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『入管収容所』 JUSTICEと人権を考えた

『入管収容所』
劇団 TRASHMASTERS vol.37
2023/2/17 >> 26 @すみだパークシアター倉

http://www.lcp.jp/trash/index.html

憤り、悲しみ、悔しさ、不条理、疑問。
観劇中も観劇後も、こんなに様々な感情や思いに自分が支配された舞台はなかった。


2021年3月、名古屋の入国管理施設でスリランカ人の女性が亡くなった。
彼女が不法残留として入管に収容されたのが2020年8月のこと。
約7ヶ月の間に体重は20キロも減り、体の衰弱は著しく、自力歩行もできないほどになったという。
病院に連れて行ってほしいと懇願するも、当局は「詐病」と断定し、適切な医療処置はおこなわず、また救急車を呼ぶこともなかった。
昨年読んだ記憶がある記事には、こんなことが書かれていた。
具合の悪い彼女は自分の体をうまく動かせず、飲もうとしたカフェオレが飲み込めずに鼻らか出てしまった。それを見た施設職員は「鼻から牛乳」と言って笑っていたという。
この一件だけでも眉をしかめてしまうが、関連記事を読むと腹立たしいやら情けないやらで胸が悪くなった。
いまだに日本はこんな国なのか。

1週間前、別のお芝居を観に行った先でこの公演のチラシを見つけたとき、どうしても観たいと思った。
あの事件のことをやるんだ……


まるで現代版『海と毒薬』ではないか。
良心や倫理観と、基本的人権の問題だ。
本作では、このスリランカ女性が収容されることになった経緯から亡くなるまでの様子を中心に、他の被収容者、施設職員、難民支援団体などの日頃の状況や活動が演じられた。
脚本・演出を手がける中津留章仁氏をはじめ、キャスト・スタッフの方々も、もちろんプロとはいえ、皆さんの胸中は複雑だったであろう。
一人ひとりがこの現実と真正面に向き合い、葛藤した苦しみや痛みの生々しさが観客席に迫ってきた。
いちばん嫌な役どころの入管局長と次長役のお二人は、どんな思いであれらのセリフを口にしたのだろうか。
見事な演技だった。

出入国在留管理局に収容されている非正規滞在の外国人。
当局の職員は彼らをまるで犯罪者扱い、いやそれ以上に悪辣な処遇をしているようだ。
日本国内にいる外国人への、日本人が抱く偏見や嫌悪感には根深いものがある。
だが、これは基本的人権の問題だ。
外国人に対して「自分の国へ帰れ」というような感情論ではない。
地球上のすべての人に認められる人権。
体の具合が悪ければ、それが誰であれ、助けるのは当然なんだ。
入管の管轄省庁である法務省。
英語表記は「the Ministry of Justice」。
justiceとは、正義とか公正という意味だ。
正義か。

アメリカの映画やドラマを見ると、わりと日常的に”justice”という言葉が発せられる。
逆に私たち日本人は「正義」という言葉は普段あまり使わないと思う。
よくあるとすれば「正義のヒーロー」なんて使い方だろう。
正義のヒーローはフィクションだ。フィクションの中にしか正義は存在しないということか。


もう30年以上前になるが、私がワーキングホリデーで1年間オーストラリアに滞在したときのこと。
入国時に1年オープンの航空券を持ってはいたが、ビザが切れる直前に、日本へは帰らずバリ島に行こうとした。ところが、取れたチケットはビザの期限より2日過ぎた日のものだった。
50ドルの手数料がかかるが、ビザを延長してもらうためにイミグレーションの事務所へ。
窓口で説明すると、担当の係官は「たった2日のために50ドルを払う必要はない。出国時にイミグレで、こう言われたと説明しなさい」と言われ、不安になりながらも事務所を後にした。
出国当日、私が拙い英語で途中まで説明すると、「たった2日だから大丈夫だと言われたのね」とすんなり通してもらえたのだ。
アバウトでおおらかな国民性によるのかもしれないが、そのときは本当に嬉しかった。お堅い日本の役人では絶対にありえないだろう。

本作の劇中で入管収容所の次長が、「我々の任務は非正規滞在者を一人でも多く送還することです」と声高に言う。
しかし、それは遺骨にして帰すことでは決してないはずだ。
そんなこと、あってはならない。
だが現実は、名古屋以外の施設でも、収容中に亡くなっている方が少なくはないようだ。
人権が軽視される時点で先進国とはいえない。


グローバリズムや多様性などの言葉が、白々しく胡散臭く感じる。
このスリランカ女性の件をネット記事で読んだときも、やるせない気持ちになったが、芝居とはいえ、生身の人間が繰り広げる言動を目の当たりにすると、暗澹たる思いでいっぱいになった。
なんだか自分の身にふりかかってきた。
人のせいばかりにはしていられない。
自分の中にも少なからずあるのだ。

カーテンコールで思いっきり拍手をした。
この小さな手をたたく音が、もっと大きければいいのに、と思いながら。

公演は終わってしまったが、期間限定で配信視聴ができる。
ぜひ、多くの方々に観ていただきたい。

配信期間
2023年3月17日[金]19:00―4月14日[金]23:59


<追記>
千穐楽の翌日、なんと演者のおひとり齊藤尊史さんから観劇御礼のメールが届いた!
アンケートに書いた私のメールアドレスを拾ってくださったのだ。
本文にあったリンクを共有しよう。

こちらこそ、すばらしい舞台をありがとうございました!!!

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