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リサ・バロス・デサ&グレン・レイバーン『グッド・ヴァイブレーションズ』

リサ・バロス・デサ&グレン・レイバーン『グッド・ヴァイブレーションズ』を観る。夢を見ること、夢を追うことの意義について考えさせられる映画だと思った。夢……例えば私はかつて作家になりたいという夢があった。夢は必ず叶う、と言ったのはウォルト・ディズニーだったか。しかしこれは生存バイアスがかかった物言いというか、「叶ったから言える」言葉ではないだろうか……だが、『グッド・ヴァイブレーションズ』で語られるのはお世辞にも大成功した人の話ではないが、この映画を観ていると「夢に突き動かされて生きる人」が持ちうるパワーについて考えてしまう。それが結果的になにか有意義なものを生み出し得るのだから世の中はわからない。

70年代の北アイルランドの都市ベルファスト。そこはカトリックとプロテスタントがいがみ合う内戦/内紛に彩られた血なまぐさい場所だった。そんな都市でDJをするテリー(といっても音楽マニアの余技的なものだが)。しかし内戦の影響もあって夜中に出歩く人などおらず、DJで食えるわけもない。そんな彼はベルファストにレコード店を開くことを決意する。だが、最初は渋いマニアックなレコードを置く店だったところにパンクスたちが現れる。彼らのパンク・ロックを聞いたテリーはいち早くこの音楽の将来性を見抜き、自らレコード制作とメジャーへの契約を試みる。後に「ベルファスト・パンクのゴッドファーザー」と呼ばれる男がこうして誕生する……。

この映画を観ていると、テリーという人のエネルギーに圧倒される。それは必ずしも「カネ」が目的ではない。というか、このテリーは「カネ」の亡者では全くなさそうだし、女を得たいという欲望とも無縁のように描かれている。よき伴侶がそばに居て家族が築かれる、その幸せを(時に無理解からすれ違う様子も描写されるが)失ってまで無謀なことをやろうとは思っていないようなのだ。そのあたりが他のサクセス・ストーリーと違うところのように思われた。テリーはあくまでパンクの熱に取り憑かれ、それを広めようと伝道者然として振る舞うように描かれている。

だから、彼の開陳する生き方や哲学はどこか「取ってつけたような」もののようにも見えてくる。いや、鋭さを感じさせられる言葉を語ることもある。ジャマイカのレゲエが生み出す反骨精神とベルファストの現状認識は(ロック史の常識的な話になるが、レゲエがパンクにもたらした滋養はなかなか大きい)今聞いても卓見だろう。だが、彼は戦略があらかじめあってそれを実現させようと動く人なのではなく、ただ動きたいために動く人というか自分の欲望を満たしたいから動く人のように見えるのだ。だから、意外と彼の言葉は心に響かない。むしろエネルギッシュに動くその様の方が記憶に残る。

そして、その彼の動きに触発されて様々なパンクスたちが彼のところに集う。このあたり、この映画にもう少し予算があればパンクスたちの熱狂をもっと(滴り落ちる汗まで匂ってくるほど)描けたのではないかとやや残念に思う。しかし、テリーが自分でもコントロールの効かない欲望/衝動によって動き続けたことがベルファストでの内紛/内戦とはまた違った文化を生み出し、平和的なユートピアを築いたその様子はよく描けていると思う。パンクスと言えばセックス・ピストルズがどうとかそんなことしか浮かばない私にとってはこの映画はどこか「目からウロコ」的なものではあった。

カネに拘束されず、己の夢を追い、己の信ずる道を征け……そんなテリーの生き方ははっきり言ってアホである。最終的に開いた2000人規模のキャパを誇る会場でのライヴの様子と、それでも結果として巧く行ったとは言い難いものになる様子がそれを物語る。だが、小賢しくスマートにパンクを語る批評家然とした人間よりは信用できるし、彼のそのアホなキャラクターからこそ慕う若者たち/パンクスが居たのだろうなと思うこともできるからだ。テリーのことは実は全然知らなかったのだが、「音楽が世界を変えた」一例として、そんな夢物語を実現させてしまったひとりの男とその仲間たちの生み出したムーブメント(そのベースにあったのが「グッド・ヴァイブレーションズ」だろう)の話として、なかなか面白い。

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