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小学校

子どもの頃、大人になって教頭になるなんて、これっぽっちも思っていなかった。
いや、そもそも30歳過ぎるまで、小学校の先生になることすら考えたこともなかった。できるともやりたいとも思わなかった。異次元の世界だった。

私の小学生の思い出の話

とにかく学校が遠かった。大人の足で20分強。

小学一年生の頃は、集団登校で30分ぐらいで行っていたと思うが、帰りは個々に帰るので、寄り道しながらで40〜50分はかかっていたと思う。

それが6年生の頃には、1年生の頃の半分の時間で帰れるんだから、スゴい成長だ。

通学路だけでもいろんなエピソードがある。

商店街の喫茶店のホットケーキをいつか自分のおこづかいで食べるんだと密かに思ってたとか、
稲刈りの終わった田んぼを通ってショートカットして帰ってたとか、
夏場、たまに職安の冷水機を拝借してた(だめだけど…)とか、
写真館に自分と姉の写真が飾ってあって恥ずかしかったとか、
校門前でひよこや粘土で作る置物?とか、よくわからない大人がよくわからないものを売っていたとか、
朝、中華屋さんの前を通ったら何日かに一度、必ず、前の道にゲロがあるとか、
友だちの家に寄って遊んで帰ったりとか(これもダメ!)、
明らかな寄り道をして、意味なく遠回りして帰ったりとか(ダメダメ!)、
帰り道にケンカになって、負けてひとりぼっちになって次の日から誰も遊んでくれなくなったとか(ツライ…)、
通学路に新しい文房具店ができて、毎月おこづかいで文房具を買ってワクワクしたとか、
同じ石ころを延々蹴飛ばして家まで帰ったりとか、
ドブ(用水路)にいるカエルを捕まえたり田んぼのアマガエルを捕まえたりとか、

今から思えば、特に低学年の頃は、毎日が大冒険な感じだったんだろうなあ。

あと、とにかく長い!
確か3年生ぐらいの頃、「まだ3年生かよ。6年て、小学校、長過ぎるよな。」と内心思ってた。

2年生の頃、担任が産休代替の先生で、授業中とかに平気で友だちと喧嘩してた記憶がある。
今でいう「学級崩壊」だったのか…。

ちょうどその頃、テストで30点か40点とって、怒られたというか、これはヤバイという話になった記憶がある。その後、4年生から塾に行き出すのだが、それからやっと勉強ができるようになっていった気がする。

3.4年生の頃、仲良かったクラスの人気者と仲悪くなり、友だちを取られ、そのうち休み時間に一緒に遊ぶ友だちが1人もいなくなった。掃除時間のあとの休み時間に1人でブランコ乗ってた記憶がある。

さみしかったり、嫌だったりしたけど、学校行きたくないとか、そんなことは思わなかった。そもそも学校行きたくないとか、休みたいとかいう発想が全くなかった。

同じ幼稚園だった友だちや、習い事が同じ友だち、そして同年代のいとこもいて、学校以外に自分の居場所はあった。

ただ、一番大きかったのは、その不安な嫌な気持ちを、毎日、母が受け止めてくれていたのだと今、気づく。

犬と遊んだり、おやつを食べながら話を聞いてもらったりすることで、現状変わらなくても強く日々生活していけたのだと思う。

何かをしてもらうというよりは、受け止めて見守ってもらっていたということが、何よりも心強かった。

5.6年生の頃は、委員会活動が楽しかった。
5年生は新聞委員会で、手書きで新聞を記事をレイアウトして、全校児童からアンケート取ったりして作ることがとにかく楽しかった。
6年生は放送委員会で、自分の好きな音楽をカセットテープで持ってきてかけていた。チェッカーズのアルバム発売日の次の日にガンガンかけたりしていた。(1年生とか知らない人は訳わからないのであまりよくないんだけど…)

何かを発信、何かを表現するのが楽しかったし、とにかくテレビ、ラジオ、雑誌をよく見聞きしていた。

あ、あと、海に近くて、教室から海が見えて、小島も見えて、授業中ボーッと見てたなあ。あれはいい景色だったなあ。

「先生」


5人の先生(5.6年は持ち上がり)に担任してもらったが、よかったとか悪かったとか、好きだったとか嫌いだったとか、特にない。あまり覚えてない。話しかけたり話しかけられたりする方ではなかったので印象もそんなに覚えてない。
ましてや、校長先生や教頭先生なんて、名前も顔も全く覚えてない。

今の自分の役割として、誰にも見えない、影で人の役に立つ仕事だと自覚している。主役は先生や校長。組織として、居場所として、子どもが教職員が気持ち良く過ごせるようにすることが使命だと思っている。


「今の小学校、これからの小学校」

今の小学校は、いろんな意味で過渡期にあると思う。
不登校の増加、発達障がい等配慮を要する子どもの増加、教員志望者の減少、校長教頭の成り手がいない、一斉授業の限界、給食や掃除、部活動、学年会計等々先生の業務の範囲が広すぎる、長過ぎる勤務時間等々…数え上げればキリがない。

でも、考え方を変えれば、いろんなことを変えるチャンスでもある。

現状をあまり変えたくない保守的な人、とにかく現状否定したい攻撃的な人、こう変えたらああ変えたらという改革派の人、いろんな人のいろんな意見、考え方を合意形成して決めて動いていくことが何よりも大事。

試行錯誤しながら、子ども達の未来のためにみんなが力を合わせられるよう、自分に何ができるかを日々考え、動き、繋いでいきたい。

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