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カトリック女性の役割〜'21-24シノドス、『大陸ステージ作業文書』『討議要綱』から

カトリック教会内で、女性の役割の再検討(とくに決定、統治に関する)について、'21−24シノドス(世界代表司教会議)の重要テーマの一つとなっています。(↑Ernesto EslavaによるPixabayからの画像)

「女性の役割、カトリック教会で緊急に取り組むべき課題に」(タブレット、2022年10月27日)

昨年秋のこととなりますが、その前に世界各地の教区(日本には16教区ある)から集めた意見聴取をもとに、バチカンのシノドス事務局がまとめた『大陸ステージのための作業文書』の内容が話題です。
その中で、世界中のカトリック教会から、「女性の役割をどうするか」が課題として挙がってきました(上の雑誌の写真は前回、2018年の青年のためのシノドスの閉会ミサのもの、”男”しかいません)。これは、世界中で起きた性虐待が要因になっているのですが、聖職者中心の同質性を打破し、教会組織を男女信徒・修道女などにも参加可能にすることで、問題解決を図ろうとするところから、大きなうねりとなっています。「女性を統治者に含める方法、ミサの説教ができるようにする、女性の助祭職」といった具体策が課題として挙がっています。
教会の中で、女性の役割はすでに大きいことは誰しも認めるところで、この文書でもそこは強調され、しかし決定には加われなくなっていて、「安い労働力」扱いされている、とまで書かれています。まあ、そのとおりなんです。
聖職者中心主義を打破して、すべての信者が教会運営に関わろう、というのがシノダリティ(シノドス性)の精神なのですが、各地からの報告で、その司教・司祭の声が聞かれなかったり、信者から意見聴取する集まり自体が開かれなかったり、といった「抵抗」があったことも書かれています。まあ、急には変われないですから、そんなもんでしょう。「既得権」を取り上げられると感じる人には「パワーゲーム」の様相を呈するわけで。
その他、「離婚再婚者、シングルペアレント、一夫多妻制で暮らす人々、LGBTQの人々など、排除されたと感じているさまざまなグループ」についても言及され、現状の教会、これらの人たちに対し、微妙に冷たかったりしているんですね。変わっていけるのか??

「女性、わたしたちはもう主人公なの?」(ラクロワ[コモンウィール]、2022年11月30日)

同じく、『大陸ステージのための作業文書』について。
この文書は、「結論の宣言ではなく、多声的な『信仰の感覚(センスス・フィデイ)』の作業スナップ・ショットのようなもの」と表現し、その「語り口は率直で、温かく、防御的ではなく魅力的で、感動的でさえあった」のです。シノダリティは、「単なる世論調査ではなく、教会が耳を傾ける訓練であり、その耳を傾けることは、神自身の根本的本性を模倣すること」とも述べています。
教会における女性の地位については、「一人について言えることがすべてに言えるかのように女性について語ることを打ち砕ければ、この意見聴取は本物であったと分かる」と述べています。「女性がユニークな洞察力を発揮するのは、生まれつきの謙遜さや介護のための母性的能力のためではなく、"預言者的な縁 "がわたしたちが語ることのできる唯一の根拠であるため」と評価し、また、「意思決定からの排除」「安い労働力として扱っている」ことへの指摘も忘れていません。
こうした女性の参加を見直すよう求める声が、世界中から挙がっていることこそ重要点としています。決して、「西洋近代的」な要求ではない、という意識に、教会全体がなっているということと思います。
カール・ラーナーというドイツ人神学者は、2000年に渡る教会史を3つに分け、第1期:70年のエルサレム神殿の崩壊まで、第2期:1962−65年の第2バチカン公会議まで、第3期:それ以降、としていることを、この記事は思い起こさせます。いまのカトリックは真に「世界教会」となれるか、「男性が規範的な『主人公』である教会文化への介入が可能か」が問われています。

「霊は、外されたと感じている人のつぶやき声の中に」(タブレット、2023年6月29日)

上の『大陸ステージのための作業文書』をもとに、世界で七つの「大陸別総会」が2、3月に開催され、そのまとめがまたバチカンに送られ、まとめられたものが、6月に発表された『討議要綱』となります。この『討議要綱』をもとに、10月のバチカンでの総会(第1会期)本番に臨みます。
これを読んで、感想を述べているのは、シスターになる前の修行の身である2年目修練者、リズ・ドッドさん(外見、かなりパンクです↑)。
「シノドスは、現状をより丁寧なことばで言い直しただけのものなのでは」と疑っていたのが、『討議要綱』を見て、間違っていたとわかった、のだそうです。彼女は英、ノッティンガムのホームレスの若者と働いているようですが、彼らが地元の意見聴取で挙げた声が、「国や大陸レベルでの聖職者のフィルタリングに耐え」、『討議要綱』の中に残り、それが、「オーストラリアやカザフスタンのカトリック信者のそれと共鳴している」ことを「なんてスリリング!」と喜んでいます。「社会から疎外された人々の側に立って公の場で論じること、不正と差別の状況を告発すること、責任を負う人々との共謀を避けることなど、すべて『討議要綱』の最初のページに書かれている」と強調しています。
さらに、前回の若者シノドスの文書では、LGBTという文字が削除されたのに、今回は、そのことばが出ただけでなく、これまで教会が同性愛者に酷い扱いをしていたことも明記されています。
『討議要綱』の後半は、また小グループでテーマについて分かち合うようなワークシートの形態になっているのですが、その「全体が女性に向けられ」、「シノドスの歩みのあらゆるレベルで責任ある立場と統治における女性の存在感の拡大が求められている」ことに感動しています。
彼女は10月の総会本番に思いを馳せ、「アルバカーキからアマゾンまで」、世界中から起きたうねりとなった波が「ローマに届いても途切れることがないように、シノドスがそれを封じ込めるのではなく、増幅させることができるように」願っています。信徒が初めて投票権をもって参加するものの、10人の小グループの中に居並ぶ枢機卿らと集まって、女性信徒が気後れせずにちゃんと議論できるか、不安でもあります。しかし、「神の霊は、枢機卿たちのラテン語を交えた宣言の中だけにあるのではなく、もっとも場違いだと感じ、自分がそこにいるべきかどうか確信がもてず、わたしたち全員の夢を背負っている人々のささやかな意見の中にもある」と、高らかに歌い上げます。真に、ガッツのある、2年目修練者です。

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