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bandman
Vチューバーである桜心音はスマホの中で少しずつ話し始めた。
「あたしはずっとバンドがしたかった。中学の頃から毎日家で歌っていた。でも、誰にも披露することもなく、誰とも友達になることもなく、中学生活は終わった。高校に入ると周りでバンドを組む人たちも出てきた。でもあたしは誰とも話さず、ひたすら家でイヤホンをしながら歌い、ヒトカラをしながら歌を磨いた。ほんとは誰かに声をかけてほしかった。バンドやろうよって声をかけてもらいたかった。あたしの居場所はここじゃないってずっと思ってた。だから東京に来た。でもバイトばかりの日々で何もなかった。ある日バイトの友達とたまたまカラオケに行った時に中学から歌っていた歌を歌った。友達はとても驚いていて、なんでプロにならないの?そう言ったっけ?でもあたしはどうやってプロになるかも、どうやってバンドを組むのかもわからなかった。そもそも人に声をかけることができなかった。だから一人で部屋で歌ったものを動画にあげていた。毎日。そうしたら中には聞いてくれる人がいて、今の事務所から声がかかった。歌手ではなく、Vチューバーとして。だけどあたしは嬉しかった。誰かに話しかけられたこと。誰かに存在を気づいてもらえたこと。そうしてるうちにVの仲間でバンドやろうよって声かけてもらって今日ここに立っている。ありがとう!あんなに声かけてもらえなかったのにね。ここにいるメンバーはみんな不器用で、みんな学生時代にバンドやろうよと声をかけられたかったメンバーばかり。だけどみんな技術はピカイチなんだ。なぜってひきこもって練習しかしてこなかったからね(笑)。では聞いてください。「あの日の僕らは」」
心音が歌い出すとコメント欄は称賛の声であふれた。同時接続は3万人を超え、次の日のネットニュースを賑わせた。だけど心音は決して正体を現すことはなく、2年後引退してしまった。
「という話があったの、カオル知ってる?」
「ああ そう言えばそういう話題あったよなあ」
「もしわたしが心音だったらどうする?」
「いやいやあり得ないでしょ?カラオケ下手だし」
「そうだよねえ。」
「声も違うし」
「まあ そういう友達もいたってことですよ」
彼女はスマホからボイスチェンジャーと心音時代の録音アプリをその夜消去した。
その日、桜心音は永遠に死んだ。
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