蘭島物語

ぼくは二枚貝。
相方と一緒にここまで流れてきたのだけれど、日本海は波が荒くて、岩に打ちつけられて別れ別れになっちゃった。
あの子は元気なのかな、どこに行っちゃったんだろう。
生まれてからずっと一緒だったの。
しょぼんとしてたらお日様が「元気でいればまたいいことあるよ」って声をかけてくれました。
青いお月様が「涙が止まるまで横にいてあげる」って肩を抱いてくれたけど、涙は止まらないの。
なみだの日が何日も続いて、やっと波が穏やかになりました。
でもぼくには仲間はいないから、黙って海の底で波に揺れるしかない。
時々魚がつつくけれど、中身がないからプィッと遠ざかってしまう。
もう世間とはつながりがなくなった。
さみしい、かなしい。
やっぱり泣きたい。
また波が荒れてきた。
ぼくは海の中を漂うだけ。
右に左に、上に下に。
「ざっば〜んどっば〜ん!」
とうとう海からも放り出された。砂の上に投げ出されたぼく。
もう砂になるんだ。
誰か来た、人だ。
ぼくの方を見た、目が合った。
世間から捨てられたぼくになんのご用?


「蘭島って全然貝殻ないんだな」
8月とは言え、日没が近くなると、海水浴客もほとんどいない。
裸では寒いと感じる人もいるだろう。
およそひと月前の話だ。
「そろそろけじめつけたほうがいいんじゃないかとおもうんだけど」
妻から別れ話が切り出された。
覚悟はしていたけれど、すれ違い生活で具体的なことを話し合うタイミングもない。
むしろ妻の方が多忙であり、フォローすべきは自分だったのかもしれない。
なぜか小樽に足が向いた。
小樽とのつながりは自分の意識によるもので、自然発生ではない。
しかしこの時の自分がいるべき場所は小樽だと感じていた。
それでも笑顔あふれるところにいる気分にはなれず、忍路に来てみた。
忍路から観音坂を越え蘭島海岸に。

ふごっぺ岬とシリパ岬を遠くに見ながら蘭島の浜を歩いている。
人もまばらな波打ち際を歩いている。
ふごっぺ岬を見たり、足元を見たりしながら、ぎゅっぎゅっと砂を踏み締めて歩く。
みるともなく貝がらを探して歩くが整った貝殻がない。
拾い上げては捨て、捨てては拾う。
人がいなくなった海水浴場のみやげなんて貝殻くらいしかないじゃないか。
自分の足跡を振り返ってみる。
全くまっすぐ歩けていない。
酔っ払いのような足跡が靴につながっている。

ん?
割れてない貝殻!
拾い上げてみた、砂が詰まっているので洗ってみる。
じゃぶじゃぶ。
変わった貝殻だなー、かわいいから拾っとこ。
ポッケに入れようとした。
「なになになに?何かご用?」
うん?誰だ?
周りを見渡しても誰もいない。
30mくらい離れた堤防の向こうをマラソン人が過ぎて行くが、彼ではなかろう。
「ぼくですよ、ぼく。なんで拾うの?ぼくをどうするの?」
貝殻かよ、しゃべってんのは!
「そだよ。なんで拾うの?」
驚いたなー、蘭島の貝殻はしゃべるらしい。
「どうするって、みやげ代わりに持ち帰るんだよ」
「持ち帰る?どこかへ連れていくの?」
「そうだな、愛知だよ」
「あいち?愛知ってどこ?」
「遠いところだよ」
「そうなの」
「イヤなら海へ返すよ」
「う、うん...。でもぼくもどこで生まれたかわからないから、どこへ行こうと同じ。一緒だった貝殻ちゃんも中に入ってた貝君もみんないなくなった。ぼくはひとりぼっちでここで砂になるのかなーって悲しかったの」
「じゃあおれのそばにいたほうがいいかもね。君はおれの中で蘭島のお土産として生きていけるんだよ。いうならばこの蘭島の代表だ」
「そうなの?」
「そうだよ。だけど、貝殻として生きていけるわけじゃないけどな」
「砂になるよりはいいかも、です。連れて行って、愛知へ」
「了解だ。で君の名は?」
「名前、知らないの。知ってる人と出会えるといいんだけどねー」
「ま、蘭島太郎とでも呼ぶか?名無しの権兵衛よりはよかろ?」
「名無しの権兵衛って誰ですか」
「いや、いいんだ、説明すると長くなる」
「うふふん。じゃあ一緒に歩きましょうか」
「そうだな。お土産は手に入れたから、蘭島川まで歩いたら、JRで小樽に戻ることにするか」
「小樽ってどんなところ?」
「人がいっぱいいるところだよ、楽しみにしてな」
「うん、楽しみ」


人ってあたたかいのかな。
ぼくはまだ生きていける場所があるみたい。
励ましてくれたお日様、お月様ありがとう!

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