ブロッコリー

7時半に目覚めた。今夜恋人と行くはずだった、Helsinki Lambda Clubのライブが延期になったというお知らせを見た。まあいつかみれるだろうなと思い、あまりショックは受けなかった。

予定が無くなったため出勤時間がずれても大丈夫という旨をインターン先に連絡した。全然来ない返事を待っているあいだに二度寝してしまい、起きると始まりの時刻だったので絶望した。1時間遅れて行くと伝えると、その分退勤を遅らせたシフトにしてもらえた。
オリエンテーションを手伝った。参加者は気さくな大人ばかりでほっとした。

今日はライブ関係なく会いましょうか、と恋人からラインがきた。彼は、いつでも私が会いたいことを知っていて、それを叶えようと気を遣っているのだと私に言ったことがある。だからライブが無くなったとて、予定をキャンセルするという思考にはならないのだろう、たぶんその多くは私のために。
うちでご飯食べる?と提案してもらい、快諾した。

いちど帰宅してから、軽くシャワーを浴びて着替えた。ショートパンツとクリーム色の柔らかいシャツに、丸眼鏡を身につけ、訪日台湾人を気取った。彼らはこういうラフな格好のイメージである。偏見と言われれば偏見でしかないが、異国への憧れを抱いて、たまに寄せたくなったりする。
今日の服のテーマは何でしょう、と恋人にクイズを出し、正解は訪日台湾人。とつぶやく妄想をした。こういうふうに、だれかと会う前に会話のイメトレをし、相手の返し方を考えたり自分の言葉を準備しておいたりする癖が私にはある。

バスで彼の家に向かった。途中からはずっと、ひがしやしきの曲を聴いていた。「人生ちゃんは続くらしい!」で感動し、「talking病気がちガールを夏」で晩夏の切なさに浸った。
最寄りのバス停のひとつ前で降りた。スーパーでおつかいのベーコンを買い、10分ほど歩いた。彼はカルボナーラを作ってくれるらしい。

家に着いた。しばらく彼の膝の上で、水ダウのデマ拡散王決定戦を観た。芸人的なお笑いに触れるのは久しぶりだった。

彼は宣言していた通り、ベーコンを使ってカルボナーラを作ってくれた。途中、炒めたベーコンとブロッコリーが目の前に置かれた。フライパン上に寝転んでいる、ジュウジュウと色艶あるそれらに、幸せにしんでいったんだね、安楽死ブロッコリーだね、と私が声を上げたのだが、キッチンにいる彼にはことごとく無視された。

彼の料理中にテレビでYouTubeを観た。視聴履歴には、微笑ましいことに、ヘルシンキのMVがいくつかあった。

大量のカルボナーラをふたりで分けた。彼は味の薄さを気にしていて、5つ星中何点かなどとしきりに訊いた。しかし、自分のためにひとりで作ってもらった料理に文句や小言をいう筋合いは1ミリもないと思っている。ありがとうと美味しい以外の感想は軽々しく口に出せないし出ない。それに私はかなりお腹が空いていたので、幸せを感じながらぺろりと平らげた。

お風呂入る?と彼に訊かれ、今日は泊まらずに帰ろうと思っていると答えた。その流れで生理だとバレた。生理の日は通常のセックスができないというだけでなく、ベッドを汚さないかとか、トイレでナプキンをひらく音とか、その処理とか、細かいことを気にするのがとても面倒なのだ。

泊まらないのは女の子の日だから?という彼の問いに、それもある、と強がってしまった。それでしかない、本当は。すると、どうしてかはわからないが彼はにこにこしながら触れ合ってくれて、そのまま挿れずにセックスした。ずっと、YouTubeでいろんな音楽が流れていた。

終わったあとはいつもキスとハグをしてくれる。冷めないの?と訊くと、内緒だと彼は言った。

23時前にお暇しようとすると、彼が車で送ると言ってくれたので恐縮した。ループで帰れるしいいよ、と返したら今度はループ代を出そうとしてくれて、さらに恐縮した。
色々言った挙句、やっぱり車で送ってもらった。今になって思えば、最初からそうすればよかったのだろう。私はひとのやさしさを素直に受けることができない。けれど、申し訳ないと断ったことであえて気を遣わせたのだと、いつもいつもあとになって気づくのだ。物事を複雑に考える必要はない。もっとフラットに、単純に、

そう、This is a pen. みたいな単純さを!



無理のある締め。

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