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富士谷御杖 訳古今集 初稿 跋

1.69.1
 訳古今集
      おほむね
凡ふる言に里言をあてゝ心えさする事はわか父成章をおやと
して近比は世にもうちまねふ人も聞ゆれともとより三具のけちめ
をもよく弁へすしてわたくしにあつるか故にのりとするにたらす成章か
かのいとなみもとより言の本末通例をさためて里せられたれは
 ∥「例」は字形が跋文末尾から第2行「例」と同。
さるたくひにあらすくはしくはあゆい抄のおほむねをみてしるへし
此古今集は成章か口づからつたへられしをうしなはしとおもふ
心をしるへとしておちたる所々は成章かこゝろをえて里したるなり
けに五種不翻ことわりなる事にていにしへは哥の詞やかて
たゝことならしかは後のよの人はかり哥よむに事しけからさりし
なるへし言おほくはひなひさとひゆきたる世にうまれいてゝむかし
1.69.2
人のしらぬいとまいりをする事われも人もいとやむことなき事なりかし
かたはらにつけたる里言くはしき心をえすしてはおほつかなき
やうなることもあるへしされとねもころにこゝにいゝつくすへからねは
 ∥「いゝ」は「い」歟を抹消した右傍。
みん人あたりたらんをもあたりかたしおほえたらんをもふかく心を
用ひてみるへし
哥のことはのはさまに小さき○をつけてそこに里言をしるせるは
くわへて心うへきかきりなり又かたわらにおほきなるしろき○をつけ
たるはかうふり《枕詞の\ことなり》よせ哥《序哥の\事なり》うちよせの類にて哥のこゝろに
あつからぬ詞ともなれはのそきて心うへき為なり又かたわらに
くろき●したるはあゆい抄にいはゆるまはして心うへきかきりなり
まわすとは古言のいひさま里言とかはれる所は里言にいふさまに
したかひて里せされは心えかたきか故にそこにてははふきかしこにてくはふるを云
1.70.1
里言のうちたとへは「のみといふ脚結〈あゆい〉にバツカリ シヾウ なと二様に
 ∥「は朱筆,下同
あてたる所々あり哥によりて里言をくるはせたるにはあらす
此事哥をよまむにもふみをかゝむにも心得おくへき事なり我〈わか〉
御国のこと葉のつかひやうから国なとにはいたくたかへる事なり
その故はかの国は事々物々になきもしなくとゝのほりたり
こゝにはたゝ音をもて三千の森羅をもよくしらするわさ
なればこれにてかれをさとす事常なりたとへは源氏
ものかたりに「たのもしけなくくびほそしとて《云\云》といへるたくひ
にてま事に首のほそきをもいひ又かくはかなけなるさまをも
いふかことし「いみしきなといふ詞もおかしきをもうれしき
をもかなしきをもくるしきをもいふたくひ也ひとつと心を
えていくつをもさとす事わか御国の言をつかふつねなれは
1.70.2
ふたつの里言をあてたるのみならすすへて哥をもふみをも心得ん
にむねとすへきことなれはついてにいふなり
端作の詞を里する事哥の詞とはたかへりもとすへて撰集の
ことかきは撰者か奏覧のための詞なれは也此ことを弁へぬ人
哥の端作は撰集かおやそと心得てすゝろに「侍る「まかる
「たうへ 「まうてなとかく人も世にみゆれは序にこれをも
 ∥「まうて」の「て」に朱筆濁点
いふ也されは撰集のは みかとに申す詞なれはことにゐや
ゐやしくかゝれたりさならても物語ともにもむかへる人あり〈り〉
 ∥「り〈り〉」は,本文某字に「り」と重ね書きをしたのを,右傍に改めて記したように見える。
ていふ時はいつれも此例なりそれらをもみあせて
これを心うへし

 ∥覚え

この 訳古今集 は,富士谷御杖が古今和歌集上冊(仮名序および槙第一~巻第十)に,傍注を施したものである。

富士谷御杖『約古今集』の概要は,次で知られる。
  宇佐美 喜三八(1960. 8. 1)『古今集通詁』について
         大阪大学,語文 23 pp.38-44
  山 本 和 明(2003. 2.17)『古今集通詁』について・続貂
         藤岡忠美先生喜寿記念論文集刊行会『古代中世若文学の研究』,和泉書院,研究叢書 290 pp.381-399
写本は,宇佐美が記したものと,山本が追加したものと,2本である。現在,ともに,相愛大学図書館春曙文庫が蔵し,国文学研究資料館がマイクロ写真をデジタル画像で公開している。書名は,大学図書館ではともに「古今集通詁」を採り,研究資料館では「古今集通詁」「訳古今集」とする。
  宇佐美(1960)の紹介
    大学図書館函架番号 春1030  請求番号 397 33 3
    研究資料館公開  https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100232482/
             写真標題  古今集通詁
  山本(2003)の追加
    大学図書館函架番号 春1057  請求番号 397 36 1
    研究資料館公開  https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100232490/
             写真標題  訳古今集
さて,ここに翻刻したものは,古今和歌集上下2冊のうちの上冊である。2冊は,体裁および本文筆跡から見て,揃いである。
すなわち,2冊とも,大きめの美濃判の二つ折袋綴じ,竪287mm×横206mm,五つ目綴じである。この袋綴じは,一葉を畳んだ中に,半葉分の料紙を挟んでいる。一葉のほうも半葉のほうも,同じくたぶん楮紙である。
上冊の,製本までの過程は,次のように想像される。
・ 古今和歌集仮名序・巻第一から巻第十までを書いた。墨筆。
・ 訂正を朱筆で記した。仮名序の読点も朱筆で記した。
・ 訳・注を墨筆で記し,末尾に御杖の跋文「おほむね」も記した。
・ 以上の料紙は70枚であり,それぞれを折り畳んで,それぞれの間に半截の料紙を挟んだ。
・ 何も記していない料紙2枚を,70枚と同様に折り畳み,やはり半截の料紙を挟んだ。
・ 本文の70組の折り畳みの冒頭・末尾に,何も記していない折り畳みをそれぞれ置き,綴じた。
・ 香表紙を着け,何も記していない折り畳みを表裏の表紙に貼って,五つ目で綴じた。内曇り紋様がある題箋に「古今和歌集 上」。
下冊は,巻第十一以下,墨消歌・真名序・定家奥書まで,朱筆も訳注もない。本文77葉,何も記していないものを前後に2葉ずつ置く。上冊と比べて,遊び紙が前後にあることになる。袋の中に半截の料紙を挟み,遊び紙・表裏表紙見返しでも同様である。外題「古今和歌集 下」
なお,小さい虫損があり,補修されている。虫損は袋の中にも及んでいるが,そこまでの補修はなされていない。
上下2冊は,まとめて一帙に入る。帙の布地は,褐色,牡丹の紋様が全面にある。題箋「古今和歌集」。

訳注跋は,上冊末尾にある。識語はなく,筆記した人物も年次も未詳である。
訳注は,宇佐美・山本が紹介したようなものから写した可能性もあるが,跋文までちょうどで収まっている体裁に鑑みて,「初稿」と標榜してみた。
この note の翻刻は,翻刻の方針を立てるための試行である。一貫せずに整えないままであり,標題すら途中から変えている。いずれ機を得て,統合・修正する。
1.01.2 などとあるのは,上冊=1,葉番号=02(~70),裏面=2(表面=1)である。葉番号は,原本になく,表紙に貼り付けられている次を 1 として付する。

 ∥覚え 2

相愛大学図書館春曙文庫所蔵の2本の関係について。
訳古今集下冊に錯簡があり,それを吟味せずに,古今集通詁は引き継いでいる。精査していないが,2箇所掲げる。
(錯簡1)巻第十一第4面の直後に墨滅歌第4~5面の葉が紛れ込んでいる。訳古今集写真番号90~91。
境界では次の状態になる。
           よみひとしらす
483 かたいとを……
↑写真 90右面
↓写真 90左面
    この哥ある人……た
    まへりと
   返し      うねめのたてまつる
1109 山しろの……
    思ふてふ……下
写真90左面の左上に書き込みがあって,「此一枚真名序ノ上ヘ入ヘシ」とする。
墨滅歌の現状最後,写真172右面の左上に,書き込みがあって,「上ノ三枚目ハ此ヘ入ヘシ」とする。錯簡,すなわち当冊の墨付き初めから第3紙を言っている。
さて,この境界が,古今集通詁では一面内で連続する。
           よみひとしらす
↑写真 86右面
↓写真 86左面
483 かたいとを……
    この哥ある人……たまへりと
   返し      うねめのたてまつる
1109 山しろの……
    思ふてふ……下
訳古今集でも古今集通詁でも,それぞれの次の写真で,左右面の始まりは次のようである。
右面
1111 道しらは……
左面
484 夕くれは
(錯簡2)訳古今集では,真名序の4枚の紙が,本来の第2・3・1・4紙の順序で綴じられている。各紙表面左上に「弐・参・壱」と注釈がある。
訳古今集写真172左面~175左面。
本来の第1紙裏面から第4紙表面へは,現状は次のような見かけである。
 入幽玄但見上古歌多存古質之語未為耳
↑写真175右面(本来第1紙裏面)
↓写真175左面(本来第4紙票目)
 生忠岑等各献家集并古来旧歌曰続万葉
 集於是重有詔部類所奉之歌……
さて,古今集通詁では,次のような行連続を見せる。写真168右面。
 幽玄但見上古歌多古質之語未為耳生忠岑
 等各献家集并古来旧歌曰続万葉集於是重
なお,「多存」の「存」は脱落している。

訳古今集は,歌集本体と訳注とを,例えば一首ごとに記し進めたかもしれない。序の読点にも,相応の字間が与えられている。
古今集通詁は,歌集本体を記してから,訳古今集の訳注を写した。それは下冊後半で,本体があって訳注が欠けることから,明らかである。序の読点は,字間に割り込んでいる。



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