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友達以上恋人未満③ M 【第一章.男勝りが女の顔になる時】

青天の霹靂のような展開の後、彼女とは正反対の方向へ帰っていく僕。地図で見ても学区の端から端に近い。彼女を送って自宅へ帰る、それだけで2時間近く消費した。当時はそれでも苦痛を感じなかった。

お気に入りのプレイリストを入れたMDプレイヤー(懐かし!)を聴きながら、ご機嫌でチャリンコを飛ばした。彼女の笑顔を思い浮かべながら。るんるん。

「なんか映画みてー…」

そんな気分だったので、そんな言葉が出たのだと思う。いつの間にやら、ゾッコンになっていたのは僕の方だった。灰色が虹色に変わったかのような気分。

ゾッコンに至るまでを少し振り返る。
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寒い。

早朝の学校は寒い。当時はエアコンなんて文明の力は◯学校には認められていなかった。ストーブも無かった(職員室には2つ位あった)ので、時間が早ければ早いほど学校は冷え冷えなのだ。

「さぶぶぶぶ…アイツちゃんと来るかな…」

そんな事を言ったと同時にピロリンと音がする。アガタメール、彼女からだった。

「✉️おはよ〜( ^ω^ )もうすぐ着く、てかハン早すぎ。バカじゃん」

朝から煽りよる。

レディより早く現場に着くのが紳士だよ、などと返して少しした後、正門に彼女の姿が見えた。
僕は三階校舎の3階東側の隅の、例の臨時でしか使われない教室で彼女を待っていた。待ち合わせの場所。
教師達に見つかるとマークされると踏んだ僕達は、予鈴が鳴る少し前までその教室で落ち合い、一緒に過ごす事にした。人目を避けて校内デートという感じ。
本当にガキのくせに欲望のまま動くやつだったなと、自分でも思う。

「おはよ!」

「うぃっす」

「何だそのオッサンみたいな返事」

「ウチ誰相手でもこれだもん」

そう言いながら、Mは鞄を机の上に置いた。
机は子供八人が収まる広さだったので、僕の鞄も予めそこに置いてあった。鞄同士が仲良くくっついている。なんだかそれも嬉しく思った。

「先生とかにも?」

「バカ。言えるわけねーだろ」

「分別はあるんだね…」

「うっさい、寒いから早くこっち来い」

「なんで命令…行くけどさ」

不器用というかぶっきらぼうというか、Mの父親の影響なのか?よく分からなかったが、キャラの濃い自分主役だてやんでぇ!という感じの彼女。そんなとこも憧れた。

その日は特に寒かった。

薄着で来たのを後悔する程度には。
彼女をいち早く見つける為に窓は全開にしていたので、換気された教室はなお冷えていた。

「ホラ、ぎゅーだよ」

「んー…なんか良い匂いすんなお前」

「朝風呂入ったから…かな」

「あったかい…眠くなる…」

彼女は眠そうな顔をしていた。
遅くまで勉強していたのか、遊んでいたのか…早起きが苦手なタイプの人なのか、この密会はほぼ毎日続いたが、毎回眠そうだった。

「寝てもいいよ、一緒に横になる」

「横はダメ…見つかったら言い訳出来ない」

「確かにね、じゃー支えてるからこのまま寝なさい」

「んー…んー…ほんと良い匂いする」

それはこっちの台詞だった。
彼女の髪や制服の香りが何かこうドロドロとした感情を抱かせた程、堪らなく良い香りがした。

「Mも良い匂いするよ、凄い好きな香りがする」

「嗅ぐな。バカ」

脇腹に軽めのジャブが入る。早過ぎるDV…
手加減されても痛いといえば痛い、良い拳だな…。

「ドキドキして来た」

「ウチも…」

「キスしても良い?」

「下手でも笑わない?初めてだからさ…」

「全然笑わん。寧ろ嬉しいよ」

「何で嬉しいになるんだよ」

「初めてを俺にくれるって事じゃん、光栄過ぎる」

Mは初めてのキスを僕にくれた。
死ぬ迄変わる事のない彼女の歴史の、
最初の相手になった事実。高揚しない理由がない。
誰よりも至近距離で顔を近付ける事が許されている。
その権利を利用し、彼女の両頬を優しく掴み固定し、ただ押し当てて触れるだけのキスをした。

「んっ…」

この声。
この声が脳の芯まで響く。
男勝りで勝気のジャイアン女version
でも顔はモデル顔負けの美人。
その人が快感につい声が漏れて女が溢れてしまうその一瞬。
その一瞬が愚息を張り切らせた。

「リップ塗ってるでしょ」

「ウチ乾燥しやすいみたいから予防で」

「そうなんだ…それも良い香りする」

「リンゴの香りがしたっしょ?笑」

「した笑」

「んで、もう終わり?まだ時間あるよ、後40分くらいは」

「終わらないよ。せっかく2人きりなのに。ギリギリまでキスする」

「唇荒れそう…」

「いや多分大丈夫…」

「ま、いっか。ホラ…」

今度は彼女がやり返してくる。
同じ事を、同じ様に。

柔らかい唇。とぅるとぅるです。
しかも寒さと緊張で震えてるモンだから、その感触がやばい。その上好きな人とのキスは痺れる。

「ふふふ」

「チュッ…なんで笑ってる?」

「だって積極てk」

「チュッ…」

話を遮る為に、話してる時にキスを重ねるな。
気持ちいいだろうが。それはそれで。
もうカチカチ山、活火山。
正直言うともうすぐにでも合体してみたいと欲望が赴くままに息子は準備万端。

「ひもひいね(気持ち良いね)」

「ほうはね(そうだね)」

唇をくっつけながらしゃべってみるテスト、的な。
お互いに目を瞑らずに見つめ合ってキスしているもんだから、お互いの眼以外何も見えない状態。

「チュッ…ずっとしよ」

「いいよ、遅刻ギリギリまで」

「ウチ今日日直だから早く行かなきゃなんない。20分前には教室行くよ」

「本当そういうとこマジで真面目」

「だから実際は後10分しかない」

「しょうがないか…ま、もうちょっとキスしよう」

「しよ…ハン…」

エッチな声で、耳の近くで、人の名前を呼ぶな。
脳がバグるに決まってんだろーが。
チュッチュッという音が一定のリズムを刻みながら、僕らの秘密の場所に響き渡る。まだ人気のない校舎で。

「ちょっと触りたい…」

「えーそれはヤダ、ハズいもん」

「えー…悲しい」

「分かった、くすぐったがりだから、もしもくすぐったらブッ飛ばすからな」

「いやー本当に男勝りな人だ」

胸に手を当ててみた。殴られた。

「くすぐったい!」

「えぇえ無理ゲーなんですけど」

「そこ以外が良い」

「分かったよ」

尻付近を触ってみた。殴られた。

HPが朝イチから減っていく。1時間目を乗り越えていけるか。俺。

良いところで、続く。

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