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親知らずの抜歯

親知らずを抜いた。唾を飲み込むのも痛くて何をする気も起きずに転がっている間に親知らずを抜いた人の体験談を読み漁って慰められたので、自分も賑やかしになろうと思った。

1.抜歯まで

昆布を噛んでいたら歯が欠けて歯医者に行った。歯医者は欠けた歯はさておき右下の親知らずの虫歯がやばく、親知らずの隣の歯も虫歯にやられているからさっさと抜いたほうがいいと言った。しかし親知らずも隣の歯も痛くないし、欠けた歯が舌を傷付けそうで怖いからそっちを先にやってくれと話した。治療を始めたところ昆布で欠けた歯はそれはそれでやばく、神経を取ってセラミックか何かの被せ物をした。昆布で欠けた歯の治療が終わって、親知らずを抜きましょうということになってしぶしぶ承諾したところ、歯医者は右下の親知らずの虫歯が右上の親知らずにも広がっているので両方抜くとついでのように言った。今まで歯を抜いたことはないのに2本同時に抜くという。職場の繁忙期など鑑みて1か月後になった。抜歯の日程が決まった夜に恐怖を紛らわすために『歯医者』というプレイリストを作った。
時節柄発熱すると色々面倒で、抜歯が原因であっても出社停止になる恐れがあると相談したところ、金曜に抜歯して土日で様子見をするよう薦められたのでそのようにして、月曜も休みを取った。
経験者によるとお粥とゼリーくらいしか食えないらしい(個人差はあれど自分も痛みに強い方ではないからそれくらい覚悟すべきだろうと思った)のでレトルトのお粥とビタミンやミネラルやエネルギーが入っていると書いてあるゼリーをそれぞれ6個ずつ買っておいて、抜歯前日には最後の晩餐くらいの気持ちで唐揚げをしこたま食っておいた。

2.抜歯当日

表面麻酔というのを塗ってから上下それぞれ3回くらい麻酔の注射をされた。右下の親知らずは横を向いて生えているせいで分割しなければならないという。痛かったら手を挙げてくださいねと言われたので2回手を挙げた。1回目は追加の注射で、2回目には伝達麻酔というやつになった。おおもとの神経に打つ麻酔だという。それ以降は歯の痛みはなくなった。麻酔の効いていない左側の口の端に器具が当たるのは痛かった。
分割にあたって嫌な音がします、と予告してくれたので心構えはしたものの実際嫌な音がした。昆布で歯が欠けた時の感触を大きめにしたような感覚があった。分割するというのはつまり歯を割るということなのだなと思った。割られたり引っ張ったりされたりしているうちに抜けましたと言われたがいつ抜けたんだか分からなかった。途中で変な味がして薬品か何かかなと思っていたが、後になって考えてみると親知らずの周りの歯茎も切っているはずだし血だったんだろうなという気がする。麻酔のおかげで歯茎の方は少しも意識していなかった。
右上の親知らずは傾かずに生えていたのでペンチのようなもので挟んで3回くらいグイグイやられたかなと思っているうちに抜けましたと言われた。
右下の親知らずを抜いた部分は縫ったらしい。
止血用の脱脂綿のようなものを噛んでいる間に、抜歯後は強めのうがい・長時間の入浴・飲酒・喫煙などを避けるようにといった注意事項を聞く。誇張でなく終始震えていたので3回くらい大丈夫でしたかと聞かれた。3回目でようやく落ち着いてきて、さぞやりづらかっただろうし申し訳ないなと思いながら苦笑いをしたつもりだったが震えの名残りと麻酔のおかげでどんな表情になっていたのかわからない。あまり考えたくない。
体感は1時間程度だったが待合室に戻ると30分しか経っていなかった。麻酔が効くのを待っている時間も考えると抜歯自体は15分くらいだったのかもしれない。麻酔は2~3時間で切れるという。
帰宅して抗生物質と痛み止めを飲むために、頭を左側に傾けながらティースプーンでレトルトのお粥を半分くらい食った。残りは冷蔵庫に入れておいた。痛み止めのおかげか歯を抜いた部分は痛くはないが、唾を飲み込むと喉の右側が痛い。口がろくに開かないので歯も磨けず、うがいの代わりに水を口に含んでなるべく刺激を与えないように吐き出し、シャワーを浴びて寝る。
ろくに眠れず、午前4時頃にまた痛み止めを飲むためにまた傾きながらティースプーンで冷蔵庫の残りのお粥を食う。今まで冷蔵庫で冷やしたお粥がこれほどうまいと思ったことはなかった。唾を飲み込むと痛くなる部分をちょうどいい具合に冷やしてくれる気がした。

3.抜歯後1日目

歯医者に消毒に行く。今のところ問題ないらしい。痛み止めが糸を抜くまで持たない気がしたので追加で貰う。帰りにレトルト粥とゼリーに加えて、冷蔵庫で冷やした粥のうまさから冷たくて噛まずに食えるものがあるとよいのだろうと相模屋のとろける生とうふ4個入と安売りになっていたハーゲンダッツ(ナッツなどの固いものが含まれていなさそうなやつ)を5個買う。
帰宅して一昨年の台風の時に買っておいたレトルト粥が出てきたので食う。普段のスーパーでは見かけないもので、中華風雑炊のようなのが2つ残っていたのだった。ぎりぎり賞味期限内だったがうまかった。後にスーパーで同じ商品を探したが見当たらなかった。台風に備えた買い占めで通常の在庫が尽きていたから店頭に出ていたのか。普段から売っていてほしいと思えるほどうまく感じた。ビタミンやエナジーと書いてあるゼリーとハーゲンダッツも食っておいた。食後に抗生物質と痛み止めを飲む。
唾を飲み込むと相変わらず痛い。痛み止めの効果なのかよく眠れた。抗生物質と痛み止めを飲むために飯を食って、あとはだいたい眠るか親知らずの抜歯体験記を読むかして過ごした。夕方に突然寒気がしたが、それも眠っているうちに落ち着いた。

4.抜歯後2日目

前日と変わらずレトルト粥とゼリー、食後に抗生物質と痛み止め、あとは親知らずの抜歯体験記を読むか眠るかで過ごした。水を口に含んで吐き出すとまだ血が出る。寒気は何度かあったがいずれも眠ったら治った。歯医者で聞いた注意事項は飲酒喫煙風呂うがいを避けるというくらいだったが、抜歯体験記を読むとどうも「ストローで吸う」「麺類をすする」なども避けたほうがいいらしい。うがいも駄目なんだからまあなるべく刺激しないほうがいいんだろうなと思う。カフェインについてはどこにも書かれていなかったが勢い余って避けてしまった。
塩気が欲しくなって恐る恐る豆腐に醤油をかける。しみるかと思ったが案外平気だった。ハーゲンダッツ2個目。
抜歯した箇所に触らずに歯を磨くのが難しい。口があまり開かないため目視確認できず、勘を頼りに歯ブラシを突っ込むのも怖い。触らないのを優先しているので抜歯した箇所の手前の歯はろくに磨けていないと思う。

5.抜歯後3日目

唾を飲み込むときの痛みがやや収まってきた。この日で抗生物質は終わり、痛み止めも1回で済んだ。水を口に含んで吐き出しても血が出なくなった。右側の頬が少し腫れていたが、しばらくしたら腫れが引いていた。寒気は前日と同様に何度かあった。
まだ傾きながらティースプーンで食っている。レトルト粥をそのまま食うのに飽きてきて塩鮭をほぐして入れる。うまい。
袋麺を煮てからキッチンバサミで短くしたら啜らずに食えるのではないかと思って試した。食えるには食えたがそもそも傾いていないと食えないので難易度が高く、箸で掴もうにも麺が短くて困るし何を食っているんだか分からない感じになるので次回は啜れるようになるまで待とうと思った。
ハーゲンダッツ3個目。
抜歯時に器具が当たったりしたのか傾いて食っているせいなのか分からないが、歯を磨くと左側の歯茎から結構な血が出る。柔らかい歯ブラシを買うことにした。
夜中に一時間おきくらいに目が覚めて困った。

6.抜歯後4日目

痛み止めを呑まなくても耐えられる程度の痛みになった。朝はレトルト粥とゼリー。仕事に行くもまだ口が満足に開かず喋るのが難しい。口の中があからさまに病気の時の味がするのであまり喋りたくない。
職場で傾きながらティースプーンをやるわけにもいかないので昼はゼリーのみ。夕方に急に寒気がするも、昼がゼリーだけだったせいではないかと疑って机に置いていた菓子(ワッフルのようなもの)をやや傾きつつ慎重に無理やり食ったら回復した。
柔らかければ多少は噛めることが分かったので夜はクノールのスープパスタにした。通常より柔らかくなるのを期待して、3分と書かれているところを5分くらい待った。このパスタならティースプーンに2つ3つ乗る。丸大のチキンハンバーグも細かく割って食う。多少なりとも噛めるだけで食えるものの幅がかなり広がる。ハーゲンダッツ4個目。
何を控えているのが原因なのか分からないが帰宅しても風呂飯寝る以外のことをする気が起きない。労働については元々やりたくないがやらねばならぬと思ってやっているからか特段の影響はなかった。

7.抜歯後5日目

口が徐々に開くようになってきた。傾かなくても左側から食べ物を差し込むようにすればなんとかなる。ティースプーン卒業。朝はレトルト粥とゼリー、昼はスープパスタと薄いサンドイッチ、夜は半分に折ったスパゲッティにした。吞み込むときの痛みもほとんどなし。口の中はしばしば病気の時の味がする。
帰宅時にスープパスタと柔らかい歯ブラシを買いにドラッグストアに寄り、ついでに薄くて小さいチルドの焼売と巻き爪ケア用のシールを買った。転がっているうちに巻き爪が痛むときがあることを思い出したのだった。
薄くて小さいチルド焼売は辛うじて割らずに食えた。口が開くようになってきているのが実感できる。ハーゲンダッツ5個目。

8.抜歯後6日目

抜歯した箇所は何かが当たったら痛いだろうな、くらいの感覚が続いている。箸+ご飯(粥でない)に挑戦する。普段の調子で掴むと口に入りきらない時があるが、気を付ければなんとでもなる。朝はご飯と納豆とポーク玉子とマルチビタミンの錠剤(ゼリーの代わりにビタミンが摂れるもの)、昼はスープパスタと薄いサンドイッチ、夜は半分に折ったスパゲッティにした。
いくつかの抜歯体験記によると、抜歯後の穴に食べ物が詰まりやすくて不快だという。抜歯後の穴の掃除に「バンコ ぞうさん」という器具が適しているらしいので注文した。スチロールのり用の注入器だと書いてある。スチロールのりがどういうものなのか知らないけれども、レビューを見ると確かに親知らずを抜いた人たちに人気があるようだった。ついでに温湿度計も注文した。
折り畳み傘が壊れたので燃やさないごみ袋を出した。折角だから他にも燃やさないものを買い替えようと思い立って、底が傷だらけになった鍋と加工が剥がれて油なしでは大抵のものがくっつくようになってしまったフライパンを新調した。 
沸かない気力を物欲で解決しようとしているのかもしれない。

9.抜歯後7日目

一週間経ったしいけるんじゃないのかと飲酒喫煙カフェインを解禁した。喫煙に関しては検索しても大体「これを機に辞めましょう」と書いてあるばかりなので検索を諦めた。何かが当たったら痛いだろうな、程度の感覚は続いているが日常に戻りつつある。

10.抜歯後8日目

右下の縫われた部分の糸を抜いた。糸を抜くと歯を抜いた個所の違和感も消えてくるという。右上はほとんど塞がっているとのことだった。1か月後くらいに経過を見ましょうということになった。

11.その他の感想

<買っておいてよかったもの>
・レトルト粥、ゼリー、豆腐:必須だった
・ハーゲンダッツ:優れた気晴らし
・スープパスタ:咀嚼の再開に向けて
・チキンハンバーグ:口が開かない&噛めない、でも肉が食いたい時に助かる

<買っておけばよかったかもしれないと後から思ったもの>
・高級な雑炊:オーソドックスなレトルト粥(玉子、梅、鮭)だけだと3日で飽きる。300円くらいの普段買わないようなものがあれば楽しいかもしれない。
・離乳食的なもの:折角だから色々試してみればよかった。

<やめたほうがよかったもの>
・キッチンバサミで細かくした袋麵:麺が細かくなりすぎて逃げる。焼きそばならまだマシだったかもしれない。

12.追記:抜歯後14日目

糸を抜いて3日後くらいには違和感も消えて元通りの食事ができるようになった。傷口も落ち着いただろうしそろそろ使っても大丈夫だろうと「バンコ ぞうさん」にぬるま湯を入れて抜歯した箇所の穴にピューとやってみたら食べかすが3つも4つも出てきて驚いた。確かに元は歯が埋まっていたのだから米粒大のものだって5つは軽く埋まるような穴が空いているのだろうけれども、「入口を塞ぐ」ような詰まり方をする気がしていたので「これほど押し込まれていたとは」という驚きがあった。特に胡麻や海苔を食った後には掃除用品の宣伝の「排水溝の汚れがごっそり取れる!」を思い出す勢いで出てくる。これを買っておかなければ抜歯後の穴に食べかすが詰まることに気付いて初めて「親知らず 穴 つまようじ以外」などで検索して2時間は潰していただろうから、抜歯体験記を書いて公開してくれていた先人たちに感謝した。
それから毎日ピューとやっている。