第64回 J・ジョイス映像作品その2『ノラ 或る小説家の妻』(4)
ある日、街のカフェテラスで誰かとお茶をしてるジョイス。
最初この誰かが誰なのかわからなかった。
トリエステ時代のジョイスの上司、学校経営者のアルティフォーニさんかと思ったら、どうやら違うみたい。
名前も示されないし、物語も中盤になった頃ようやくわかる、「プレチオーゾさん」。
『ジョイス伝』をペラペラ読み進める。
新聞編集者のロベルト・プレチオーゾだった。
「君の原稿読んだよ。『ダブリンの市民』。いいねぇ。ダブリンの人たちの悲喜交々が繊細に描かれている。特にいいのは『アラビー』だ。でも少年は最後夢に打ち砕かれ…」
「悲観的だと?」
「そう。もっといいこともあるよ、人生には。ノーラはどうだい?」
「ううん」
『アラビー』とはジェイムズ・ジョイス著『ダブリン市民』に収められている短編小説。
あらすじは、ある少年が年上の女性に恋心を抱いているのだが…、云々。とても短い作品で、内容を咀嚼する前に終わっちゃう。
これは、ジョイスの子供の頃の、いわゆる「恋話」が元ではないか?
何故なら、これを示すことでノーラの「恋話」と対にさせる構成では?
ある夜、ジョイス夫妻は友人たちととある居酒屋で夕食をとっている。メンバーはまず、先ほど登場済みのプレチオーゾ。それからジョイスの職場の同僚イネス、同じく同僚アレサンドロ・フランチィーニとその妻ブルーニ。あとおばさん、大家かな?
みんなイタリア語で会話してる。ノーラはさっぱり。一人ぽつん、面白くない。
すると、それを察してかフランチィーニの妻ブルーニが
「あなたのお国のこと教えて」英語で話かけてくる。
「そうねぇ、国じゃこういう時、とっくにダンスタイムよ。ここはなんだか湿っぽいわ」
フランチィーニ夫妻は、ジョイスたちの親友になる。共に国から亡命して来た若カップルとして、共鳴するところがあった。
ジョイスは傍に置いてあったギターを手にすると、それを爪弾き出す。
ノーラは、それに応えるかのように、隣へ行き歌い出す。
ここで演奏されるのは、アイルランドに古くから伝わる民謡、
”The Lass Of Aughrim” 邦題『オーリムの乙女』。
”そこの美しい娘さん、あなたはオーリムの人?
どうかあなたと僕の思い出になるものをください
(娘の方になる)あの日
私たちお互いの指輪を交換した
私はあまり気乗りはしなかった
だって私は金の指輪、あなたのは安い錫の…”
演者ユアン・マクレガーとスーザン・リンチのデュエットもいいだけど、曲そのものがいい。
でもなんか聞き覚えがるな、なんて思ったらなんだこの曲先日観たばっかりの『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』のオープニングとエンディング、そして主人公コンレイ夫人が過去に経験したある恋人との悲恋を思い出す重要の曲として出てくる曲でした。
そしてこの映画は『ダブリン市民』に納められている『死者たち』の映画化作品。
『ある小説家の妻』は、ジョイスが(ノーラから聞いた過去の悲恋をもとに)『死者たち』を書き上げるまでの過程がテーマ。
なんかややこしい話だが要するに、ジョイスはノーラから、過去のある悲恋を聞いて『死者たち』を書いた。その映画化が『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』ということです。
監督のパット・マーフィーさんは絶対『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』を意識してるはず。
さて、
店を出ると外は大雨。雷が「ゴロゴロガッシャーン!」
またビビるジョイス。ノーラは強引にジョイスの腕をとり土砂降りの路上へ飛び出る。
「どんなことがあってもあなたを守ってみせる!」
明くる日、ジョイス帰宅。浮かない表情。
「妊娠したのか? 大家が出て行けとさ」
「ひどい!」
またしばらくしてある晩ベッドで。
「国に帰ってもいいんだぜ」「本気?」
「僕がどれだけ犠牲にしてるか、君は解ろうとしない」
「はあ⁉︎ あなた飲んで小説書いてそれだけじゃない!」
「僕が原稿を暖炉に放り込んだら、君はなんと言ったか覚えてるか? そんなことしたら紙がもったいないと言ったんだぞ!」
しばらくしてノーラは…、
”君と横たわり 君に話そう 友情と悲しみの話を 希望と裏切りを
誰が友を信頼できるだろう
約束は灰と散り 言葉は偽りばかり
でもたった一人だけ
僕を優しく抱いてくれる”
ノーラは、ちゃんとジョイスの原稿を読んでくれていたのだ。
「元気な男の子ですよ」
そして、ノーラ、第一子ジョルジュ出産。
長男を腕に抱くジョイス。
「素晴らしい! …あれ? この子目が黒い(伏線。&詩も)」
続く。