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「変化の時代」は本当か?

 2016年のダボス会議で言及されて以降、近年の経済は「VUCA」の時代を迎えているといった表現が一般的になっています。(※1)このような言葉の浸透からも分かる通り、今は「変化の時代」である、という認識は広く共有されていると言えるのではないでしょうか。
 しかし、そういったバズワードは耳に入るものの、それが実際に表している現象や出来事を具体的に捉えることは難しいです。Financial Timesでは(※2)実際に起こっていることは地政学的な国際情勢の変動であり、VUCAという言葉自体は実のところ何を表すでもない空虚な言葉に過ぎないとも言われています。
 では、今実際に起こっているのはどのような変化であり、どのような要素が影響しているのでしょうか。この記事では、豊富に情報が公開されているアメリカの経済に注目し、近年の世界は本当に経済の変化が激しい時代になっているのかを確認した上で、そのような変化に寄与した要素を考察していきます。

検証:トップ企業の売り上げに注目

 まず、1955-2020年の期間において総収入トップの企業の売り上げ推移を追ってみることにしました。下図は、縦軸に順位・横軸に年をとり、アメリカにおける総収入ランキング上位500に入った企業をプロットし、2回以上ランクインした場合は線でつないだグラフになります。(※3)

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このグラフ自体はとても興味深いですが、あまりにも動きが激しすぎたため、このデータのみから示唆を抽出することは難しそうです。

 そのため今回は、アメリカ経済の変化を可視化するために、別の操作的な概念を置くことにしました。具体的には、先ほど用いたデータを使い、前年度比売上額の標準偏差をとってみます。それをグラフ化したのが下図です。(期間内にラインクイン経験があった企業について、ランク外の年の売り上げを全て調べることが不可能なので、便宜的に0として計算しています。)

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 グラフを見ると、全体的に変化が大きくなっていることがわかります。2003年付近までは微増傾向だった標準偏差は、2005年に急増し、2017年以降は落ち着きを取り戻すものの全体的に増加傾向を見せています。
 ここから、全体的な傾向として1955年以降アメリカ経済における変化は激しくなっていると言えるでしょう。グラフが全体的に右肩上がりの傾向を示していることから、変化が激しくなっているのは一過性のトレンドではないことが言えます。
 一方、一部の変化に着目すると、時期によって特徴的な変化が見受けられます。具体的には、1985年、1994年、2005-2017の期間に比較的大きな変化が訪れていることが分かります。次節では、それぞれの時期にの変化がどのようなものであったのか検討していきます。

1985年の変化

 まず1985年は、ドル高を解決するためプラザ合意がなされた年でした。言い換えれば、1985年は世界的なドル高進行のピークだということです。国内通貨の価値が高い時には、海外から製品や原料を輸入する会社にとって有利な状況であり、逆に輸出産業にとって大きな打撃となると言われています。
 実際のところ、この年は原料を輸入に拠っている石油精製・製鉄業に従事する企業群が大きく売り上げを伸ばしています。U.S. Steelは1985年に前年度比売り上げにおいて約129億$の伸び、Chevron Texiacoは約26億$の伸びを記録しており、この傾向の代表例だといえるでしょう。それに対し、輸出産業である自動車・食品などの業界は凄惨な赤字を記録しています。例えば、General Motorsは前年と比較して82億7千万$も売り上げを落としていますし、Nabisco Groupは48億2千万$ほどの下落を見せています。
 つまりこの年代の変化は、ドル高によって引き起こされた石油精製・製鉄業の売り上げ伸張を主としたものだったと考えられます。

1994年の変化

 次に1994年は、メキシコ通貨危機やヨーロッパでの通貨不安を契機として、ドル安が急激に進行した年となっています。ドル安傾向では、先ほどとは逆に輸出産業に取って有利な環境になっています。FordやChryslerなどの自動車産業は勿論、Hewlett-PackardやCompaq Computer、Intelなど、PCや半導体に関わる業界が伸びています。さらに、Amazonがeコマースの先駆者として市場に登場するなど、後のドットコムバブルに向けた変化の兆しが現れた年であると捉えられます。
 具体的に、Fordは前年度比70億$以上、Chryslerは67億$以上の成長を記録しており、Compaq, Intelは30億$近い伸びを見せています。一方、1985年時点で好調だった石油産業や食料品産業は大きな落ち込みを示しています。先ほど名前が上がったChevronTexacoや、食用品・日常生活用品を扱うUnilever U.Sが特に大きな打撃を受けています。
 まとめると、1994年の変化は国際的な通貨の信用不安による輸出産業の成長だったと言えるでしょう。

2005年以降の変化

 そして2005年以降は、リーマンショックに端を発する世界的な株価の下落・金融不振などによる変化が起こったと考えられます。その後2014年以降、グラフの値が下がったことは、FRBによる金融緩和政策によって失業率が減少していったこととも符合しています。
 一般的に、常に使われる日用品や、その小売りを行うスーパーマーケット・葬儀関係業界などは不況時にも安定的な売り上げを記録することが知られています。例えばProcter&Gambleは、リーマンショック前の2006年時点でFortune500のランキング外だったのに対し、2014年に約841億$の売り上げを記録しランクインしています。また、Walmartは同期間に約1600億$もの順調な売上増を記録しており、日用品・スーパーマーケットのリーディングカンパニーがこれらの傾向に位置づけられることがわかります。
 さらに、不景気には新たな需要が生まれるのでイノベーション加速の契機となるとも言われています。実際、2012年にはFacebookが初めてFortune500にノミネートされるほど成長しています。加えて2006年から2014年の間にはAmazonは650億ほども売り上げを伸ばすなど、近年インフラ同様に使用されているサービスが急激に成長していたことがわかりました。その原因としては、不景気の影響を受けて消費を伴う外出をしなくなる、”巣ごもり”的状態が作り出されることで、インターネット上のサービスに需要が高まるのではないかと推測できるのではないでしょうか。

おわりに

この記事では、アメリカの企業の総収入ランキングを例にとって「変化の時代」の表れの一面を切り取ってみました。結果として、企業の興亡は昔に比べて徐々に激しくなっていることや、そのような変化は通貨の相場変動とかかわりがありそうであることを再確認できました。別の地域についてデータが見つかれば、地域別での分析も興味深いと思いますし、貨幣価値以外の要素と経済の変化のかかわりにも掘り下げる余地が多分にあると思います。
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文中で表記した参考サイト

※1
「VUCA」時代、リーダーに重要な4つの言葉 グロービス経営大学院学長 堀義人氏(48)https://www.nikkei.com/article/DGXKZO11343490V00C17A1X12000/

※2
”The empty consolation of ‘Vuca’ and other buzzwords”, Financial Times,  https://www.ft.com/content/9aa465fe-d5e7-11e8-ab8e-6be0dcf18713

※3
アメリカ企業の総収入ランキングであるFortune 500の、1955年から2020年までのデータから作成。2007年から2011年の期間はデータが取得できなかったため未収録。
https://fortune.com/fortune500/
https://archive.fortune.com/magazines/fortune/fortune500_archive/full/1955/

その他参考サイト


プラザ合意から33年、1985年は何だったのか | リーダーシップ・教養・資格・スキル
https://toyokeizai.net/articles/-/209556

第2章1985年の世界の主要な動き
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1986/s61-1020001.htm

この10年で世界を変えた出来事とは?教養として知っておきたい2000年以降の世界経済史
https://diamond.jp/articles/-/60478

米国の出口事例、1994年の不安再来はあるか
https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/today/rt140305.pdf

平成7年 年次世界経済報告 第1章 世界経済の現況
https://toyokeizai.net/articles/-/209556

第2章1985年の世界の主要な動き
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/1986/s61-1020001.htm

Texaco Inc.(現Chevron) [texaco inc.(げんchevron)]
https://blog.btrax.com/jp/recession-business/

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