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非エルミート量子力学は飽くまで近似。

「非エルミート量子力学」は、もちろん量子力学のユニタリー性を否定した拡張理論ではありません。普通の量子力学の範疇の中にある、近似法の話です。

私が学生だった頃に初めてその話を聞いたとき、「変な話だなぁ」と思いました。その当時の研究者たちは、近似法としてではなく、従来の量子力学の枠組みを超えた拡張として、本気で非エルミートなハミルトニアンをまだ考えようとしていたからです。

そもそも物性分野よりもはるかずっと昔から、素粒子分野では非エルミートなハミルトニアンは近似として使われていました。例えば中性K中間子とその反粒子の間の振動現象の解析に、H=M-iΓのような有効ハミルトニアンが既に当たり前に使われてました。(Γは粒子の崩壊率行列。)これはどの素粒子の教科書にも出てくるよく知られた事実です。

実際H=M-iΓは良い近似で、中性K中間子振動現象の実験データを説明しています。でも素粒子分野では、エルミートな元のハミルトニアンからH=M-iΓをちゃんと近似として導いて使っています。決して本当に非エルミートなハミルトニアンがあるとは思ってはいないのです。近似なのです。

近似だとは認めていても、いい加減なスタンスの「開放系非エルミートダイナミクス」の論文も見つかります。最初に開放系だと宣言するだけで、後は勝手な非エルミートなハミルトニアン模型を作り、その数値計算しているだけです。開放系の物理でもなんでもない、単なる近似のartifactを拾って、物理の結果としてしまう危険性は全く意識されていません。

たとえば一定電場による加速で常に左から右に荷電粒子が流れる模型として、H=p-Exというハミルトニアンを考えてみましょう。pは運動量演算子、xは位置演算子、Eは正の実数で電場を表します。このHはちゃんとしたエルミート演算子です。

この連続模型を近似的なホッピング離散模型で近似するときには、各サイトの離散的な位置xが飛び飛びの値を持つとして、H'=gΣ |x+1><x|-EΣ x|x><x|という非エルミートなハミルトニアンを考えることも可能でしょう。元のHは全確率を保存する完全にユニタリーな時間発展を起こしますが、近似のH'の時間発展はそうではありません。この非エルミートな近似では、その全確率は振動的な時間変化をしてしまい、保存をしません。

でもこの全確率の時間的振動を、本物の開放系の物理の結果とするのはおかしいです。元のHで記述される一体系は、外部環境とも結合しておらず、開放系ではないのですから。全確率の振動的な時間変化を数値計算をしてプロットしても、本当の物理を反映していないのです。

「開放系」として非エルミートなハミルトニアン模型を勝手に書いて、それを解析するだけでは、物理としてはまだ無意味です。どういう近似でそれが出てくるのか?その近似が妥当である時間領域はどこか?またその近似の次の補正項はどのくらいなのか?これらの問いにきちんと答えることも、物理としては大切なのです。

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