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 石臼ゴロゴロ。(役に立たないそば屋の話6)  

 
「そばほど贅沢な食べ物はないですよ。」
そばの製粉の機械を作っている方が、こうおっしゃっている。
「これだけ食べるのに、手がかかる食べ物は、
 まず、他にはないでしょう。」
 
そう、そば畑から、そば屋のせいろに盛られるまで、
そばは、実にたくさんの手数を掛けられているのだ。

そば屋だって、粉から麺にするまで、
ずいぶんと時間と手間がかかる。
特に、私のような手打ちの場合は、
なおさら体を働かせなければならない。

だけど本当は、その前の仕事、
そばの実から粉にするまでのほうが、
はるかに手間と時間がかかっているのだ。

確かに、製粉屋さんに行けば、
いろいろな機械がゴトゴトブーンと動いている。
そばの実を磨く機械や、石を取り除く装置、
実の大きさを揃える、皮をむく、
そばの実を選別する、実を割る、
臼(うす)で挽く、ふるいに掛ける、
それを混合する、袋に入れる、
実に、たくさんの種類の機械が働いているのだ。

これらの機械を作る方は、
さぞかし、苦労と工夫を重ねてこられたのだろう。
だから、最初の言葉のようになったのだね。

さて、今では、臼(うす)で粉を挽く、
そして、その前後の細かい作業を、
すべて、電動式の機械がやってくれている。

でも、そんな機械のなかった時代には、
一体どうしていたのだろう?

人の手で臼を回していたのだね。
(まあ中には、脚で回す人も居たかもしれないが。)

臼は大抵、直径30センチから35センチぐらいの丸い石でできている。
そばをよく挽くことができるように、
かなりの重さがある。
それを、外側に付いている穴に、
木の股を使った棒でひっかけて、
ぐるぐると回すのだ。

これが、ちょっとコツがあり、
その棒を手の中で滑らせるようにして回すのだ。
ぎゅっと握って、力任せに回そうとすると、
棒は穴から外れてしまう。

上の穴から、少しずつ、
皮を剥いたそばの実を入れながら、
臼をゴロゴロと回し続けなければならない。
そうして、少しずつ、
少しずつ、、、、
本当に、情けないぐらい少しずつ、
そばの実が粉になって、上下の石の隙間から落ちてくるのだ。

ここ長野あたりでは、
昭和のはじめぐらいまで、
石臼は、嫁入り道具の一つだったという話を聞いたことがある。

信州は、女性が家庭でそば打ちをしていた。
日々の食事だけでなく、
婚礼などのハレの日にもそばが振る舞われ、
その家の主婦が、そばを打つのが当たり前になっていたようだ。

そばを打つには、まず、粉を挽かなければならない。
主婦は長い時間床に座り込んで、
ゴロゴロと、重い石臼を廻して、
家族の分のそば粉を挽いたのだ。

「そばを打つ日は、ばあさんが縁側に座って、
 半日かけて石臼を廻していたっけなあ。」
などと、年配の方が、思い出話をしたりする。
なかには、
「学校から帰ると、粉挽きをやらされて、
 嫌で嫌でたまらなかった。」
などという方も居る。

粉を挽くのは、
女性と子供の役割だったのだね。

その家に娘が居ると、
その娘は、夜に次の日のそば粉を挽く習慣があったとか。
娘さんも大変だったね。

ところが、娘が夜に、
ため息をつきながら(本当にため息をついたかどうか知らないが)、
石臼を廻しているという話を聞くと、
近所の若い男たちが黙っていない。
機会をうかがっては、
石臼を廻すのを手伝うというのを口実に、
娘のもとに通う男も居たとか。

いつもは退屈な粉挽き仕事も、
二人で、あるいはもっと大勢で、
交代に臼を廻せば、
楽しい時間となったことだろう。

さて、そばの大消費地であった江戸時代の江戸では、
どのように、そばを粉にしていたのだろう。

ここでは分業がかなり進んでいて、
水車を使って、そばの皮を取る、
専門の業者が居たという。

その業者が、江戸中のそば屋に、
丸抜き、つまり、皮をむいたそばの実を届けるのだ。
当時のそば屋には「臼場」という場所があり、
ここで、専門の職人が、
終日、臼を廻して、そば粉を作ったという。

これも大変な仕事だっただろうなあ。

でも、動力の普及により、
そういう仕事も無くなっていったのだ。

店で若い人に、石臼で挽いたそば粉を使っていると言ったら、
こう言われてしまった。

「臼って、正月のお餅をつく時に使うものでしょう。
 へえ〜、それが石でできているんだ。」

あれっ、何か話が噛み合ないなあ。

もっとも、今の若い方は、
ぐるぐると廻る石臼なんぞ、
自分で廻したことはないし、
見たこともないのかもしれない。

そばの実からそば粉を作ることが、
どんなに大変なことなのかを知っていただくためにも、
どこかで、石臼をゴロゴロと廻すことが、
体験できる場所があるといいな、、、、

、、などと思ったりしている。

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