治験日記⑤

入院中のささやかな刺激にと始めたこの日記も今日で最終日となる。晴れて退院の日だ。
雨が降っているのが残念だが、頭痛も克服して体調はどこも悪くないし、歯も抜けておらず便通まで快調ときている。
加えて天気まで快晴を望むのであればなにかを差し出さなければならないかも知れないので、それを考えると雨でいい。
この世は等価交換だと、私達はあの漫画で学んでいる。
待ち望んでいた今日だったが、以前コロナでホテルに軟禁されてから久しぶりに日の光を浴びたようなそんな感慨はなく、退院してもしばらくの間は一週間おきに来院しなければならないことが理由だろうか。

入院生活に関してはもうほんとに結構かなり退屈だったし、日記に出来るようなユーモラスな事件にも乏しく、ないところから無理やり話題を引っ張り出しては捏ねて叩いて引き伸ばしてから焼き上げて、一回地べたに落としてから提供するような、露悪的に誇張された日記になってしまったかもしれないが、タメにならないくだらないものを書きたかったので、今回はこれで良しとしよう。

なにも起こらないがあまり、6日目で読破した進撃の巨人がびっくらこくほど面白く感動的だったので、4000字分まるまる感想を書き綴ろうかと試みたが、書評は本当に難しくすぐに諦めた。
素晴らしい作品に対して自分の持てる言葉があまりにも陳腐で馬鹿らしく、良いものにミソがついてしまう。
あれだけ重厚な物語を糸で紡ぐには、世の中の仕組みに対して相当解像度を高く持たなければ不可能ではないだろうか。
なにしろ縦の糸はわたし横の糸はあなたどころの話ではないのである。4次元的にこんがらがってにっちもさっちもいかない状態からなんかマフラーできましたよ。みたいな、驚天動地の仕事であった。
途中、話の複雑さに ”本当に一人で書いてるんかいな…” とゴーストライター説を疑ったりもしたが、担当編集者やその他素晴らしき協力者と共に紡ぎ合わせた布なんだろう。
佐村河内呼ばわりした非礼を詫びたい。
このように私に少年の心を再び吹き込んでくれた点もこの治験の良かった点と言えよう。
近々ワンピースも全巻読み直す日が来ることが予想されるが、私は空島突入の瞬間から離れてしまったため、莫大な時間を溶かすことになりそうだ。

進撃の巨人に関心しきりの私だが、今日はもう退院。最後に少しくらい意義のあることとして、治験に対しての総括をしてみたい。

採血採血採血採血

見出しの通りだ。治験はとにかく採血の日々である。治験と書いて採血と読もう。
それでも今回私が受けた治験薬に対しては、他の治験に比べて少なめの採血で済んだようだ。
入院前にネットで読んだ記事には、一にも二にも採血採血、寝ても覚めても採血採血、バンパイアにでも嫁入りしたのかと思うほどで、入院中の空いた時間に仕事をしようにも採血の回数が多すぎて仕事が手に付かず、治験はもっとも仕事の時間を与えない空き時間だと、そんなように書かれていた。
それに比べれば平均して毎朝一回、多くとも日に3回くらいの採血で済めば儲けもんだろう。
とはいえ人生でもっとも血の抜かれた一週間だったことは確かである。

そして採血に付き物といえば、担当者のあたりはずれだろう。
同じ針を腕に刺すのにどうしてこうも違いが出るのか、注射には確実に上手い下手が存在し、痛みの少ない注射の大半をおばちゃん看護師が担っているのは言うまでもない。
私は採血に関しては絶対におばちゃん看護師が良かった。そういう人は多いと思う。

この病院にいる看護師は採血の回数が多いためなのか全体的に上手で、一日に3度も血を抜くときは憂鬱にもなったが、それでも痛みは少なかった。
が、ひとりだけ私がハズレに思っている看護師がいた。
別に不親切とかではないためヘタクソヘタクソ言うのも憚れるが、まあヘタクソだったのだ。
できるだけ当たらないように毎日願っていたことが神に届いてか、初日以外は全て痛みの少ない上手なお注射、これぞナースのお仕事という採血だった。
そして退院日である今日最後の採血。満を持して私の横にいるのはあのヘタクソ看護師であった。
最終日に限って何故…この看護師は私の腕を結束した後、「あれ?」とか「ちょっと待ってくださいね」とかいちいち人を不安にさせる文言を挟んだのち、肝心な「チクッとしますよ」を言わずに私に痛い注射をお見舞いした。
これはヘタクソとか以前の問題だ。前回より酷い。
「チクッとしますよ」を言わずに人を刺したのだからそれはもう通り魔だろう。
このようにして採血の担当者によっては通り魔事件も起こるため、もし治験を受ける時には留意されたい事柄である。

治験は人に勧められるか

言ってしまうと正直勧められない。
別に健康被害が出たわけでもないし、健康的と言える時間に寝起きをし、栄養バランスの整えられた食事をして心も体も万事快調だが、やはり必要のない薬を体に入れるのだから、慎重になるのが一番いい。
日本で行われる治験について危険を伴うようなものはほとんどないだろうが、不要なものは体に入れないに越したことはない。
コロナワクチン一つとっても、ワクチン後遺症と思しき症状があるようだし、どんな薬でもたくさんの人が打てば必ず副作用は現れるのだ。

ところで、コロナワクチンといえば陰謀論が渦巻く混沌とした界隈でもあるが、その種々様々ある陰謀論の中に、時空を飛び越えてやってきて面白がられているものがある。
それは”地球平面説”と言って、亀の上に何故だが像がいて地球を支え、端から海が滝のように流れているあの”地球平面説”だ。
皆んなも教科書で一度は目にしたことがあるだろうあれだ。
今更そんなことを言い出した人間は周りにはいないが、こと米国においては少なからず存在するらしい。
そういう設定で生きてみるのも一興、面白いものかもしれないが、陰謀論者の困ったところはそれ以外の言説を排斥したうえ、トンデモ理論を補完するために別のトンデモ理論をコラージュするため、どんどん膨れ上がってさらなる暗黒物質を生み出したりするところにある。
友人と陰謀論の話になった時に二人でよく話すのは、「だからなに?」ということだ。
地球が実は平面だろうが、NASAが実は月に行ってなかろうが、ロスチャイルド家に世界の実権を握られていようが、全て「だからなに?」と思ってしまう。
全てはバタフライエフェクト、風が吹けば桶屋が儲かるの論法なのかなんなのか知らないが、そうだったとして何が問題なのかわからない。
もっと考えるべき問題はたくさんある中でわざわざ地球が平面であることに問題意識を抱くような人間は暇人としか言えない。

はあアホばっかりと言いたいが、例えば治験薬の副作用で苦しみ、満足な補償も受けられなかったりした場合、どうにもならない弱い自分を補強するために陰謀論に走ることも無いとは言い切れない。
とかく我々はか弱い人間。不要な薬は基本的には毒である。よって治験は勧めない。

ロマンスの行方

noteは有料でない限り全て公開された記事となるのだが、この日記の読者は言わずもがな、ほとんどが私の友人だろう。
たまにnoteユーザーの方が反応をくれるが、逆にどこからどのようにたどりつくのか不思議である。
治験を考えているものにとっては参考にならない私情、劣情が多すぎるため、#治験というタグから来た人も踵を返すに違いない。
日記としての体ももはや成しておらず随筆の様相だが、こんな日記の中でも一際反応があった話題として、Dさんと私のロマンスの行方がある。
行方も何もアクションがあったアプリではDさんをブロックをしたのだが、勿体ないという反応をする友人が数名おり、私の性欲に期待して面白がられているだけかもしれないが、面白がられているうちが華、ブロックを解除していた。

解除しただけでこちらから一切接触は図っていないのだが、Dさんの悶々パワーは中々凄まじかった。
ブロック解除の翌日には「こんにちは」とメッセージが来たのだ。
そのままオウム返しで「こんにちは」と返したがDさんはめげなかった。
汚い文言が多いため、可能なかぎり美しく言い換えると、
「あの、もし。貴方様の大木のように屹立した逸物をほんのひととき口に含ませて下さいませんでしょうか?私からのみで構いません。」
このようなメッセージが届いた。読解できただろうか?一方的に口淫をしたいということだ。

みんなDさんをどのように思い描いているかはわからないが、Dさんは背が高いだけの男で、ルックスも麗しくなく、一日中パズドラばっかりやってそうな感じだ。
私にもタイプというものがあるし、危なかっしい行為をする場合はそれに見合ったメリットを享受したい。
Dさんに口淫をされても院内での信頼が失墜する恐れがあるばかりか、私の逸物よりDさんの口腔内の方が汚い可能性もある。
その申し出は今回も丁重にお断りしたが、その肥大化したリビドーには一応共感を示しておいた。
その後なんとなくやりとりを続けるが、Dさんはかなり溜まっているようだったので以下にそのメッセージを記しておく。
今回もDさんのメッセージのみ、可能な限り美しく言い換えるため、読解いただければ幸いだ。

「口に含めないこと、大変残念に存じます。一週間ほど、子種を袋に遊ばせるばかりだったもので。」
『そうですね入院中抜けないですもんね笑』
「ええ…しかし、厠の左の個室は御覧になりましたか?白い壁面に、濁ったスペルマが放出された跡が雨垂れのように一筋垂れて、胸の鼓動が高鳴りました。」
『マジっすか笑 何階ですか?』
「5階で御座います。斯様なもので昂ぶる浅ましさ、お許し下さい。それは乾いておりましたが、白い雨垂れのような軌跡は、必ずスペルマで御座います。」

上記のようなやりとりで、私とDさんのロマンスは幕を閉じた。
読解できただろうか。

退院

退院だ。
入院中の負担軽減費はなぜか5千円だけキャッシュでくれたが、残りはどうやら振り込みになるらしい。
散々描いた部分もあれど、看護師の方々も医師も体調など逐一気にかけてくれ、とてもいい病院だったと思う。
参加されたメンバーも、仲良くはなれなかったが愉快な一面を垣間見たりして、平時であれば思い出さないようなことでも、日記にしたためたことにより時折思い出すこともあるかもしれない。

この日記も治験日記なので今日が最後になる。
思えば自分に課したこととはいえ、薄い入院生活を味付けして無理やり日記にする作業にも苦しい場面が幾度もあった。
それでも大体一日4000字を書けたのは読んでくれた友人あってのことだと思う。正直私だったら他人の日記なんて興味がない。読まない。
感想をくれる友人までいて感謝でいっぱいだ。
読んでくれてありがとう。

病院を出て家に帰ると今度は転職活動が待っている。
面倒臭いが、この日記のようにくだらない部分を持ち合わせたまま、ひとまずは社会に出ていきたい。
面倒臭いなあ。






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