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星屑とネオン[BL]

【概要】
・『ミルキーウェイを取ってきて』という作品のスピンオフになります。これだけでも読めます。
・高校時代、二人の関係がグッとと近づいた日



糸は学校という場所に何の感情も抱いていない。どっちでもいい、そういうものだからと諦めている。それは自分が委員長になっても変わらなかった。誰の利益にもなるように上手く立ち回ればいい。こういう時自分の家庭環境は便利だと思っていた。適当にいい顔して、ちゃんと義務をこなしていれば、切り抜けられるから。

『今日はお疲れ。ゆっくり休めよ』
恋人である奏多からのメールに胸がじんわりと温かくなる。想いが通じてまだ三週間ほどだが、これまでの生活とは何かが違っていた。

*******

『好きだ。今までたくさん迷惑かけたから、信じてもらえないかもだけど、本当だ。付き合って欲しい』
奏多から突然そう言われた時は、どうしていいかわからなかった。
彼はいつも糸を困らせてしかいなかったのに、急に態度がかしこまった。しかも熱を帯びた目で見つめられて気持ち悪いくらいだった。そういう理由があったのか? 
そして意外なことに糸も告白を嬉しいと感じていた。彼が何かと助けてくれる。学校でも私生活でも。あの笑顔で話しかけられる度にいつの間にか心に広がっていく幸せ。
ある日、父から家を閉め出された。将来のことで大きくもめたからだった。あまりのやり口に言い返す気力もなく脱力していた時、ポストに届けられた食べ物が救いだった。美味しい。嬉しい。それでも「ありがとう」とは言えなかった自分。
「委員長」と声をかけてくれる奏多。少しずつ糸の尖った心が丸くなって……。今では呼ばれるのを楽しみにしている。
こんなにも好きになっていたと、この時気づいた。
だからあの日、ギリギリになって家を飛び出して掛けた。伝えたい、遅くなっても、このありったけの想いを……。
どれだけ奏多に救われたかわかって欲しい。
「藤原、ありが、とう。僕も……」
言葉が途切れ途切れで上手く紡げなかった体ごと……奏多は糸を抱きしめた。
そしてファーストキスを交わした。

*******

実家にいるのははっきり言って苦痛だ。父の命じた軟禁期間が終わってもそこにいたくない。ぼーとしながら、奏多がくれたメッセージを何度も読み返す。
会いたい、あの笑顔を見たい。抱きしめて……それから……?
奏多と糸の間に性の経験はまだない。相手も何も言ってこないし、自分もまだ怖いと感じていた。肌を合わせるということは、相手に自分のすべてを明け渡すということではないだろうか?
糸は他人と積極的に関わらない。そうやって過ごしていたら、『高嶺の花』とか言われるようになった。
今更どうしろと? 何をさらけ出す? 例え奏多だとしても、いや、奏多だから余計だ……。

八時。もうすぐ父が帰ってくる。
糸は実家が大嫌いなのだ。常に冷戦状態の両親、家族と囲む食事は冷水の中にずっと浸っているように冷たくて重かった。だから爆発しないように糸が何とかその場を取り持つ。爆発すると、もっと面倒だし、うるさいから。

糸、いつもありがとうね、私とお父さん、全然ダメだから。

母は毎度そう言った。
糸はこの歳になっても父と母の会話にびくびくしている。怖がっている。そんなこと息子の自分はどうしようも出来ないのはわかっていた。
関係ない、勝手にすればいい。こんなこと気にすることも嫌だ。
でもそう考えれば考えるほど、もっとどうにかできないものか、とも思う。何か解決策があるはずだと。性格上なのかもしれない。

突然家の空気を裂くような2人の声が覆った。今日は帰ってから父の機嫌が悪かった。
「あなたも大人なんですから」
「うるさい、これは俺の会社だ」
糸は無意識にベッドのシーツを強く握る。
「まあせめて、俺の邪魔にならないように努力しろ!」
「何よその言い方! あなたこそ大好きなお嬢さんに捨てられないようにしなさいよ!」
急に低気圧になったように頭が重くなってどっと疲れが襲った。これまで気付かなかった分の疲労感が全身にのしかかった。
気づいたらカバンを持って家を飛び出していた。

*******

十一月ってこんなに寒かったか。
ひんやりとした風を薄いシャツに感じながら歩く。
「あーあ……」
今の自分は不自然なほど冷静だった。明日学校なくて良かった。両親の声がうるさくて気分を変えたかったし、いつもああだから疲れちゃって。
息子ってだけ……巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しい。
コンビニでも行くか、なんか美味しいスイーツでも買って帰って……帰る? あの家に?
糸は何かを求めてとにかく歩いていた。ただただ足を動かして。
ようやく気持ちが落ち着いて来たと思ったら、『藤原』という表札の前にいた。
どうして来たんだろう。とにかく顔が見たかったからだ。奏多の笑った顔を見て安心したい。
九時半、迷惑なのはわかっている。でも……。
インターホンを押すか迷っていたその時、声が聞こえた。
「大川?」
「藤原……」
「どうしたんだよ、こんな時間に!」
「ごめん、急に……」
「いや。てかその格好」
奏多が心配そうに腕をさすった。
「何かあったのか?」
何もない、ただ近くに来たから顔見たかっただけだよ。帰るね、と言う予定だったのに。糸は胸からこみ上げる苦しさを抑えられない。少し涙が滲んで、見られないように下を向く。
「ごめんっ……」
「行くか……」

奏多はそう言った後、糸を静かな公園に連れていった。家庭事情を話すことは一度もしたことがない。でもこの瞬間不意に口からこぼれ出ていた。
「なんか色々と疲れちゃって……」
「でも会えて嬉しいよ」
「家が嫌だなって思ってなんとなく……」
「そっか」
奏多は自分のコートを被せ、何度も体をさすっていた。そのぬくもりで今は十分だと思った。
何も変わらなくても、これからまた苦しくても。
「お前はよく頑張ったよ。それはずっと、付き合う前から思ってる。学校のことも家庭のことも、俺はそういうんじゃねーからわかんねーけど。大川は何事にも手を抜かなかったから」
奏多は何も聞いてこないが、全部知っていたかもしれない。
本当は糸が締め出され一人暮らししていたことも……だからあの時。
「うん」
糸はゆっくり奏多の方へもたれかかった。内部を崩され、代わりに違う安らぎに満たされていく。じわじわと広がって胸の奥に高鳴りが響く。そして“好き”が心の奥から落ちる。
「藤わ……」
名前を言う前に唇を塞がれた。
「これからは“奏多”って呼んで欲しい。俺も“糸”って呼びたい」
「いいよ」
空は曇っていて、星は残念ながら見えない。でもこの瞬間は自由だと感じた。今はそれくらいが丁度良いのだ。頬の右側に赤髪が擦れ、そこが熱を帯びる。吐息がかかって、奏多が自分を見つめているとわかると、一気に体温が上がった。
「帰らないでおくか?」
「え?」
そっちを向くと、奏多の目とかち合う。思いつきなのか真剣なのかは判断出来ないが……。
「……今無性に糸と離れるの嫌だ。せっかく会えたのに」
「僕も」
「それは……意味わかって言ってるよな?」
この約束がどういうことを意味するか、糸もわかっていた。でもこれまで近づくのが怖かったのが噓のように、今はそばにいたい。奏多の体温を感じたい。もっと奥深くで。
糸が「わかってるよ」と言うと、ゆっくり指を絡められる。いつもは突然行動を起こす恋人だから、こんな風に初々しくされたのは初めてだ。奏多も真剣なのだとわかった。
「いいの?」
「なんか気持ち悪いな、いつもはノリで生きている男なのに。変に神妙になると君らしくない」
「それはお前が知らなかっただけだ。俺が本気の人に慎重で独占欲が半端ないって」
「へえ」
糸は胸に歓喜が沸いていた。そして動揺していた。奏多のことが好きすぎて、どうしていいかわからなくて……。これは告白の時か、いやそれ以上に感情が高ぶっているから。


それからまた2人は目的地まで歩いた。


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