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VRChatにおける謎「Dahlia」調査記録〔⑪終焉のその前に〕[酔うバー/放射冠①]

「お目覚めですか?お客さん。」

霞んだ頭に、アルコールの芳香がまとわりつく。
突っ伏した上半身と肩が、冷水を浴びせられたように冷えている。

あれはついぞ夢だったのだろうか、
何かをするために、何処かへ行くために彷徨っていた気はするのだが。

ゆっくりと顔を上げると、店の主らしき人物が、こちらを心配そうにのぞき込んでいた。

「だいぶ、うなされていましたよ。」

心配そうな主に礼を言って、私は席を立とうとする。

「お急ぎにならなくとも、大丈夫ですよ。
何か、お探しのものがあったのではないのですか?」

体を支えようとカウンターに押し付けた掌がとまる。
再び顔をあげて、主の目を見つめると、にこやかに微笑んでいた。

「・・・・・」

居心地悪く、再度座りなおした私は、思考の整理がつかぬまま、おずおずと身の内に湧き出る疑問を、はらはらと口にしていた。

「…つかぬことをお聞きしますが…
途中で物語を終えられた、その登場人物たちは、
いったい最後には何処へ向かうと思われますか。」

主は、新しい酒の手入れをしながら、だまってこちらが語り終えるのを待っている。

「物語がそこで停滞し、新たな展開は恐らくない。
過去を掘り下げるにも限界がきっとある。」

「行き場をなくしたそんな『登場人物』は、
いったい何処へ向かえばよいと思われますか。」

主は黙って客の喉から絞り出る言葉を受けとめる。

「もう私には、これが夢か現実か判らないんです。
ずっと何かを探している様な気もするのですが、それすら思い出せない。」

一度堰を切ってしまえば、止まる事のない想いが、自らの内より奔流の如く湧き上がる。

「私は、物語は人生、また人生は物語であると、昔ある本で読みました。」

「人生の結末が、誰しも最期にしか知り得ない様に、物語の結末もまた、各々の最期を、各自が選択してゆくしかありません。」

「人の数だけ、登場人物の数だけ、その最期のカタチがあってもいいと思っています。だとしたらそれは、幸せな事だとも思います。」

「かつて私も観測者でした、長い長い旅路の。
その果てに、自分なりの最期をカタチ作ろうと、物語に着手しました。
再びそれは長い旅路になりました。」

「しかしある時気付いてしまったんです。
私が、私こそが世界と謎を、誰よりも愛していたはずなのに、
いつのまにか、それを受け取るのは、いつも私以外で。」

「わかりますか、謎を集めるほど、謎を記録するほど、
この世界の記録は、過去に私の残したもので埋もれていく。
知れば知るほど、私のかつて愛した謎へは届かなくなる。」


「物語が私を侵食してくるのです。」

放射冠 UNIT-175/Neo - Noa Bar

言うに疲れて、再度カウンターに突っ伏した私に、店主が一枚の走り書きを、渡してくる。

「ここへ向かって下さい。お探しのものが、見つかるでしょう。」

焦点の定まらぬまま、それを受け取った私は、忘れていた喉の渇きを思い出した。そんな私を気にも留めずに、主は私を見据えて言葉を続ける。

「これが最後になるか、ならないか判らないですが、でもあなたに伝えます。」

「ある夜、眠ってしまい、二度と目覚めなくなるのが怖い、と思う事が私にもあります。」

「ですが、その日が来るまで、私たちは秘密を守ると約束します。終わりの始まりの日まで。

「私たちは何者でもありませんが、どこにでもいます。私たちを探さず、あなたはあなたをお探しなさい。——はあなたを選ぶでしょう。」

いっそう増していく喉の渇きに、とうとう耐え切れなくなった私は、店主の語りを遮り、願い出た。

「お話のところ申し訳ない。お水を一杯いただけますか?」

店主は怪訝な顔をするでもなしに、いつもと変わらぬ笑顔でこう言った。

「はい、十分にどうぞ。何せ天井まで、余るほどありますから。

その瞬間、揺らめく天井に目をやり、その意味を理解した。

呼吸と共に水が喉元に押し寄せる。

体の動きは水に絡めとられ緩慢になり、不安定な重心が宙に浮き始める。
視界は分厚く曇り、光源の位置が目の端に映るばかり。

水面を掻く鳥たちの足の様に、手足を無軌道に動かせば、くぐもった音のみが、ただ耳に聞こえるばかりだった。

本能が生命の危機を感じ、漫然と藻掻く。

僅かに上方へ捉えた光を頼りに、とにかく上へ上へと身をよじる。

時にして数秒、しかし体感では無限の忘我の中、
伸ばした手が、揺るがない構造物に触れた。

夢中でそれを頼りに体を引き上げる。

水分を含んだ全身の重さに辟易しながら、平地まで転がり上がる。

熱の引いた躯は、借り物の腕の様に重く、治まらぬ動悸と呼吸をよそに、眼だけが冴え渡る。

辺りには淡く雪が舞っている。
遠い鉄塔に、誘導灯が静かに灯っている。

放射冠 UNIT-1//2/La Mer

思い出した。この空は、

あの時に見た、あの深い群青だ。

冷たい空気が思考を取り戻していくと同時に、あの時の不快な頭痛も戻って来る。

誰に告げるわけでもなく、ひとり何かを呟いて立ち上がる。
しおれた草花が生気を取り戻すように、いつの間にか乾いた体で、奥へと進む。


放射冠 UNIT-1.
1という数字は、特別だ。
多くが始まりを意味し、それ自体で複数の存在を予感させる。

扉を開けて室内に入れば、情報版に言葉が刻まれている。

「不穏な響き」
過去に行ったことを常に後悔している。自分たちの過ちから決して進むことはない。過去の場所に立ち止まってしまっている。もはやこの世界を去る選択肢はない。


「安らげる場所を離れて」
かつての自分たちからあまりにも遠くに来てしまった。二度と光の海を見ることはない。もはや何も変えることはできない。安住の地と呼べる場所ではなくなった。

耳が痛い。
つい先ほど、どこかの場所で、誰かが叫んでいたような気がする。
だが私には留まることすら、もう出来ない。
あの場所へ、向かわなければならない。

窓に近づくと、海中より生え揃う、複数の街灯が見えた。
まるでそこにかつて幹道が敷かれていたかの様に、水平へと伸びている。


眺めていると、何か違和感を覚えた。

明滅している.…

右側の何本か先の街灯の一本が、それ以外のものとは明らかに異なり、不穏な点滅を続けている。

視界が赤黒く歪み、頭痛がする。
頭部を押さえ、その血管の脈動を数えながら、明滅する街灯と律動が交差する。

…規則性がある。

それもどこか懐かしい規則性だ。

この街灯の明滅は、確かに何かを「告げて」いるのだ。




- The Interpretation will continue. -





◇無言者の走り書き


※現在では、「Edge of Memory」のワールドから選択制ポータル限定でアクセス出来るようになっています。各オーナーから、ワールド名を選択し、世界に進入してください。

・酔うバー
・Neo - Noa Bar
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