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VRChatにおける謎「Dahlia」調査記録〔⑩物語りの中へ〕[黒天竺牡丹]

出来上がりそうなジグソーパズルを終えるのが惜しくて、ぐしゃぐしゃに混ぜ返す。五分前に世界が出来たなんて、嘘っぱちで。正しい事を正しく述べるなんてお門違いで。

冷めた浴槽に浮かびながら、知る事に飽いて。
なでる様に、なぞる様に、閉じた世界は動き出す。

遠くで鯨の啼く声がする。52Hzの高く美しい声。
水底深く眠った私を、呼び覚ます声がする。


おねぼうさん。起きる時間ですよ?


この物語はフィクションであり、
実在の人物・団体とは一切関係があります。



・All Time Low

目を覚ますと、光に照らされた寝台の上だった。

「眩しい。」

降り注ぐ光から目をそらすように、ゆっくりと体を起こす。
何度か世界が赤黒く反転し、吐き気を催す。

焦点の合わぬ視界であたりを見まわす。
明滅する計器類。医療器具。床には見知ったDahliaの意匠。

治療室というよりは、実験室といった所か。
自分以外に人の気配はない。

何かに呼ばれるように、訳も分からず重い体を引きずって、何とか壁際までたどり着く。


・Non-Entity

手探りで、廊下を辿っていく。

浅い息が落ち着くと、元の呼吸の間隔を次第に取り戻す。

巨大な石棺の中にいるような、重くのしかかる何かを背中に感じながら進む。

扉を一つ抜けると、突然大きく視界が開いた。


・UNIT-2025(重工)

剝き出しの配線。無機質な壁。どこか工業的な設えだが、その広さが異様さを浮きだたせている。

辺りを見回っていると、不用意に触れた場所から、通信が入る。

随分焦っている様だ。何かに追われているのだろうか。

何が起こっているというのだ。

一方通行の偏向通信だと言う。録音の様にも聞こえるが、長くはもたないのだろう。
多くの情報は得られぬまま、情報板の起動だけを残して通信は途切れた。

指示に従い、次への扉を開放する。
先の通路の壁には、不穏な情報ばかりが記されている。

どうやらこの場所は、大規模な空間同士を繋ぐ、連絡通路の役割があるようだった。

広い空間内の目に留まる扉を、片端から開けようと試みるが、どれもビクともしない。

中央通路からは死角になっている、上層の特殊な場所に、最後の扉を見つけた。

一縷の望みをかけ手を伸ばすと、指先が触れるより先に扉は開き、中へと導かれた。


・Farewell

花が、咲いていた。

上部から降り注ぐ光が、自然光なのか、人工灯なのかは判らないが、舞い落ちる花の一つ一つが、それにより煌めいていた。

部屋の中央に進むと、自動再生の文が表示される。

We got exposed, so we needed to move as fast as we could before they reached us.
私たちの正体が露呈したので、彼らが到達するより早く迅速に移行する必要があった。

壁には、今までのDahlia世界が閉じる旨と、その構成メンバーが解体される旨が書かれていた。

世界が閉じたのなら、この世界は何なのだろう。
目覚め前の微睡みか、それともconductor(指揮者)の単なる気まぐれか。

相変わらず人の気配を感じない無機質な床を、同じように無機質に設置された配管をたどってゆく。


・Another Version of the Truth

随分と歩き回った先で、今までよりは明るい部屋を見つけた。

最初に目覚めた部屋によく似ているが、何かが違う。
相違点を上げるとすれば、秩序をもって内部が装飾されている事だ。

ここへ引き込んだ何者かを、一方向へと導く何らかの意思を感じる。

振り返ると、四つの花。

いつも居たはずの、紫陽花(hydrangea)がここには居ない。

四方をよく見渡すと、部屋の全てが後方部に浮遊するキューブに、収束している。キューブはまるで、励起しながらその時を待つ、不安定な物質の様でもあった。

望み通りキューブを起動すれば、メッセージが再生される。

内容は予想通り、内部の混乱を示すものだった。
同時に先ほどの壁の意匠に、紫陽花が居ない訳も判った。

最初の偏向通信の主が、この事象の起点を担っているようだ。
設置された情報版が、無言でそれを告げている。


綻びが、起きている。

今まで情報を統括し、体験者を夢と幻の狂乱に据え置いてシステムを運用していたDahlia。
それがシステムの維持さえ難しく、私の様な特定部外治験者を引き上げてでも事態を納めなければ立ち行かないという、綻びが。

それとも、もっと破滅的な何かか。

ふと、巨躯により滅びの道を往くに至った、かつての鯤鵬の竜たちの姿が思い浮かんだ。

とりあえず今は、条件に従い紫陽花の後を追うしかないようだ。
何より、それしか今は情報が無いのだから。


・The Four of Us are Dying

UNIT-1723A.

不意に、夜空が眼前に広がる。

星たちに混じって、今にも氷雨に変わりそうな、冷たい水滴が辺りを舞っていた。

美しい…

深い群青に目を奪われていると、視界の端に扉と情報版が目にとまった。

文字を追おうとすると、視界が赤黒く歪む。
自分が何であったのか、介入とは何であったのか。

何かを思い出してしまう前に、衝動的に扉へ手を掛ける。

内部は今までのような無機質の有様ではなく、誰かの個人的なスペースの様だった。

壁に並んだ情報版には、明らかに内部が混乱している事がよくわかる内容が表示されていた。

何かが崩れ始めている。
そして崩れ去る前に、あの場所へたどり着かなくてはいけない。

部屋の奥には、それがあった。

目を覚ました時から聞こえていた呼び声が、どこから聞こえていたのかが、やっとわかった。

それは、本来あるはずのない、次元特異点。

人智を超えて高密度化された、事象そのものの物質化合物。

あらゆるものを移送(シフト)する事に特化した。人工奇跡。

Reverse Cube(リバース・キューブ)

どこに導かれるのか、何が待っているのか。

一度起動すれば、事象空間の裂孔と、世界を塗り替える白光が、全てを満たす。

「掠れる鍵盤に。波の静寂に。星の果てに。」

呟きながら表裏の毛羽立つ因果に私は手を加え、——捻じ曲げる。

知覚で捉えきれる数倍の明滅に感覚の均衡が崩される。
意識の混濁と、深い眠りに似た。泥に埋もれていく。


雨の音が、やんだ。


眼を開き、たどり着いた先は、静寂だった。

賑やかだった情報版も、今はエラーを吐き出して口を紡ぐばかりだ。

上気した血液と、髄を揺さぶられた揺り返しで、足取りがおぼつかない。

しかし、予感めいた期待と不安に、扉へおずおずと手を伸ばす。

その先にあった光景は、果たして、目を疑うものだったか。
初めから分かっていた事だったのか。

美しい星空は、巨大な建造物で、覆い隠されてしまった。
暴力にも似た、禍々しいケーブルが、無数に張り巡らされている。


ここが、先ほどと同じ場所であると気付くのに、少しの時間を要した。
一体、どれほどの歳月が流れたのだろう。

そこにあったはずの星たちに、見えないはずの手を伸ばす。

ここは確かに、UNIT-1723A.
しかし、その傍らには馴染みのない単語が、あるだけだった。

放射冠(corona radiata)

安堵しながら混乱し、昏睡しながら納得する。

ゆっくりと薄れていく意識の端を掴み、その時が近い事を、
忘れぬ様に、己の脳裏に焼き付ける。

星たちの囁きは、夢の中でしかもう聞くことができない。

瞳を、閉じる。






- The Speculation will continue. -




◇無言者の走り書き


※現在では、「Edge of Memory」のワールドから選択制ポータル限定でアクセス出来るようになっています。各オーナーから、ワールド名を選択し、世界に進入してください。


・All Time Low
・Non-Entity
・UNIT-2025
・Farewell
・Another Version of the Truth
・The Four of Us are Dying

❁ jamais vu information

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