フロレンティア4 大阪 イタリア領事館 (パスポート)

夏の暑い日だった。僕はイタリアの学生ビザを取得する為、大阪へ向かう電車に乗った。

ある日の事だ。バイトして貯めたお金を入金して出願しておいたイタリアの語学学校 Centro Ponte Vecchio Scuolaから入学許可証が届いた。
『お母さん、中みたの?』
『いや、なんか初めから封開いてたみたいよ』 
送られてきた封筒は何故か封が空いていたが、その中にはちゃんと日本語で入学許可証と書かれた書類が入っている。

大阪城の近くにあるイタリア総領事館へ書類を持って僕は入っていった。
『すみませーん。イタリアのビザの申請にきたんですけど』
小さな窓口にパスポートやら必要な書類を差し出すと痩せた神経質そうな事務局の おばさんがギロリとこっちを睨んだ。
『ちょっと むこうの入学許可証は?』
「いえ、ここにありますけど・・」
『え? 日本語じゃない 正規の入学許可書』
おばさんが 少しづつ声を荒げると僕は動揺した。
「すみません いえ、これしか入ってなかったんですけど」
『入学許可証 イタリア語の!』
「いや、ですから・・」
『これじゃあ駄目だね』 「ちょっと待ってくだ・・・」
『駄目なものは駄目なの。日本語で書かれている入学許可証って こんなんありえる!! 初めてみたわよ』
甲高い声で事務局のおばさんが 僕を拒絶する。
名古屋からはるばる大阪まできたのに・・ 
むこうの奥で中年のかっこいい外人さんがこっちを見ている。
今 目があった。
僕がおばさんに怯えている眼を見られた。
恥ずかしい。

後でわかったことだが、この事務局のおばさんはイタリア留学する人には有名で 『地球の歩き方』に要注意 陰険な奴と書かれていた。
どうしよう このまま名古屋まで帰るしかないのか とあきらめて帰ろうとした時だった。
『ちょっと待ちなさい』 おばさんに呼び止められた。
『入りなさい』 窓口の横にある重厚な大きな扉がゆっくりと開かれた。
「え?・・」
『いいから 入りなさい』
扉のむこうは日本じゃない、イタリアだった。
僕は領事館長の部屋に通された。白い壁にはイタリアの都市のポスターが貼られている。
そして さっきの外国人のおじさんが座っている。
『あなた イタリア語は?』 「へっ?」
『イタリア語はしゃべれるの?』「いえ 全然」
半ば怒ったようにおばさんが尋ねる。
『直接ここからイタリアの語学学校へ連絡して確認がとれたらいいって 領事長がおっしゃってくれたわ あなたがイタリア語駄目ならこちらで連絡とるから』
『でも、今まだイタリアの学校開いている時間じゃないから 夕方の5時にもう一度 ここにきなさいっておっしゃってるわ』
僕には何がなんだかわからなかった。あのおじさんは総領事館の一番偉い人で さっきまで僕はイタリアに足を踏み入れていたんだ。

外にでると暑かった。すぐに汗が噴きだした。アスファルトの照り返しがきつい。そうだ、5時までにはかなり時間があるから喫茶店にでも入ろう。僕は近くの喫茶店でアイスティを注文し、ひたすら5時になるのを待った。
5時少し前に領事館に戻ると領事館長が待っていた。
『イタリアは好きかね?』    
「は、はい・・」
それだけ尋ねるとにっこり笑ってくれた。

僕はイタリアが好きだった。芸大に通ってた僕にとっては、どうしてもルネッサンスの美術が花開いた街をこの眼で見ておきたかったのだ。
花の都 フィレンツェ まるで屋根のない美術館のようだと称される街 

パスポートを受け取ると「有難う御座います」と僕はペコリとおじぎをして大きな扉をくぐり外にでた。
パスポートに押されているのはイタリアの学生ビザだった。後で判った事なのだが普通 申請してから最低でも1~2週間はかかり また大阪まで取りにいかなければならなかった。それを僕は1日で取得してしまったのだ。ラッキーとしかいいようがない。イタリアっていいとこなんだろうなと感じずにはいられなかった。
辺りは暗くなりはじめていて暑さも薄らいでいた。そして僕は爽やかな気持ちのまま電車に乗り込んだ。

しかしイタリアに着く初日に この大切なパスポートを奪われる事になろうとは この時の俺は想像できなかった。俺にはこの時取得したビザの大切さがまったくわかっていなかった。


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