見出し画像

裏切りのホワイトカード 池袋ウエストゲートパークXIII・石田衣良


今回読んだのは、石田衣良の『裏切りのホワイトカード 池袋ウエストゲートパークⅩⅢ』文春文庫(2019年9月10日第1刷)である。池袋の西一番街の果物屋の店番のマコトが街のトラブルを解決する、おなじみのIWGPシリーズの13作目である。いつものように、小説誌「オール讀物」に掲載された、4つの季節の話が収録されている。


三月の土曜、マコトの店に宅配便ドライバーをしているジュンジが小三の息子のトオルを連れてやってきた。ジュンジは離婚して半年以上になり、トオルとは離れて暮らしている。マコトの母親がジュンジ・トオル親子に食事を作って食べさせる、おなじみの昼食会が終わり、親子は頭を下げて帰っていった。母親がマコトにいう、トオルがぜんぜん笑わなくなったのが気になる、と。翌日、トオルがひとりでやってきた、寒いなか長袖Tシャツ一枚で。マコトは、トオルの腕に、虐待っぽい傷を見つけた。連絡を受けた母親が、新しい男とともに店にきて、トオルを連れて帰っていった。マコトはジュンジに知らせた、トオルが寒いなか長袖一枚でやってきて腕には虐待っぽい傷があった、母親が迎えにきた、と。いまからトオルのところに行ってくる、とジュンジはいった。後日、マコトは電話をとった、ジュンジからだ。虐待している親だということでネットで名前を晒され、職場も知られ、抗議の電話が鳴り止まず、クビになりそうだという……(「滝野川炎上ドライバー」)。

数の力をもとにしたバッシングとかちいさな正義が燃え上がりひろがることなどを、マコトはよくないと思っているようだが、それも大いに結構!なのでは、と僕は思う。それがなければなかなか社会は変わらない。だいたいこの小説シリーズ自体が正義を僕らに教え続けてばかりのようなものだからね。

問題なのは、そのこと自体ではなく、何が叩かれるか、その対象がどんなものか、なのではないだろうか。それが叩かれるに値するかしないか、またそれが事実か事実ではないか、そっちのほうが大事なのである。まあただ、ネットに上がったら永遠に消えないという現実もあるから、その点では気軽なバッシングも考えものだけどね(悪い人間を叩いても、そいつらにも「忘れられる権利」はあるからねえ)。

そんなことを思いながら読んでたら「地球が逆回転しても決して消せないのだ」という文にばったり会った(53ページ)。ここで消せないといっているのはネット上に上げられたもののことではないけども、それを思わせる「光りフレーズ」だなあ。


「上池袋ドラッグマザー」は、女子中学生のマイに頼られたマコトが、タカシらとともに、マイの母親を、覚醒剤の男の罠から救い出す話。

110ページ「店を過ぎるたびに、商売音楽が鳴り響く。音楽公害について誰か、ちゃんと告発してくれないものか」。ここを読んで、僕も思った。いつも思っていることだけど、なぜ有線はあらゆる曲を「勝手に」流しているのだろう。


仕事のない若者を何千人も集めて短いアルバイトをさせるという話がある。仕事は、1月の最後の日。1日でギャラ10万を保証するというが、怪しすぎる。タカシのGボーイズのところにもそんな話が舞い込んでいた。マコトはタカシから、その仕事の正体を調べてほしい、という依頼を受けた。その依頼のあと、ある財団の理事からの依頼もマコトに持ち込まれる。理事は潮見美穏という美人。弟を探してほしい、弟は闇サイトを運営しているがそこからひきはなしてほしい、という。マコトはGボーイズの代理として、仕事を募集する事務局と闇サイトの運営者に連絡をとった、運営者立ち会いで仕事の話をききたいと。後日、待ち合わせた場所で、マコトは、事務局側の黒髪の外国人から無垢なホワイトカードを見せられ……(表題作「裏切りのホワイトカード」)。

このシリーズではこれまでリアルな犯罪を数々扱ってきたと思う。だが、この「裏切りのホワイトカード」の犯罪には、どうもリアルがないように感じた。

実際ここでのようなことが起きたらそれはもう大変で、犯罪に関わった側の者たちや、マコトたちのように犯罪と闘った者たちだけでなく、関係のない国民たちや国全体をもまきこむ可能性が相当に高い。そんな、国家を揺るがす一大事を、話のなかにあるように、たやすく起こせるとは到底思えなかった(ハルオミのような人が闇サイト主宰者というのもありえん)。なので、僕はこの話をファンタジーとして読むことにした。ファンタジーとして読むというのは、シリーズ史上初めての読みの態度、試みだ。僕はこのシリーズをこれ以前刊行のほぼすべてを読んでいるが(『西一番街ブラックバイト 池袋ウエストゲートパークⅩⅡ』以外のすべてを外伝や青春篇も含めて読了済み)今まではどの話もそれなりにリアルなものとして読んでいたのだった。

そんなふうにして読み、最後に、各話恒例のはじめの文章(池袋ウエストゲートパークシリーズでは、どの話にもはじめに、マコトが事件を終えたあとにそれをふりかえってまとめるような語りの文章が見開き1ページ分くらいある)を読んでいたら(僕はこのシリーズはどの話もこの部分を最後に読むようにしている)、そこには、ポスト・トゥルースの話題とともに、マコトのこんなことばがあった「日々移り変わる街を眺めながら、おれがリポートしてることはみんな嘘とでたらめばかり」と。ほらな、やっぱファンタジーとして読むのもいいんじゃんか。


☆ 裏切りのホワイトカード 池袋ウエストゲートパークⅩⅢ・石田衣良・2017年9月刊行・文藝春秋。文春文庫・2019年9月10日刊行。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?