彼氏でも家族でもない男

オザキさんが彼女に振られたらしい。

 というかそういう重大なことを「ちなみに」って言いながら飲みの調整をしているラインにさらっと紛れ込ませてくるのはやめて欲しい。ヤマガミさんがすかさず「ちなみにの話題じゃない」ってツッコんでたけど、ほんとその通り。
 結局そのときはみんな都合がつかなくて飲み会は無しになったけど、後日オザキさんとは映画を観に行った。「最近のおすすめはオッペンハイマー」「ホラーが好きなんだよね~」って言ってるけど、映画いつも彼女さんと観に行ってたのかな。まあ一人かな。最近まで遠距離恋愛してたんだし。というか、身近にいるアラサーはみんな、一人で映画観に行くという趣味を持ちがちなんだけどなんで?会社の同期も妹も年末年始問わずあれこれ観に行っていて、わたしも最近は「そういうもんなのか~」って一人で行くようになっちゃったよ。

 だから、今日誰かと、オザキさんと、一緒に映画を観に行くっていうのは、わたしにとってはそれなりにお出かけ感あるイベントなのだ。

 前にオザキさんと映画を観に行ったときは、オザキさんのことが好きな全盛期みたいなときで、ちょっとした会話の端からなんとかこじつけて約束してもらった(「ジョジョ好きなんですか?岸部露伴の映画観に行きませんか?」)。映画のあとご飯でも食べに行けないかなという下心があったけど、映画館の前で集合して、終了後、駅に直帰して解散するという、まじでほんとに映画観るだけの時間だった。なにか決定的なことを言ったわけでも言われたわけでもないけれど、オザキさんとはどうにもならないんだなって染み込むように分からせられた気分だった。
 今日は映画のあと焼肉に行った。「お腹空いてます?」「朝からベーグルとポテチしか食べてません」「似たようなもんです。肉食いたいな」「いいですね、肉食いましょう」ってとんとん拍子に話が決まって適当な焼き肉屋に入ってロースやら牛タンやらハラミやらを焼く。
 わかってたけどオザキさんはとてもとても傷ついていて、終始「つらい!」と叫んでいた。わたしはそのたび「つらくて当然ですよ」と返した。五年弱付き合った彼女に二十八歳で振られたらそりゃあつらいですよ。わたしも三十歳のときに四年付き合った男に振られたからよくわかる。木曜に別れ話して、よく金曜働けましたね?

 片思いしてたときは「あわよくば彼女と別れたりしないかな~」なんて思ったものだけど(みんなこれぐらいは妄想するものだと信じたい)、いまオザキさんがあまりにボロボロで必死にあがいているのを見ると一瞬でもそんなことを思った自分をめちゃくちゃ後悔した。ごめんね、オザキさん。今日はいくらでも相談も聞くし、愚痴も聞くし、何時まででも付き合うから、今度縁結びのご利益がありそうな神社に行ったときはオザキさんのことを祈るから。
 彼女さんに振られた流れや理由を説明しながら「ほんとテンプレなんです」って自虐してたけど、もしかしたらほんとにテンプレでそこらへんによく転がってる話なのかもしれないけど、だからってオザキさんの苦しみが矮小化されてもいいものだとは私は思わんのです。「いっそ嫌いって振られたら諦められたのにね」って言ってたけど、オザキさんみたいないい人、嫌いになるのとても難しいよ。まあ、阿保ほど酒飲むし、飲んだら記憶も持ち物もなくすし、オザキさんの「もしこの人が彼氏だったとして耐えられるかな?」って思うポイントは正直いくつか思いつくけど。

 二人とも満足するまで肉を食べて、ヤマガミさんを呼び出して三人でカラオケ行って、ヤマガミさんの彼女を呼び出して二十四時間営業の居酒屋でだらだら同じ話を繰り返した。オザキさんが一人で苦しむ夜を一つでも減らしたいって思っていたから、朝になって始発で帰るときは、自己満足だけど一仕事終えた気分だった。
 仮眠とって彼氏に会いに行く準備をしながら、またオザキさんのことを思う。三連休なのに、昨日も今日も明日も彼女に会えないオザキさん、ご機嫌いかが?
これまたテンプレだけど、時間がぜんぶ癒してくれるってわたしは知ってるから、それまでなんとか正気保って生きててね。またご機嫌なオザキさんに会えるって信じられないとわたしもつらい。家族でも彼氏でもない男だけど、それぐらいには大切な人なんだって自分で知っている。

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