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銀の魔術師[BL]

【概要】
・BLドラマでカップル役を演じた俳優同士の話
・タイドラマをモデルにしているので名前や設定がそれ仕様
・性匂わせあり
・先輩が狂愛じみてますが、特にモデルはなく完全フィクションです。
・メモ感覚なので後で少し訂正します🙏


合わさった唇がゆっくりと離れた後、カットがかかる。
相手は照れながらこっちを見つめ3秒、それからスタッフの方を見て会釈する。ニックは全く穏やかではない。
こいつは僕を最後までもてあそんで挙句さっぱり捨てる気だ。
「ニック、ロン。お疲れ様、良かったわよ」
マイ監督が優しく声をかけた。
「ありがとうございます。後はインタビューとMVで終わりですね」
「そう、また連絡するわね」
ドラマが終わったことに対する「ありがとうございます」を言われることすら耐えられなかったので、慌ててその場を離れた。
これまでの役とこれっきり離れること、そしてニックとの関係もビジネスライクなものに戻ることを意味している……に違いない。

ニックとロンのドラマ、『without you』は視聴者の間で好評だった。同級生の2人がすれ違いながら距離を縮めていく王道のラブストーリーだ。ドキドキするようなシーンもたくさんあって。イベントも重ねながら2人のCPの人気はうなぎ登りとなった。

荷物を整理しながらTwitterで『#LHongNick』と検索した。ファンたちの♡マークのついた反応、そして「ロンニックはリアル」という声が、ニックの胸を高鳴らせる。
みんな流石だ。
ロンは無口で多くを語ろうとしない。でもファンも僕だって知ってるよ。
いつもロンはニックを見ている……そしてさりげなくエスコートしたりフォローしたりしている。完全に“黒”。
こいつはきっと僕のことが好きなのに、それでもわざと焦らして心を試してるんだ。なかなかの焦らしプレイだな。そうか、そう来るならこっちだって押すぞ。

ニックは自身がただのCP役で俳優仲間に抱いている感情が気持ち悪いことに気づいていた。だけど、ロンの顔や目が近づくたび、匂いが濃くなってシート状の熱がマグマオーシャンのように体全体を覆うのだった。
ロンとニックのキスシーンが動画で公開されている。それを眺めて「ファンの人たちに喜んでもらえて良かった」と漏らしながら彼の一つ一つの仕草を思い出す。
ロンの手はかさついていて長い。そしてしっとりと馴染む。
手を絡ませ合って、少し触れるだけで磁石のように離せなくなってしまう。一番楽しみにしているのは、“抱きしめ合う”シーンだ。

あの匂いと体が自分の体を包む心地良さをニックは何度もリフレインしていた。また、演技しているという感覚が不思議な高揚感を生み出す。本来の恋人同士であれば不安に思ってしまうこともある相手との距離感は、この際全く気にする必要がない。
“ドラマだから”“演技だから”“自分じゃないから”“営業だから”……。
これらの言葉だけでどこへでも飛べたのに。
「ニック先輩、今までありがとうございました」
「うん、こちらこそ」
寂しさを少しだけ出して、変なふうに思われないように肩をすくめて笑う。
「ロンとの時間がここ最近多かったから、急に減ると寂しくなっちゃうな」とおどけて見せた。
「俺もです。ニック先輩との共演とても楽しかったし、次に生かしたいと思います」
『次に生かしたい』という言葉が脳裏に突き刺さった……思わず口から滑った。
「経験を増やしたいって気持ちはわかるけど、まだロンには早いよ。しばらくは僕と営業をかねてたくさんのファンに知ってもらうことだよ」
「そうですよね」
先輩って便利だと思う。ロンが目を細めて笑った。鈍感で淡泊なヤツめ。
好き、と書きまくった服を頭に被せてやりたい。これ一生着てろ、って言いたい。
「まだ営業で先輩にお世話になるんですよね? よろしくお願いします」
「最初は戸惑うだろうけど、すぐに慣れて楽しくなるから大丈夫」
だって相手は“僕”だから。ちょっと考えてみてよ?
ロンニックは一生一緒ってファンが聞いたら喜んでパーティーになると思わないの?
彼の静かな愛情と奥に秘めた熱情を一点に引き受けるのは他の誰でもなくニックでなければならないのだ。
そう考えてまたツーショット写真をアカウントに載せる。
僕の丸くて艶っぽい肌とお前の少し焼けた肌は相性抜群。

この写真を元にしたイベントは化粧品のタイアップだったが、ロンの態度はいつもより甘かった。ニックに顔を近づけたり、囁いたり……。それだけで体中から火が出そうになるけれど、本当に欲しいものはそれじゃない。
「僕はロンのことを可愛い後輩だとも思いますし、期待の新星だとも思います。これからも仲良くして、先輩として支えたいです」
ロンがニックを穴が開くほど見つめていた。ニックはそれを察してわざと相手の顔を見なかった。
今頃ファンが撮っている。この二人の怪しい感じを。
“ロンはニックを見つめすぎ”と書かれたものが画像と共にSNSに上がっているだろう。結局は僕の方が賢い、とニックは思った。ロンが(あり得ないことだが)誰と組んでも誰と仲良くしても、結局ニックに対する想いが駄々洩れることになる。
思惑通りだ。
ロンはファンに囲まれることに慣れておらず、ニックに近づいて離れなかった。シャイな男の子だから。だからこうやって先輩がいつまでも支えてあげるのさ。
「ニック先輩……今日はずっと仕事で一緒なのでよろしくお願いいたします。俺こうゆうの初めてで……」
「もちろん」
MCの人の「仲良いですねー」の言葉を聞きながら目を真剣に合わせる。お互いの視線の中に一種の欲がある……ように感じていた。それは当たりだった。突然ロンの手がニックの胸元に触れてきたからだ。
流石に驚いて固まっているとファンから「キャー!」と歓声が上がった。
「俺はニック先輩のことが大好きなんです。本当にいつも一緒にいてくれて助けてくれます」

ロンがマイクに向かって言う。
その言葉の真理はこちらで勝手に解釈していい。
ファンたち、ここにいるスタッフさん、配信で見ている人もみんなよく聞いて。ロンは今大好きって言った。それは決して軽いノリではない。Pである僕に向ける隠れた愛情がちらりと見えたんだ。彼は恥ずかしがり屋で滅多に口にしないのに。つまり、つまりだ……。
「今ロンが言ったように僕とロンはお互いを大切に思っているんです。だからこれからもずっと一緒に成長して行ければなって思います」
優しい笑顔を相手に向ける。するとロンがふとニックの肩を引き寄せる。
ファンが叫んだ。拍手が巻き起こった。
「ファンたちも嬉しそうで、俺役者やってて良かったなって思いました。先輩のおかげです」
「そんなことないよ。まだまだ楽しい交流いっぱいしようね」
僕とは切っても切れない仲になるまではね……。
自分が先輩であるという最もな理由を利用してニックは全世界のファンを見方につけようとしていた。
ちょうどその日、ロンから一緒にIGライブをしようと連絡があって、そこでも彼は思わせぶりにニックの体に自分の体をこすり付けていた。
それがまた拡散して……。
言ったでしょ、お前はもう逃げられない。

それから心配もないほどに絆を深めてからだ……
「ロンはそろそろ次の仕事を貰った方がいいと思わない?」と急にロンのマネージャーのゴットに相談されたのは。
「もうニックと一緒に仕事して一年でしょ? だいぶ慣れてきたし。今他のYシリーズのオファーを受けてるのよ」
え? そんなことある? ダメだよ、後輩の身分でそんな勝手なこと。
ニックは喉が狭くなる感覚を覚え、思わず声が出せなくなる。ゴットは真剣にそのことについてニックに意見を求めているのだ。
「まあ……。ファンたちの反応次第ですよね……」と当たり障りのない答えを出した。
早いものでロンニックとして活動して一年が経とうとしている。更にそばにいる時間を増やし、距離も着実に近づいていた。ロンは先輩であるニックのことをからかうようになった。誕生日にはプレゼントをくれ、Twitterでの会話も一段と多い。
ロンの愛情表現がニックに追いついたのだ。
どうしようかしら、と悩むゴットを横目に自分の体内にどす黒い感情が込みあがってくる。
もしロンがその新しいCP相手仲良くなって、そっちのファンクラブも出来て、同い年か年が近くて波長が合ったら何度もプライベートで食事に行くように……って無理無理、許容出来ない。
それだけは考えただけで全身が締め付けられる。
思えばロンとニックだってただの“ドラマの相手”ってだけだ。でもリアルでもなんでもないよ、ごめんね。って有り得ない。
「まあ、本人に確認してみたらいいんじゃないですか?」
「うん。それがいいわね。一旦ロンに聞いてみるわ」
ロンは絶対にそんな裏切るマネはしないという確信があった。だって僕を好きなはずだから。これまで何度も確かめて、確信してるから。
ニックは気持ち悪く異常な思考回路に支配されたまま、それでも辞めようとは思えない。
精神を安定させるためにまたファンのtweetを確かめる。
ロンがドラマであっても他の人に触れて甘い言葉をささやいてキスをして……もしかしたら……。その仮定は考えられなかった。

ほら、やっぱりない。
久しぶりの屋外イベントでのロンは通常通り、いやそれ以上だった。
ニックがわざと「ロンは僕と一緒に過ごすと本当に楽しいの?」とかまをかけると、「もちろんです。話を聞いていると幸せで天に上りそうになる」と言うのだ。
ファンの悲鳴……少し人の数も増えてますます僕たちは無敵だよ。その時ロンがいきなりニックに顔を近づけた。数か月ぶりに彼の体臭が迫ってきて、大きく心臓が跳ねる。
ニックは微笑んだ。純粋に思いのまま、相手に表情を出した。


覆されたのは二ヶ月後だった。
なんとロンが「Yシリーズを引き受ける」と言い出したのだ。
「やはりそろそろかなと思いまして。ニック先輩から学んだことを生かしたいので」
「……いいと思うけど、ファンにはちゃんとわかってもらえるといいね」
せめてもの抵抗だった。その“ファン”という盾に隠れた自分の感情を読み取って欲しいのだ。
「はい。今日発表になると思うので、ちゃんと説明します」
僕は何を説明されてもわからない。まさかこんな裏切り方をされるとは思わなかった。
ロンと僕がその程度のビジネスライクな関係だと受け入れたくなかったのに。
なぜかロンがじっとこちらを見ている。その目は申し訳なさそうな目か、それとも覚悟の決まった目か……見ていないからわからない。
「ニック先輩、」
急にしっとりとした声で名前を呼ばれる。
「?」
甘くて刺激的なカクテル……。それを被ったような二人の眼差しが重く空気を圧迫した。
ロンがロンではない。この熱視線をずっと待っていたはずなのに、いざ向けられるとニックははっきり言って怖かった。相手の喉元が大きく上下している。いつものスタッフルームで二人は熱く見つめ合っていた。
今は明らかにファンのための営業ではなかった。その時よりももっと鋭く生々しい気さえした。呼吸を忘れているとロンに手首を掴まれる。そしてそのまま至近距離に……。
「ど……どうしたの?」
ニックは起きた今の光景に耐え切れず、止めた。
ロンが慌てて目をそらし、いつもの顔で向き合い直す。
「すみません、忘れてください」
そして部屋を出ていった。
ようやく息をした。

ベッドの中でスマホを開いてはSNSをチェックする。
ニックに追い打ちをかけたのは、ファンの意外な温かい反応だった。
「少し残念だけど応援するよ」「心の整理しなくちゃ」「ロンくん頑張って」……。
そして「受け入れられない」の反応だけを目に焼き付けて離さないようにする。大事に抱え込んで、いつでも思い出す。
ロンのTwitter、インスタグラム。最新情報まで。やっぱり知らないことがあった……。
新しいYシリーズをやるのならその相手をフォローしているのだろうか。そいつは誰?
ロンが出演する作品名、『here you are』。そのキャスト情報をスクロールする。
あった……。プルームと……。

ロンがプルームという人間とCPを組むのは間違いないらしかった。そして気になるのはどれ程親密なシーンが含まれるかだ。ニックとのNCシーンより越えているのは許せないから。
プルームのインスタグラムを開く。まだまだ新人でロンより四つも年下。そして外見は可愛い動物系。
勝てる、と心で確信した。
どの点もニックには及ばない。ロンはこんな男の子に惹かれるとは思えない。
いや、何言ってるんだ? 別に最初から僕たちの間に何もない。ただの役者。目を覚まして?
と理性がつぶやく。
そうだろうか。そしてこの間のことを思い出した。
あれ以降ロンには会えていないので真相を確かめようがない。どうしてあんな目をして手首を掴んだのか。二人の間で一瞬起きた静寂は何だったのだろうね?
ああ、そうか。
僕はロンとの関係を夢見ていたんだ……。実現不可能な仮定を想像することは、簡単で割り切れるから。“想像力”は何よりも自分を健康にする。
でもそれが本当だとしたら、どうだろう? 急に身動きがとれない。心が追いつけない。
現実だったら? 少なくとも、“どこへでも飛ぶこと”は難しくなる。

今はとりあえず無視して知らないふりをするのが良い。
わかることは、自分はとにかく好きだ。あのロンの優しい眼差しと包み込むような感じが。抱きしめてくる腕の強さが。
プルームくん、君もそう感じると思うよ、まあ残念ながらとっくに僕のものだけど。
ニックの中でかつてないほどの暑苦しい想いが脳を埋め尽くした。大量の“夢”の中に少量の“現実”が混ざってますます病気になりそうな気がした。

*******

雑誌の撮影ではどこよりも唇を凝視する。前からあった癖だったがそれでもロンの口元は美しい。引き締まっているけど、見ているだけで弾力を感じるつやっぽさがたまらない。ニックよりも背が数センチ高いので、下唇と上唇の絶妙なバランスがわかる。
「ニック先輩、俺……」
なんとなく言いたいことがわかって息を飲んだ。
「何?」
「来週あたりから新しいドラマのワークショップ始まるんですけど……」
「あー、Yシリーズの?」
「そうです」
そっち? 新しいドラマの話ね? あえて濁したのがやけに気に入らなかった。
「それで?」
「あの……」
戸惑うロンの表情がむしゃくしゃさせた。
ドラマのことでしょ? 引き受けるって決めて撮影も始まるなら、僕の出番は何もないよ。どうしてそんな顔するの?
「ロンはニックに応援して欲しいのよ。ニックがいない現場では不安だからって」
ゴットさんがニックの肩をポンポンと叩いてその場を通り過ぎる。見るとロンの顔がかすかに赤くなって下を向いている。
「ニック先輩、元気づけてください」
可愛いじゃん……。
前にニックに向けてきたような表情の面影はどこにもない。
「僕がいないと不安なの?」
「はい……。お願いします」
ニックはロンの目をじっと見て、それからからかうように目を細めた。今度の視線はしゅわしゅわのサイダーだ。
それ、急に可愛い年下感。辞めて、心臓に悪い。
「応援してるに決まってるよ。あんまり言うとプレッシャーかけちゃうかなって控えてただけ」
「なんだ、びっくりしました。急になんか…………」
「ん?」
「いえ……」

ロンが唇をなめて緊張をほぐしている。その仕草にまた心を掴まれていた。
年相応の可愛らしさ。でもドラマや舞台では頑張って僕をフォローしてくれているからかっこいい。やっぱりあの出来事はなかったことになってるのだろうか。
じゃあ今は触れないでおくよ、その代わり……。

ニックは優しく目の前の後輩を抱きしめた。
ドラマ撮影で何度も脳を震わせたあの刺激が蘇ってくる。それを奥から吸い取っていく。
「頑張ってね、誰よりも応援してるよ」
「ありがとうございます。それだけで頑張れます」
誰よりも好きだ、と差し込むように心で告げた。僕は先輩でパートナーだけどそれ以上の感情もあるんだよ。だからこんなにもお前の周りが憎い。
「ニック先輩、好きです!」
ロンが大きな声で言った。そばにいたスタッフさんが「あらー、素敵」と呟く。ニックの頭を熱情でいっぱいにし、サウナのようになった。かつ甘くて重苦しい。スタッフさんが全員出て行って誰もいなくなったのを確認する。
「ロン、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「何ですか?」
ロンが目を輝かせて覗き込んだ。
「キスして」
「え?」
戸惑って赤くなるロンにニックはもう一度。

キスして。

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