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コロナの時買ったスタンド式体温計が一生懸命仕事をしている

粛々と仕事をこなすものたちのことを、しばし考えてしまった


「体温は正常です」
「体温は正常です」
「体温は正常です」
 電子の声がたて続けに言っている。
 うるさいなあと思って見てみると、コロナが流行して2年目ぐらいに買ったスタンド式体温計の前を、ボランティアの青年が行ったり来たりしていた。
 高齢者弁当の配達に来たのだが、弁当箱に詰めるのが間に合わず、待っているのだ。
 そこにスタンド式体温計があった。
 無機質な声は自分の前を人が通るたび、その体温を瞬時に測定し、「平熱です」と知らせる。
 それはもういじらしい一生懸命さで。
「あのね、同じ人だから1回測ればいいのよ」
 と言ってやりたいくらいだったが、彼女も自分の仕事を熱心に遂行しているのだからと、そっとしておいてあげた。
 
 いじらしいほどの熱心さは、たまにカーナビでも感じる。
 目的地を設定しておきながら寄り道することがある。
「右折します」
 と言われて左折する。
「左折します」
 と言われて直進する。
 カーナビの彼女は決して怒らない。
「違うだろーが!」
 とは決して言わないのだ。
 冷静に優しく(優しいかどうかはわからない)、正しい道を考えてそちらに導こうとしてくれる。
 しかしこっちは他の目的を先に済ませたいのだ。
 ことごとく指示を無視して走る。
「違う!」
 とカーナビが怒るだろうか。怒らない。
 彼女はひたすら一生懸命。
 これをけなげと言わず何と言おう。
 
 さて少し違うかもしれないがこんな経験はないだろうか。
 普段入ることのない部屋にたまたま入った時、その部屋の時計がきちんと動いていて感動したということは。
 
 その部屋に入ったのは1年ぶりかそれ以上だった。
 集中して読みたいものがあったので、そこにあった椅子を引っ張り出して座ってみた。
 そこにあったのだ。たしか結婚記念でもらった昔懐かしい時計が。。
 時計は正しい時刻を刻んでいた。
 おまえ、誰も入らないこの部屋で、ずっと1年以上そうやって正確に時を刻んできたのか。
 私は思わず、「偉いなあ」と口に出そうになっていた。
 
 そう考えると草花だってすごいのだ。
 誰が見ているわけでもないのに、ちゃんと季節がめぐると咲く。
 それも美しく咲く。
 
 庭の奥の方で誰にも知られずに咲いている見事な花を見ると、「誰も見てないのに偉いなあ」と毎年毎年思ってしまう。
 
 スタンド式体温計の電子の声を聞いて、いろいろと考える今日この頃なのだった。
 

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