み、心を病み、そして亡くなり、その後、までを詠んだ詩集。

僕はあなたをおもふたびに
一ばんぢかに永遠を感じる
僕があり あなたがある
自分はこれに尽きてゐる
(中略)
すべての差別見は僕等の間に価値を失ふ
僕等にとつては凡てが絶対だ
そこには世にいふ男女の戦がない
信仰と敬虔と恋愛と自由とがある
(中略)
あなたは火だ
あなたは僕に古くなればなるほど新しさを感じさせる

『僕等』より

めちゃくちゃ部分部分の抜き出しですが、どれほどに『智恵子』の存在を重く受け止めているか、これだけでもわかるってものです。ああ、愛に燃えているな、と思います。けれど、その愛は時に智恵子を縛り、智恵子の性根には合わない都会での生活は徐々に彼女を蝕んでいきます。

がらんとした家に待つのは智恵子、粘土、及び木片、
ふところの鯛焼はまだほのかに熱い、つぶれる。

『美の監禁に手渡す者』より

足もとから鳥がたつ
自分の妻が狂気する
自分の着物がぼろになる
照尺距離三千メートル
ああこの鉄砲は長すぎる

『人生遠視』より

この辺から、どうにも、おそろしい何かが背後からのしかかって来るように息苦しくなります。

群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。

『千鳥と遊ぶ智恵子』より

智恵子はくるしみの重さを今はすてて、
限りない荒漠の美意識圏にさまよひ出た。

わたしをよぶ声をしきりにきくが、
智恵子はもう人間界の切符を持たない。

『値ひがたき智恵子』より

この辺で、もはや「あ……」とならざるを得ないでしょう。
そして、

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

『レモン哀歌』より

う……っ辛い……。
こんなにも辛いのに、詩である以上文章はテンポよく軽快で、いかにもすっと読んでしまう。読んでから、『……え?』となって戻ってもう一度読み、そうすると情景が浮かんでしまう。
少し感傷に浸りたい時、いっそどん底まで気分を落としてしまいたいとき、智恵子抄をお供にしてはどうでしょうか。

■帰らざる夏/加賀乙彦
→で、これ。こっちがさらに落ち込む。
Xの同性愛文学の有識者である相互さんから『同性愛要素のある小説』とだけ聞いて読み始めて私。確かにある。結構ある。具体的な描写は避けてあってもめちゃくちゃに官能的なシーンもある。
……が。
『第二次世界大戦中、軍人を目指して幼年学校に入学した少年』が主人公なのだから、きつめの描写は多い。しかも訓練とかも本当にリアル。(先に言っておきますが主人公の家族達はちゃんと生き残りますのでそういう意味では安心して読めます。家族達はね)
特に父親からの手紙という体で書かれる「空襲」の描写がすごい。長崎人ですので原爆関連は写真も映像も被爆者の語りももう何十年と見たり聞いたりしてきましたが(小学1年生の平和学習で見た映画があまりにトラウマで(広島で少女が亡くなる話だったと思います)、2年生の時の8月9日の登校日はお腹を壊していけなかったレベル。2年生の時の映画は『かわいそうなぞう』だったようです)、案外「空襲」というのはあまり想像できていなかったようです。
読んでみると……もうとんでもない……とんでもない……。
この主人公の「父」は『そのうち日本は負けるかもしれない』と思っていて、まだ10代の主人公に「負けてもお前には未来があるから、そのあとどう生きるかが大事だよ」と語っていました。正直、今まで見てきた戦争ものの感覚、現代の感覚からすると『負けようが、戦争なんて終わる方がいいに違いない』ですので、父親のこの話は「だよね」なんですが……。
主人公は違いました。だって、軍人になって戦うために幼年学校に入り、見知った先輩達も既に亡くなってるんです。自分はなんのために厳しい訓練を耐えてきたんだ?彼らはなんのために散ったんだ?となるわけです。
だから、『負けました。もう戦わなくていいですよ』と言われて、そうですか、とはならないのです。しかもあくまで『学生』で戦場に出たことは1度もなく、『戦犯』として罰せられるような立場でもありません。いきなり『普通の子供』に戻れと言われても……という感じで、本作、500ページ越えの長編で、上述したとおり戦争描写にもかなりの文字数を使っているのですが、本題はラストの『玉音放送』後なんじゃないかと思います。

「負けたなんて嘘だ。敵や大臣達の策略に違いない」「仮に負けたのなら国民に申し訳が立たないため、陛下は自害するに違いない。ならば自分も後を追って死にたい」
そう考える主人公のもとに、かつて身体を通わせた尊敬する先輩がやってきて……。
戦争は終わったのに、「よかったね」とはならない。そんな作品です。

あ、ちなみに同性愛描写も本当にとても素晴らしいです。ラストに主人公の元へやって来る先輩との、最初のあれこれのところをちょっと抜き出しておきます。

源は省治の横に肱枕をつき微笑んだ。頻繁に照ったり翳ったりしていた太陽がその時輝き出し源の笑顔から影の部分を削り取った。省治は自分がいま相手の前にくまなく全身を晒していることを思ったが、それが少しも羞恥の念を誘わなかった。
(中略)
いつの間にか開いた唇から自分のとも思えぬ熱い息が洩れ、次の瞬間息を塞ぐ柔かなものがあった。相手の唇が吸い付いており、彼は完全な蛹に変身した。

『帰らざる夏』より

何人かの男性と主人公くんはいい感じになりますが、源さんがね……いつもタイミングよくてね……出てくる度『源さん死亡フラグか!?』ってなるんですねえ……。うん。死亡フラグどころじゃないんですね。ラストまで絶対読んでくださいね。

さて。

12月、今日中に終わるのかが問題。

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