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「結婚第一主義」の本当の意味

最近、百貨店や商業施設の基礎を作った人たちの思想にふれようと思い立って伝記や講演録をちょこちょこ読み漁っている。

そんな中で、宝塚や阪急グループの創始者として知られる小林一三の「私の行き方」に出てきた『結婚第一主義』という考え方に出会った。

結婚第一主義とは、言葉の通り『結婚こそが最優先事項である』という考え方だ。

およそ女性の関与している事業を成功させる要訣は、彼女たちを1日も早く結婚できるように導いてやること、結婚してこそ女性の本当の幸せは与えられるものであることを明示してやる点にあります。

百貨店の販売員のみではなく、あの宝塚ですら、有望な生徒であったとしてもいい結婚の話があればそちらを優先させるように入学の時点で小林一三は父兄に教え諭していたという。

小林一三の時代ならいざ知らず、女性の社会進出が当たり前となっている現代でこんな主張をしたらあっというまにマスメディアから叩かれそうではあるけれど、私自身百貨店という女性の多い職場にいたからこそ、これはひとつの真理だと感じている。

なぜ仕事よりも結婚を優先させるべきなのか?

その理由を、小林一三はこう説明している。

私がもし六百人の女生徒に、芸術専門の教育を施させたら、その中から幾十人かの優秀な芸術家を生み出すことは、さほど困難ではないと思います。
しかし、その幾十人かを作り出すために、残りの五百数十人は、立派な芸術家にもなれず、さりとて、家庭の奥様となるにふさわしい教養をも受けていない。中途半端な女性をつくらねばならぬことになります。

ここでは宝塚が例にあげられているけれど、一般的な会社員でも同じことが言えると思う。

全員が役員や部長クラスに進めるわけではなく、ほとんどの人はそこまで上り詰める前に脱落していく。

もしそれまでの間に全員がプライベートを犠牲にして競争に明け暮れていたとしたら、脱落した人たちは『何も持っていない人』になってしまうということだ。

そして全体幸福を考えると、明らかに『脱落する人』の割合の方が多い。だからこそそのマジョリティを幸福にすることこそが、組織を長く反映させていく秘訣だという主張は、個人的にとても腑に落ちるものだった。

もちろん、結婚さえすれば人生は幸せなわけではないし、昔と比べて今は離婚率も高くなっている上に、仕事をやめて家庭に入るなんて選択をさせられる財力のある男性はほんの一握りだろう。

ただ、小林一三のいう『結婚第一主義』の本質は、仕事というスキルを失っても他の道に活路を見いだせるだけの人間力をつけるということであり、結婚というのはその活路のひとつでしかないのではないかと私は読んだ。

その思想は、下記の言葉に表れているように思う。

彼女たちを教育する場合の方針も、上手な女優をつくるという考えは少しもなく、ただ一人前の女性をつくりあげたいとばかり考えています。(中略)
まず女性をつくれ。これが、私の一貫した教育方針です。

女性だけではなく、男性の世界でも、例えば野村監督は一貫して『野球選手である前に社会人であれ』と教育してきたことで知られている。

野球選手も宝塚も、トップをとれる人間はほんの一握りだからこそ、スターにはなれなかった大多数のその先の人生のために、人間力を鍛えることからはじめているのだ。

当時は仕事と結婚の二択しかなかったからこそ、いつでも別の道を選べるように準備しておきなさいという教えが『結婚第一主義』という言葉になっただけで、この本質は今も同じだと私は思っている。

前述の通り、アスリートや芸術家だけが脱落を経験するのではない。

私たちも会社の中でたくさん挫折を経験するし、ある程度のところで出世が頭打ちになる日が来る。
自分で事業をやっている人も、会社の成長や自分の器に限界を感じることがあるだろう。

そうなったとき、家庭生活を含めたプライベートに逃げ場を確保しておくことは、昔よりはるかに長命になった時代を生きる私たちにとってとても重要なことだ。

若いときは、誰でも『自分は何者かになれる』という希望をもっている。

でも、あるとき気づく。自分はこの世界の主人公ではなかったのかもしれない、と。

たとえそれに気づいてしまったとしても、人生は続いていく。

そうなったとき、何かを『得る』人生を降りて、『ありのままを幸福とする』人生にシフトチェンジできるかどうかは、家族をはじめとする仲間の構築にかかっている。

法律的な『結婚』ではなかったとしても、心許せる家族や気の合う仲間がいて、今この瞬間の幸福を感じられること。

迷ったらそちらの人生を優先させよという小林一三の教えは、現代にこそ必要なものなのではないかと思う。

ちなみにこの教えは性別に関わらず共通のものだと私は思っているけれど、あえて女性に向けて発されていることには大きな意味があると思う。

なぜならば、『仕事か結婚か』で悩むのは、ほとんどの場合女性だけだからだ。

実際に友人たちと話していても、男性が結婚に悩むケースは『本当にこの人でいいのだろうか』という点に集約されている。結婚によって自分の『生活』は変わっても、『仕事』は脅かされないという前提が無意識に働いているのだろうと思う。

一方で、女性の場合は結婚すれば自分のライフスタイルが大きく変わり、その影響が仕事にまで及ぶのではないかという意識が強い。

本来、仕事と結婚は天秤にかけて考えるべきことではないはずなのに、ついその2つを並べて悩んでしまったり、今は結婚をしている場合ではないと仕事にのめり込んでいったりする。

だからこそ、女性に『結婚第一主義』を教え諭し、結婚しやすい環境を作ることこそが経営者の責務であると小林一三は説いたのだと思う。

とはいえ、私は彼の主張すべてに賛同しているわけではなくて、『女性の幸福は家庭にある』という彼の主張にはあまり賛同できないし、トップ1%をうむために他が犠牲になるのは仕方がないという考え方もあるとは思う。

ただ、現代を生きる女性にとって小林一三の『結婚第一主義』の本質を理解しているかどうかは、後悔のないキャリア形成を考える一助になるのではないかと思っている。

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