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赤い月の下で眠る[BL]

【概要】※画像はフリー素材、後変更予定
めちゃくちゃ背徳感のある2人の話です。
(翔×真夏)
風→翔の交際相手



俺は彼を見た。
すると、彼もまた俺のことを見ていた。
しばらく交わる目と目、そして熱が籠り始める。それが蒸気みたいにじわじわ俺の方にも流れてきて、すぐに逸らした。
これは俺と彼の誰にもわからないテレパシーの交流であった。
 
*******
 
「真夏、今日もパスかよ」
「せっかくお前の好きそうな場所見つけたのにい」
「わりい、わりい。今日金欠だから」
真夏は勢い良く学校を出た。友人の誘いも断って行く場所……この世で一番好きな場所だ。
足取りは軽く、いつもの青空がこんなにも輝いて見える。
 
路地裏を回って住宅街をうねうねとかき分けるように歩く。複雑な道を時々マップで確認しながら行くのだ。それも毎度ルートを変えて。わざと変な道を探す。
真夏はフードを被り、小走りで目的地まで走った。
おそらく誰も体験できないこの時間が一番ワクワクする。
 
右に曲がったところで、腕に捕らえられた。
「お疲れ」
そう短く言った彼がそのまま手を引いて連れていく。神社の裏側を通る。大木が風で大きく揺れた。真夏は何も言わずに後に続いた。
「こっち、入っていいよ」
裏庭の扉から“翔”が誘導した。
「うん」
「真っ直ぐ」
「こんな道があるなんて知らなかった」
「キッチンのゴミ出し用の扉だから。俺も今まで知らなかったよ。でも、お前と会うのには理想のルートだろ?」
 
真夏が部屋に入った後、翔がお茶の入ったコップを持ってやって来た。真夏はこのコップの正体を知っていたが、言わなかった。
「ありがと」と何食わぬ顔で頂く。少し心の奥がちりりと音を立てる。
 
「授業終わったの?」
「うん。課題はあるけど。翔は?」
「今日は珍しく午前中で終わった」
「お前は努力家だよなー」
「逆に真夏は天才肌だな」
「まあね」
真夏は要領が良い。暗記も得意で、歴史科目は常に全国模試の上位5番に入っている。
周りから「いい子ねー」と言われるのが好きだった。そう、俺はいい子。そうしようと意識しているわけではないけど、教師である母の影響で自然と身についたものだ。
「真夏はすごいなあ」
「ありがとう」
翔は少し真夏の体を引き寄せ、左のシャツの袖に唇を付けた。この人は初対面の時からストレートな人だった。蔑むような顔もせず、素直に真夏のことを褒めてくれた。
そんな些細なことですら救われるのが人間だ。
だから好きになった。たとえ、周りにどんな環境があったとしても……。
「いい匂い……」
翔の手が顎を持った。そのまま導かれ今日最初のキスをする。汗に濡れた唇が吸盤のようにくっついた。
「真夏」
翔が真夏の手からコップを取り、自分のベッドに押し倒した。何度もキスをし、舌を絡めて熱を交換した。真夏はいつもこういう時、仕方なく相手の要求を受け入れるふりをする。
ああ、キス? しょうがない……という具合に。
 
自分から求めたくない。これは意地でも戒めでもあった。
翔が俺のこと好きみたい、だから答えているだけだと。
 
でも本能は正直だ。
自然と開いていく心と体を止められなかった。
翔という人間から放たれる“何か”が真夏の脳髄を溶かしてしまう。視線でコミュニケーションを取るのとは比べ物にならない程の熱が一気に流れてくる。
気づくと真夏は、夢中になって翔の唇を味わっていた。
服の下からさらけ出される体を押し付け、お互いの皮膚をなめ合う。
翔が零れるように「まなつ、すき……」と言った。
「……そういうのいいから」
「なんで」
「俺が嫌だから」
「…………」

顎の下へと伝った甘い唾液を吸い取る。翔が真夏の首筋に跡を残そうとしている。
「俺は真夏との時間が好きだ。一番俺らしくいられる」
ドリアンを味わうように唇を舐められた。固くなった中心部に気づかないふりをしてキスを続けた。代わりに汗がとめどなく二人の体を濡らす。
「真夏が一番好き」
「…………」
急に怖くなって少し上がった息を整えて体を離した。
言いそうになるのをグッとこらえるのはいつものことだった。
言わない。言って困らせるくらいなら、ずっとグレーゾーンでいたい……。
「……今、お前が考えていることわかるよ。なんで風と別れないのって話だよな?」
「それは……」
翔が強く真夏を抱きしめた。
「ごめん。今は無理だけど、これだけはわかって欲しい。俺は」
「わかってる。そう思ってたのは前のことで、今は何とも思ってないよ」
「……ありがとう」
胸が針で刺されたみたいに痛んだ。
もし「早くして。そうしないと俺も翔と別れることにするよ」と言ったらどう返す?
別れてくれる? 
申し訳なさそうに真夏を見てくるところが、前から一番翔の嫌な部分だと思っていた。だったらいっそのこと開き直っていればいいのに。
 
風は翔と同じクラスの同級生だ。
幼馴染で両親同士も仲が良く、守ってあげたくなるような小さい男の子。
『両親の前で泣きながら告白され、わけもわからず交際を承諾しちゃった』
と翔は言う。
でも風と向き合う翔を見ていると、すごく楽しそうだしまんざらでもないのではとも思う。まあ、いいよ、俺はどうせ二番目だもんな? 本気じゃないだろ?
そう言い聞かせることがこれ以上心を傷めない方法だったし、それを実践して来た。
今ではその状況を楽しんでる気さえする。
一生に一度出来るかもわからない経験……。
「俺はむしろこの状況が好きだからいいよ」
「そうか……」
「このコップだって、二人がお揃いで買ったものでしょ?」と目の前の唐草模様のコップを指差した。
「ああ……」
「素敵なデザインだよね」
言って少し後悔した。翔が懐かしそうに微笑んだ……ように見えたからだ。慣れていても……嫌なものは嫌だ。黒い嫉妬心が固まりとなって口から出てきそうになる。
「…………あのさ、俺は真夏とどっか旅行行きたいな」
「例えば?」
「涼しいところ、北海道とか……」
「いいね。でもご両親許すの?」
翔がひゅっと息を吸い込んで、何かを考え始める。あー、やっぱりな。そんなに簡単じゃないの自分はわかっているけど、この人は現実を見ることが出来ない。
さっきのキスだって、不意にご両親が帰ってきたりしたらどう説明するの?
自分たちの関係は、そういう薄い氷一枚の上に作られた関係だということを忘れてはいけない。
忘れてはいけない……って、と軽く自嘲する。
「まあ、いつかね」と真夏は笑った。すると翔も笑い返した。
その“いつか”っていつ来るかわからないけどよく使う。保証はないけど、誰も傷つくことなく、それでいて優しく守られるから。
 
翔が急に強めに唇を押しつけてきた。真夏ははっきり言って今それはしたくなかったが、口を開けて舌を誘導した。なんでもキスでごまかして欲しくない、でもまあ、体でごまかされるよりはマシか、と謎の言い訳が頭に浮かぶ。
「まなつ、」
首元に歯が当たって少しだけ体がうずいた。
翔からこんなことをされたのは初めてだったからだ。
「翔っ……ちょっと……」
「真夏、早く抱きたい」
その言葉が脳と心臓を刺激した。相手の体温と甘い言葉が中身を吸い上げていく。
“体の関係”を持つのは風と別れてからだと言っていた。
それが守って来た唯一のケジメだった。一度許してしまえば、戻れなくなるのもわかっていたから。でも、でも……。
「……じゃあどうすんの……」
真夏は無意識に翔の瞳を見る。獰猛な欲をはらんだ瞳を……。
どこかの小説で見た悪魔と思わず契約を交わしてしまうのはこのような瞬間なのかもしれない。
「いいのか?」
刺激され、溶かされ、落ちていく……。
真夏は自分のルールにあっさり従う翔を愛し、一方で恨んでいた。自分と同じく“我慢強さ”を兼ね備えた翔が許せなかった。
「…………」
所詮は誰もが自分勝手だ。平然と約束を破り、平然と裏切る。
この瞬間もまた一歩ずつ周りの人たちを裏切っている……。
そして黒い砂漠へと引きずり込まれる……。




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